思い合うゆえにすれ違う -1-
「その人はさ、トーマスさんっていって、俺らみたいなはみ出し者にも仕事を斡旋してくれる面倒見のいいオッサンなんだよ」
ティムの言う知り合いとは、派遣業者のような人物らしい。
なんでも、仕事にありつけない人種的、性格的に不器用な者たちにも出来る仕事を探し出してきては斡旋してくれるのだそうだ。
「顔は怖いけど、面倒見がいいからさぁ、トーマスのオッサンに夢中になっちまう女の子って結構多くてさ。トーマスさん、あぁいう人なのになんでか一人身だし、結構モテんだよなぁ。でも、なんでかヤキモチを焼くって感じじゃないんだよなぁ。トーマスさんなら納得、みたいな?」
ティムの話を聞きながら、またも俺はツヅリと視線を合わせる。
「トーマスさん……ですか」
「愛称は『トム』だな」
「……ですね」
しかも、面倒見がよくて困っている人に親身になってくれる独身の男なのだとしたら……
「ネリーさん、もしかしてトーマスさんと……?」
「まぁ、会ってみなきゃ分かんないよな、なんにしても」
ただし、もっとも怪しい容疑者の一人ではあるけれど。
そうして、俺たちは噂のトーマスさんがいるという雑居ビルへと連れてこられた。
なんだか、日本にいた頃に勤めていた結婚相談所を思い出させる佇まいだ。……セスナが突っ込んできたりしないだろうな?
「あっ、ちょうどいいところに。トーマスさ~ん!」
俺たちがビルの前に差しかかった時、大通りの方から一人の大柄な男性が歩いてきた。
あれが、トーマスさんらしい。
2メートル近くある身長に、がっしりとした体格。
絵本で見た赤鬼に似ている。確かに怖い顔だ。角こそないけれど、本物の鬼みたいだ。
「おう! ティムじゃねぇか!」
ティムを見つけて近付いてくるトーマスさん。
近くで見ると一層デカく感じる。
「すまなかったな。紹介した会社が倒産しちまってよぉ」
「いやぁ、あれは仕方ないっすよ。まぁまた仕事あったら頼んます」
「おう、任せとけ! どんな仕事でも斡旋してやるぜ!」
がははと、豪快に笑うトーマスさん。
確かに面倒見がよさそうだ。
「んで、そっちの別嬪は誰だ? まさか、テメェ、また女の尻を追いかけて?」
「違う違う! こっちの二人は俺の友達だよ! な、二人とも」
「えぇ、まぁ」
「はい。本日よりお友達になりました」
「そうか! こいつはバカだが根は真面目なヤツだ。よろしくしてやってくれよ姉ちゃんたち!」
……『姉ちゃん(ツヅリ)』と『たち(それ以外のもう一人)』って意味だよな?
「トーマスさん。こっちの、アサギさんは男だからな」
「はっはっはっ! こんな別嬪な男がいるもんか! 冗談は顔だけにしとけよ、ティム!」
冗談は、お前の節穴な目とおめでたい頭だ。
「正真正銘、男ですよ、俺は」
「なっ!? マジか!? はぇ~……世の中、広いもんだなぁ」
あんまり見るな。イラっとする。
というか、俺はどう見ても女には見えないと思うんだが?
「アサギさんは、おそらく人種的なものだと思うのですが、少しだけ女性的な雰囲気があるんですよ」
ツヅリがそんなことを言う。
そんな自覚はまるでないのだが。
「きっと、アサギさんの世界の男性は、ちょっと可愛く見えるんだと思います。この『世界』では」
「……実に嬉しくない話だな」
日本人女性は海外では幼く見える、みたいなものか?
