思い合うゆえにすれ違う -3-
「あの、ちょっといいですかネリーさん?」
「よくないぽね! 仕事! 仕事を見つけなければいけないんだぽね! 絶対に譲れない条件を満たした仕事を!」
事前に得ていた情報通り、ネリーさんは小柄でとても争いに向くような体格ではない。
にもかかわらず、戦場へ傭兵として派遣されていた。
正直、ネリーさんに適した仕事とは思えない。
それでも、ネリーさんにとっては『条件』が何より優先されるのだ。
この感覚は、塩屋虎吉とのやり取りで何度か感じたことがある。
理屈じゃないんだ。
正解を掴み取るには――相手の心に直接訴えかけるしかない。
「では、その譲れない『条件』っていうのはなんなんですか?」
「じゅーそーほへぇぇぇえええい!」
「…………」
…………は?
この人は、今、なんて言った?
「すみません、ちょっとよく聞き取れなくて……もう一度……」
「じゅぅぅううそぉぉぉぉぅ、ほ、へぇぇぇぇえぇえええい!」
「……もう一度、『落ち着いて』、教えてもらえますか?」
「重装歩兵だぽね!」
重装歩兵……
求人広告ではまずお目にかかれない単語だな。
「つまり、職種は重装歩兵をお望みだと?」
「そうだぽね! 重装歩兵であれば、業種は問わないぽね! 医療関係でも飲食店でも!」
医療現場や飲食店に重装歩兵はいらねぇよ。
「あの、アサギさん……重装歩兵って、あの……聞いたことはあるんですが、具体的にはどのような職種なのでしょうか?」
「あぁ、そうだな……」
どう説明したものかと悩む。
戦争と無縁の生活をしていたら、まず触れ合う機会のない職種だしな。
……職種と言っていいのかすら、ちょっと疑問だが。
「戦場で、馬に乗る騎兵や身軽な歩兵と並んで配置される重装備の歩兵のことだ」
「馬には乗らず、身軽ではない歩兵、ということですか?」
「あぁ。大抵は重量級の鎧を身に着けて、巨大な盾を構えて最前列で敵の攻撃を抑え込むという役割を担うんだ。その間、歩兵と騎兵が敵の陣形を崩したりしてな」
「えっと、それは……とても危険で、なおかつ小柄な女性に務まる職務とは思いがたいのですが……」
まぁ、確かに、ネリーさんを見て重装歩兵に適していると思う人間は皆無だろうな。
どちらかと言えば、筋骨隆々の鈍器ごときじゃ倒せそうにないタイプの人間に似合う部類だ。
「でも、大きな盾と頑丈な鎧に守られているなら、安全かもしれませんね」
「そうでもないさ。中にはデカい槍を持って突撃していく重装歩兵だって…………」
と、そこまで言って、自分の言葉に引っかかりを感じた。
……なんだ?
俺は今、何に引っかかった?
突撃?
いや、違う。……デカい槍…………
「あっ!?」
たった今閃いてしまった実にくだらない考えに、自分自身で驚いてしまった。思わず声が出てしまうくらいに。
まさか……いや、まさかな……でも…………
確認、してみるか?
とりあえず、このネリーさんの『レベル』を測る程度のことはしておくべきだろう。
「ちなみに、ネリーさん」
「なんだぽね!? 仕事以外の話なら、一切聞く耳持たないっぽね!」
「デニスさんのことは、好きですか?」
「しゅきぃぃぃ~~~~! 超しゅきぃぃ!」
とろけた表情で、とろけ過ぎた頬がこぼれ落ちないように両手で押さえて、ネリーさんは体をくねくね揺らし始めた。
……うん。確定。
「ツヅリ。場所を変えよう」
「場所、ですか?」
「あぁ、その前にエスカラーチェにいろいろ準備してもらう必要があるな」
俺は、エスカラーチェから預かっていた伝書鳩もどきを取り出し、手紙に頼みたい事柄を簡潔にまとめた。
メッセージを折りたたんで、籠の中にしっかりと収納する。
あとは、事務所の窓を開けて太陽に向かって筒の蓋を開ける。
すると――
ブ……ブブブゥゥゥウウウウウウン!
――中から、巨大な昆虫が飛び出してきた。
びくぅっ!? っとなって、思わず筒を取り落としそうになった。
鳥じゃねぇのかよ!?
虫!?
それも、台所によく出るアレに似た……いや、よく見ればお尻が淡く光っているので、あれはホタルの仲間なのかもしれない。
なんにしてもデカ過ぎだ。
15cm以上あるサイズの昆虫は心臓に悪い!
