愛しているからこそ -1-

 教会で二人の司祭の話を聞いてから一週間。

 その間、俺たちは何度か教会を訪れ、彼らの仕事ぶりを見学させてもらった。

 それから、周りの人間が彼らに抱く印象なども聞かせてもらっていた。


 分かったのは、ザックハリー司祭もハルス司祭も、どちらも人望が厚く、仕事熱心で、非の打ちどころがない完璧超人だということだ。

 ホント、絵に描いたような聖人ぶりだった。


 少し苦手意識を持ってしまっていたザックハリー司祭にしても、日を改めて会った時は初日のような――所謂軽薄な印象は受けず、穏やかで、にこやかで、むしろ好感を覚えるほどだった。

 彼の周りには、いつも笑顔が集まっていた。


 ハルス司祭は、相変わらずキリッとした表情で人々を導いていた。

 ザックハリー司祭の周りのように、笑顔があふれるという雰囲気ではなかったが、ハルス司祭を慕い集まる者たちはみな彼女のことを尊重し、尊敬し、感謝の気持ちを持って彼女に接しているように見えた。


 数日、仕事を見学させてもらった結果、ハルス司祭は生きるための道標を、ザックハリー司祭は幸せになるための道標を、それぞれ示しているように思えた。


 けれど、それだけだった。

 この数日で俺たちが分かったのは、この二人が人々を統率する能力に長けたカリスマ性を持つ司祭であり、それぞれがとても優秀であるという、すでに分かりきっていた事実だけだ。


 こんなに有能な二人が、なぜあんな子供じみた仲違いを繰り返してしまうのか……



 俺は、ここ数日そんなことを延々と考えては堂々巡りをするばかりだった。



 そして、もう一つの懸案事項……というか、こちらは別に問題でもなんでもないのだが……

 ツヅリのもこもこが、日増しに増大していっている。


「今日はまた、一段ともこもこだな」

「えへへ……雑貨屋さんでもこもこ手袋を見つけたんです。可愛いですよね」


 今日は毛足の長いセーターに、もこもこマフラー、ふわふわのニット帽を被り、手袋までモコモコしている。

 そして、これから羽織ろうとしている上着もまた、当然のようにもこもこだ。


「ケサランパサランに憧れてるのか?」

「え、なんですか、それ? けさら……?」


 上から下までもこもこだ。


「最近、とみに寒いので……」


 えへへと笑うツヅリ。

 確かに、ここ最近は急に気温が下がった。二週間ほど前に初雪が降って以降、寒い日が続いている。


 とはいえ、ツヅリの寒がり方は異常だ。

 室内でもずっと帽子とマフラーを身に着け、薪ストーブのそばから離れない。

 あぁ、いや、出かける時はついてくるし、仕事も普通に行っている。ただ、俺がトイレやキッチンへ行って帰ってくると、たいてい薪ストーブの前にいるのだ。


「ツヅリは、寒いのは平気なんじゃなかったのか?」

「そう思っていたんですが、今年の寒さはダメみたいです」


 もこもこの手袋で両頬を包み込んで、困り眉毛でにへらと笑う。

 ……連れて帰ってもいいか?


「風邪、引かないように気を付けろよ」

「はい。カナさん、大変だったみたいですからね」


 そうだった。

 たしかカナは二週間前の初雪が降った日の朝に風邪を引いて、一日トカゲのしっぽ亭を閉めたんだ。

 熱を出して大変だったと、カナが言っていたな。

 年中無休でガンバっているのに、急に休んでお客さんに迷惑をかけてしまったって、すげぇ落ち込んでたっけ。

 ……リフォームとか、結構休んでる気がするけどな、トカゲのしっぽ亭。


「カナは、そろそろ冬眠すればいいと思うんだが」

「もぅ、酷い冗談ですよ、アサギさん。カナヘビ族はカナヘビとは違うんですから」


 もこもこの手袋で俺の二の腕をぽふっと叩いて、ツヅリが優しい怒り顔をこちらに向ける。

 カナヘビ族といっても、カナヘビと同じ生態というわけではないらしい。

 確かに、カナは肉も野菜もベーグルも食う雑食だな。

 そもそもカナは爬虫類じゃなく哺乳類だ。……たぶん。…………哺乳類、だよな?


「それじゃあ、行きましょうか。トカゲのしっぽ亭」

「あぁ」


 これから俺たちはトカゲのしっぽ亭に行って昼飯を食う予定だ。

 俺たちとは別に、独自にザックハリー司祭とハルス司祭のことを調べてくれているエスカラーチェと落ち合い、飯を食いながら情報をもらう約束になっている。


 もっとも、飯を食うのは俺たちだけで、エスカラーチェはテイクアウトして自室で一人になってから食うんだけどな。いつものことだ。


 戸締まりをして薪ストーブを消化し、事務所を出る。

 ツンと鼻の粘膜に突き刺さるような冷気が襲いかかってきて、肩がすくむ。それと同時に口から体温が白い水蒸気となって逃げていく。

 真冬の寒さだ。


「あ……雪、です」


 見上げれば、空から粒の大きな雪の結晶がゆらゆらと舞い降りてきていた。

 どうりで寒いはずだ。


「ツヅリ、平気か?」

「はい。……うふふ」


 何がおかしいのか、ツヅリが急に笑い出し、肩を揺らしながら「すみません」と俺に謝罪を寄越してくる。

 そして、目尻にうっすらと浮かんだ涙を拭って、込み上げてくる笑いを堪えるようにこう言った。


「以前は、わたしがアサギさんを心配していたのに、逆になってしまったなぁと思いまして」


 寒いのが苦手な俺を気遣い、ツヅリはよく「寒ければ言ってくださいね」と気にかけてくれていた。

 もっとも、俺が「寒い」と言えば、こいつは人肌で温めるつもりだったようなので、一度も「寒い」と助けを求めることはしなかったが。


「じゃあ、寒かったら言えよ。手をつないでやるから」


 仕返しでそう言ってやると、ツヅリはぱっと視線を逸らし、なびくヘアテールで顔を覆い隠した。


「い、いえ……大丈夫、です」


 最近、ツヅリがようやくというか、俺との距離感がまともになってきたように思える。

 多少は、俺を男として認識するようになったということだろうか。

 あの『ヤキモチ自白事件』から。


 ……くぅっ! あれから意識され始めたと思うと、なんだかものすごく恥ずかしい。


「と、とにかく、行こうか」

「は、はい。そうですね。寒い、ですし」


 ヘアテールの向こうに隠れた口元から、ほわっと白い息が漏れる。

 体温が奪われちゃ大変だ。

 俺たちは急ぎ足でトカゲのしっぽ亭へと向かった。






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