同じ日本人には分からないが、外国人の目から見れば十歳もニ十歳も若く見えるという、あんな感じなのかもしれない。
なら、もし塩屋虎吉がこの『世界』に来ていたとしたら、さぞや可愛く見えていることだろう。
小動物的な雰囲気を持った男だったしな。
俺には、その可愛さは分からないけれど。
「それで、今日は何の用だ? 仕事の斡旋なら、悪いが日を改めてくれないか? 今日はちょっと……」
と、トーマスさんは事務所が入っているのであろう雑居ビルの二階へ視線を向ける。
「何かトラブルでも?」
「あぁ、まぁ……初対面の別嬪に話すことじゃないんだが……」
俺を別嬪と呼ぶな。
まぁ、話の腰を折らないためにもあえてツッコミはしないけれども。
「ちょっと困ったことがあってな……」
トーマスさんの話によれば、半年ほど前に仕事を斡旋した女性が職を失い、改めて仕事を斡旋してほしいと事務所を訪ねてきたらしい。
それで、トーマスさんは斡旋できそうな仕事をアレコレ紹介したらしいのだが……
「すべて気に入らないと?」
「あぁ。なんでも、一番大切な条件を満たしていないとかで……今も、知り合いの工場とか店を回ってきたんだが、たぶんどれもダメなんだろうなぁ……」
その女性は、どうしても譲れない条件があるらしく、それがかなりハードルの高いものらしい。
「前に紹介した仕事は、たまたま求人が出ててな、俺がそれを見つけたのも本当に偶然だったんだ。まぁ、戦況が傾いて一気に仕掛けたかった犬軍が戦力の拡充を狙って、この街にまで志願兵を募集してきたからだったんだが……最後の最後でひっくり返されちまったからよぉ」
ん?
なんだか、聞いたことがある話だが……
「その、斡旋した仕事って、つまり、傭兵ってことか?」
「まぁ、そうだな。ほれ、新聞にも載ってたろ? 犬猫戦争が終わったんだよ。あれの、犬軍の傭兵だったんだよ、つまりはな」
そんな仕事まで斡旋してんのか。
まぁ、戦闘でしか金を稼げないって人種も、この『世界』にはいそうだけれど……
ってことは、今はその戦闘狂の女性が新しい戦場を求めて事務所に居座ってるって状況か。
不倫の調査に協力してほしいとは、言いづらいな。
まして、あなたが第一容疑者です、なんてのはな。
「では、その女性が譲れない条件というのは、『戦場』であるということでしょうか? でしたら、工場や商店では条件は満たせませんよね」
ツヅリの言葉に、トーマスさんは困った顔で首を振った。
「それがなぁ、嬢ちゃん。戦場じゃねぇんだよ、条件ってのがさぁ。傭兵の募集は結構あるんだ。だからそいつをいくつか紹介したんだが、どれもダメでな? そいつが言うには『弓や剣には興味がないんだぽね!』……だとよ」
んっ!?
ちょっと待て、聞き覚えがあるぞ、そのふざけた語尾。
「トーマスさん、もしかして、今事務所にいる女性って…………ネリーさん、ですか?」
「おぉ、そうだよ! なんだ別嬪さん、ネリーの知り合いなのか?」
やっぱりネリーさんか!
……の前に、ツヅリが『嬢ちゃん』呼びで俺が『別嬪さん』呼びなのはどういう了見だ?
負けるのを分かった上でぶん殴るぞ?
「えぇ、実はネリーさんの職場のことに関して調査をしておりまして……特に、仕事関連で関わった『トム』という名の男性に関して、不適切な関係がなかったかどうかを――」
「待ぁーて、待て待て待て! 確かに俺は仕事を斡旋したが、ネリーとは何もねぇ! 本当だ! この『世界』の全
「『これひとがみ』?」
「あ、それは……」
ツヅリが何かを言いかけ、一瞬躊躇うように視線を揺らした後、そっと耳元で教えてくれた。
「元の世界で神様として崇められていた者たちのことです。この『世界』にはすでに龍族の神様がおられますので、多くの神様がその神威を捨て、普通の人間として暮らされているんです」
なるほど。
元の世界の神が『世界』に統合されたのを機に、神を辞めて人間として生きる道を選んだのか。それでも『之人神』なんて名称で呼ばれてるってことは、普通に人間と言いながらも特殊な立ち位置にいる存在なのだろう。
……って、神まで統合されるのかよ。
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