今後は、筒に注意書きを添えることを義務付けよう。
『巨大昆虫注意』ってな。
「……これで、万事うまくやってくれると思う」
「あ、あの、アサギさん……大丈夫ですか?」
「ん?」
「いえ、さっき、ものすごく『びくぅっ!?』とされていましたので」
……そんなもん、いちいち見るな。
「……ヤバい……アサギさん、虫怖いんだ……可愛過ぎる……っ!」
「次、これを使う機会があったら、お前の服の中に入れてやるよ、さっきの虫」
あんなデカい虫、誰でもびっくりするっつーの!
……俺がヘタレなわけじゃない。
虫くらい平気だ。突然でなければ。……夏のセミ爆弾は、苦手だけどな。
「よし、ネリーさん。あんたに紹介したい職場がある」
「条件は!? 満たしているんだぽね!?」
「あぁ、もちろん。あんたに必要なものをちゃんと用意させてある」
……そうだな。エスカラーチェならおそらく三十分もあれば準備を整えてくれるだろう。
「ティム。先にトカゲのしっぽ亭に戻ってカナの手伝いをしてやってくれ」
「カナちゃんの? 何すりゃいいの、俺?」
「カナに聞けば分かる。分からなきゃエスカラーチェの帰りを待て」
「お、おぅ。まぁ、それでいいってんなら、やるけどさ」
「んじゃ、しっかり頼むぞ」
「おう! はは、なんかアサギさんに頼られんの、悪くねぇな!」
ニカッとガキみたいな顔で笑って、ティムは事務所を飛び出して行った。
「さて、準備が整うまでの間、ネリーさんの前職について話を聞かせてもらえますか?」
「前職のことぽね?」
「えぇ。職務経験について知っておきたいので」
「分かったぽね。新しい仕事に就くためだぽね! なんだって聞いてぽね!」
仕事の当てがあると聞き、ネリーさんの機嫌が目に見えてよくなる。
……斡旋がフェイクだと知れたら、怒るだろうか?
いやいや、離婚危機を脱してあげれば、きっと分かってもらえるだろう、うん。
「まず確認なんですが、ネリーさんが派遣されていたのは、『犬族』の陣営なんですよね?」
「そうだぽね! 犬族の姫君が指揮を執る戦場の前線に身を置いていたんだぽね」
「そこで、重装歩兵を?」
「そうだぽね。……もっとも、最初は雑用で、全然前線には出してもらえなかったんだぽね……けど、頑張って信用を勝ち得て、最後一ヶ月は最前線に出られたんだぽね!」
「その結果、家に帰れないことが増えたり、夜勤シフトになったり?」
「そうなんだぽね……デニスさんに会えない夜は、つらかったぽね……でも、敵もなりふり構ってられないから、夜襲や奇襲が増えて、仕方なかったんだぽね」
「ちなみに、一週間前っていうのは――」
「一気に猫族の城を落とそうと全軍で突撃したら、まさかの龍族がそこにいて、全員で撤退したんだぽね。敵陣営から自軍まで休みなしに全力疾走して、汗だくになったっぽね……その日は早々に解散となって……お昼頃家に帰ったんだぽね」
その日に、デニスさんがたまたま忘れ物を取りに家に帰ったんだろうな。
その時、窓の外から「ぶぶぶぅぅううん」という羽音がして、俺の肩に巨大な昆虫が停まった。
「ぎゃぁあああ!?」
「アサギさん、落ち着いてください! エスカラーチェさんの伝書虫です」
「い、いちいち驚かせるな、お前は!?」
無駄にデカい虫を筒の中にしまい、付けられたメッセージを開いて読む。
『準備完了』
短い文字に、口角が持ち上がる。
そんな俺の隣でツヅリもにこりと笑う。
「ふふ……本当に、アサギさんは虫が怖いんですね。やっぱり、少しだけ可愛く見えます、アサギさん……の世界の方は」
途中でじろりと睨んでやったら苦し紛れな、フォローにもなっていないフォローを追加したツヅリ。
可愛くなど見えなくていい。
「ちなみに、密書とかは受け取っていたんですか?」
「そういうのもあったぽね。家族にも見せられない重要機密で、もし情報を漏洩したら三十年も牢屋に閉じ込められるんだぽね……死守したぽね、デニスさんと離れて暮らすなんて、死刑と同義ぽね」
それで必死に隠した……と。
「よく分かりました」
聞きたいことは概ね聞けた。
「断言します。俺たちについてきてもらえると、あなたの離婚危機は完全になくなります」
「ホントぽね!? じゃあ、ついていくぽね! あなたの紹介してくれるところで働くぽね!」
いや、まぁ、働かなくてもいいのだが……
トーマスさんに挨拶をして、俺たちはネリーさんを連れてトカゲのしっぽ亭へと戻った。
架空の、入社面接会場へ。
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