思い合うゆえにすれ違う -4-
「アサギン、ツヅリさん、お帰りなの」
「すまないな、急に無茶を言って」
「構わないなの。二人のお願いなら、なんだって聞いてあげちゃうなの!」
「助かるよ。ちょうど客もいないみたいだし」
「はぅっ!? さ、さっきまでお客さんいたなの! 二組いたなの! ホントなの!」
どうにも、俺がこの店に来ると客がいなくなるらしい。
カナの言うことが見栄でなく真実ならば、だが。
「それで、そっちの人が?」
「はい! ネリー・メーダ―だぽね! 重装歩兵の経験があるんだぽね!」
「じゅ、じゅーそーほへい?」
「おう、ちょうど欲しがってたろ、重装歩兵」
「へ? あの……」
おろおろするカナに、こっそりとウィンクを投げる。
今だけ、話を合わせてくれ。
「あ~……うん。今ちょうどフロアに重装歩兵が欲しいなぁ~って思ってたところなの……カナ?」
「だったら、是非ウチにその重装歩兵を任せてほしいぽね!」
「え~っと……あの~……」
「まずは、面接をしないとな」
「そ、そうなの! 面接なの! あっと、でもその前にお茶を入れるなの。カフェオレでいいカナ?」
「俺はハーブティーで」
「あのっ、わたしも……アサギさんと同じもので」
「え~……、ネリーさんはカフェオレでいいカナ?」
「なんでもいいだぽね!」
「じゃあ、座って待っててなの!」
ネリーさんをテーブルに案内して、俺たちも同じテーブルに着く。
さっと店内を見渡すと、厨房の入り口からエスカラーチェがこちらを覗き込んでいた。
準備は整っているようだな。
「ツヅリ」
「はい。なんでしょうか?」
一応、所長の確認を取っておこうと思う。
「ネリーさんたちの離婚が解消されると、お前は嬉しいか?」
「そうですね。う~ん……」
少しだけ考える素振りを見せ、すぐに緩やかな笑みを浮かべる。
「嬉しいです」
「そうかい」
「はい。どちらも離婚を望んでいないのであれば、一緒にいられる方が幸せだと思いますから」
そうだな。
どっちも離れたくないと思っているならな。
もしいつか、離縁を選ばざるを得ない夫婦が現れた時、こいつはどんな顔をするのだろう。
それも、双方が憎み合って離婚を選択したのではなく、片方だけが離縁を選び、もう一方が未練を残していた場合。それでも、どうしようもなくて、離婚を選ばざるを得ない状況になった時……
ツヅリは、この仕事をイヤになったりはしないだろうか。
なにも進んで、そんなつらい場面を見なくてもいいんじゃないかと、思う。
まぁ、仕事なのだし、そんなことも言ってはいられないのだろうけれど。
「……みんなが、幸せになってくれると、いいな」
少なくとも、お前の目に映る世界は、幸せな笑顔に満ちているといいなと、そう思う。
「はい。そうなると、素敵ですね」
静かに頷き、幸せそうに微笑む。
この顔を見るためなら俺は、一肌でも二肌でも脱いでやろうじゃないか。
まぁ、口には出さないけれど。
「お待たせなの~」
カナがトレイに飲み物を載せて戻ってくる。
それぞれの前に飲み物が置かれると、ネリーさんはたまらずと言った表情でカナに問いかける。詰め寄る。
「そ、それで、仕事で使う武器はどれだぽね? それによっては、ウチ、あまり長居できないかもしれないんだぽね!」
ネリーさんの提示する条件を満たしていない場合、ここ以外の職場を探さなければいけない。
ネリーさんには焦りがある。
まずは、落ち着いてこちらの話を聞いてもらうためにも、ネリーさんの条件を満たさなければいけない。
「カナ、エスカラーチェに『例の物』を持ってきてもらってくれ」
「あ、はいなの! エスカラーチェさ~ん!」
カナが呼びかけると、エスカラーチェではなくティムが発注しておいた『例の物』を持ってきてくれた。
「ちょ……っ、マジで、これ、重過ぎ……っ!」
「わぁぁあ! これは素晴らしいぽね!」
俺の読み通り、ネリーさんは大いに食いついた。
やっぱり、勘違いしていたようだ。
「実際に持ってみてもいいぽね? この突撃槍!」
「えぇ、どうぞ」
それは、とても重量感のある突撃槍。
買ってきたようには見えない年季の入った槍なので、おそらくどこかから借りてきたのだろう。
騎士団のエリックあたりからだろうか?
「うん、いい重さだぽね! これなら、きっとデニスさんに離婚されずに済むだぽね!」
「それは、どういうことだい?」
「……え?」
ガラン……と、重い突撃槍が落下して音を鳴らす。
厨房からそっと姿を現したのは、ネリーさんの配偶者。今回俺たちに離婚相談を持ちかけたデニスさんだった。
ちゃんと呼んでおいてくれたようだな。さすがエスカラーチェ、抜かりがない。
「まさか、離婚の話をこのお二人から聞いたのかい?」
「……デニス、さん……どうして、ここに?」
「それは……彼らに呼び出されたからで」
ネリーさんがこちらを見る。
何がなんだか分かっていないという顔だ。
一方のデニスさんは、今にも死にそうな悲愴感漂う顔をしている。
「僕が呼び出されたということは……つまり、離婚は不可避ということなんですね……やはり、トムという男と…………っ!」
こちらはこちらで、なんだか勘違いをしているらしい。
それも仕方がない。
なにせ、この場にいる者は全員真相を知らないのだから。俺だって、ついさっきまで何がどうなっているのか見当もついていなかったのだ。
だが、これで解決する。
まずは――
「ネリーさん。最初に謝っておきます」
「へっ? な、何をだぽね?」
「実は、仕事の斡旋というのは嘘です」
「ぇえええ!? そ、それじゃ、このお店では働けないぽね!?」
「えぇ。残念ながら」
「そんな……じゃ、じゃあ……離婚、されちゃうぽねぇぇえ!?」
「……やはり、離婚は不可避だったのか…………っ!」
「ただし、離婚はしなくて結構です!」
「「へ?」」
似たもの夫婦が揃ってこちらに顔を向ける。
そっくりな、間の抜けた顔を。
「まず、最初に言っておきますが、ネリーさんはデニスさんを愛しています。それはもう、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに、心の底から。そこに、第三者が介在する余地なんか微塵もないほどに。――ですよね、ネリーさん?」
「へ……ぁの……その通り……だぽね。けど、ウチ……このままじゃ、デニスさんに相応しくなくて……愛想を尽かされる、ぽね」
「どうして僕が? 相応しくないって、どういうことなんだい?」
「それは……」
言い淀むネリーさんに代わって、俺が答えを教えてやる。
「重い槍が持てないから――ですよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます