一周回って当てが当たる -4-
ドタバタした空気を入れ替えるように、しばらくコーヒーブレイクを挟んだ。
甘過ぎるカフェオレで。
「ん!? 美味いじゃん、これ!? うわぁ、俺、これメッチャ好きだわぁ」
「ホントなの!? だったら嬉しいカナ!」
「マジマジ! 絶対ヒットするって、これ!」
ワーウルフこと、ティムの宣言は本気だったらしく、カナと話をする時もナンパ野郎の必死さやチャラさは感じられなかった。
なんとなく、仲のいいクラスメイトみたいな雰囲気だ。
あぁ、いや、口調にはチャラさが残っているけどな。
……待てよ。
ティム……?
「なぁツヅリ、デニスさんが言ってたこと、メモに取ってたよな?」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
デニスさんが列挙した不倫を疑った理由。
その中に、ちょっと気になることがあった……
「どうぞ」
「…………なぁ、これどう思う?」
「どれですか?」
ツヅリが出したメモを見て、俺は一つの文章を指さす。
・寝言で『トム』という男性の名を呼んだ。
「寝言はたいていはっきりとは聞き取れないものだ。それで、自分の中の知識から推測したり補完したりして、言葉として成立させようとすることがある」
「えっと……つまり?」
「……ティムと、呟いたら、『トム』に聞こえる可能性はないか?」
「まさか、ティムさんが……」
二人でティムを見る。
あの銀髪のワーウルフ。まさか、人妻に手を出していないだろうな?
「なぁ、ティム」
「なんだ、アサギさんっ!」
名を呼べば、キラキラした目をこちらに向けてくる。
嬉しそうに尻尾がばっさばっさ揺れている。……懐くな、煩わしい。
「お前、人妻に手を出したりしてないだろうな?」
「ちょっ!? マジで勘弁してよ! 俺、目標は結婚だからね!? 幸せな家庭を目指す者として、他人の幸せをぶち壊すのは違うって思うわけ、俺としては! そこらへん、ちゃんとしてるから、俺は!」
そうか。
見境はなかったが、最低のクズではなかったわけか。
なら安心だ。
「ちなみに、身長153cmでDカップの豆狸族の女性に心当たりはないか?」
「補足するなら、焦げ茶色のセミロングヘアで右側頭部にぼんぼりのついたヘアゴムで尻尾髪を作っており、語尾は『~だぽね』という女性です」
「あれ、それってネリーさんじゃね?」
「知ってんのかよ!?」
「違うって! そーゆー関係じゃないから、マジで!」
こいつなら、街中の女性に声をかけていると思い、もしかしたら身体的特徴を言えば知っていたりするんじゃないかと思って呼び出したのだが……マジで知っていたとは。
「知らなきゃ『使えねぇ』って言うつもりだったが……知っているとなると『最低だな』って感想しか浮かんでこないな」
「どっちに転んでも酷くならね、俺の印象!? マジで、全然健全な出会いだったから! ちょっと、聞いて!」
ティムの話はこうだ。
今から数ヶ月前の夕方、この街の街門のそばで蹲っている小柄な女性を見かけ「これは放っておけない」と駆け寄り、介抱をしたことがあるらしい。
「憲兵に追いかけ回されてた時期でさぁ、俺、傷薬とか絆創膏とかめっちゃ持ち歩いててさ。それで、傷の手当てしてあげたんね」
「街門のそばということは、かなり街はずれですよね?」
この街は大きな外壁に囲まれた巨大な都市で、外部から街に入るための門が存在する。
外壁の外には危険な魔獣がいることから、街門も市街地から遠く離れた寂れた場所に存在している。
……そんなところで蹲っていたってことは、街の外へ出ていたのか?
それで魔獣に襲われた……とか?
「で、傷の手当てをした縁でちょっと話をしたんだけどさ、これが人懐こくて面白い人でさ。しばらくその場で盛り上がってさ」
「で、ナンパしたのか?」
「う……ナンパは、ぶっちゃけ、した……けど! けどな! 既婚者だって聞いてすぐ身を引いたから! マジで!」
必死な様が逆に白々しい。
……引くわぁ。
「くぅ! 人助けした話なのに、アサギさんと女子たちからの視線が冷たいっ! 俺もう絶対ナンパなんかしない! 純愛に生きる!」
おう、そうしろ。
ちゃんと、女性とな。
「では、ティムさんはネリーさんのお顔をご存じなんですね?」
「おう。俺、これでも記憶力はいい方なんだよね。あれ、もしかしてネリーさん探してんの?」
「あぁ。ちょっと話を聞きたくてな」
「だったら、俺の知り合いに聞いたら居場所分かるかもしんないよ?」
「本当か!?」
「おう。なんなら、今から行ってみる?」
まさかの展開に、ツヅリへ視線を向ける。
ツヅリは大きな目を見開き、俺を見つめたままこくりと首肯した。
「案内してくれ」
「任せとけ! んじゃ、早速行こうぜ!」
「ぇ、え!? みんな、ベーグル食べていかないのカナ!? 折角作ったのに!」
「あぁ、悪い……また来るから」
「へぅぅ……寂しい、なの……」
カナがしょんぼりしてしまった。
しかし、情報が得られるかもしれないのに、のんびりベーグルを食っている暇は……
「私が残りましょう。サトウ某さん、これを」
エスカラーチェが懐から一本の筒を取り出した。
黄土色をした金属の筒だ。随分と軽い。
「何か早急に伝えたいことがあった場合、ここに入っている紙にメッセージを書いて、筒のここに入れてください」
そう言って、筒の使い方を説明してくれる。
筒の底に小さな引き出しがあり、そこに細長い紙と小さいペンが入っており、その引き出しの上にメッセージを書いた紙を入れる籠のようなものが付いている。籠は固定されておらず、細い紐で筒の中の何かに結び付けられているようだった。ぷらぷら揺れている。
「手紙を籠に入れたら、蓋を開けて空へ掲げてください。光に反応して空へ飛び立つ生き物が飛び出し、私のもとへそのメッセージを届けてくれます」
伝書バトみたいだな。
携帯用伝書鳩か。
これなら、早馬便とかいうのよりも早く連絡がつきそうだ。
「揺らしたりして中の生き物は目を回したりしないのか?」
「生き物といっても、魔力を持った魔獣の一種です。害はありませんが、普通の哺乳類よりよほど頑丈な生き物ですよ」
「へー、さいで」
こいつは、危険な植物や危ない生き物をたくさん所持しているようだ。
この『世界』の公安みたいな連中はちゃんとこいつを見張っているんだろうな?
野放しにしていていいヤツじゃないぞ、たぶん。
「んじゃ、何かあったらメッセージを送るよ」
「はい。私はゆっくりとベーグルをいただいて待っています。……サトウ某さんのツケで」
「なんでだ、こら」
「毎度ありがとうなの、アサギン!」
「だから……はぁ。分かったよ。ほどほどで勘弁してくれよ」
無益な争いは早々にやめ、俺たちはティムの知り合いのもとへと向かった。
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