一周回って当てが当たる -3-
……ふぅ。
暑苦しかった……
「あの、アサギさん……これは?」
「あぁ、すまん。助かった」
「それで、シーマさんのお宅に寄ってからここへ来たんですね」
そう。
ワーウルフを呼ぶということで、俺たちは万が一に備えてツヅリにシーマさんの匂いをしっかりと付けてきたのだ。
シーマさんは前回の件もあり、好意的に協力してくれた。
つまりは、ツヅリをぎゅっとハグしてくれたわけだ。
「怖いっ! その娘、マジで怖いから! こっちに近付けないで!」
「お前が俺に近付かないならな」
「障害が大きいと愛が燃え上がっちゃうよ!?」
「気色の悪いことをデカい声で喚き散らすな!」
「はぅ……変なお店だと思われたら、どうしよう……」
そうだな。
変な男が騒いでいる変な店だと思われたならあのワーウルフに賠償請求をすればいいと思うぞ。その際は、俺も喜んで証言台に立ってあのアホ狼の非道を滔々と語り聞かせてやろう。
だが万が一、あのワーウルフの騒動と顛末を知って「尊い……」とか言うようなちょっと危険な目つきの女性がたむろするようになったら店を閉めることをお勧めする。
妄想力が豊かなレディたちは、きっと繊細ゆえなのだろうが……腐りやすいからな。
「女にモテなくて、ついにトチ狂ったか?」
「サトウ某さん……恋愛に性別は関係ありませんよ」
「綺麗な声でなに抜かしてやがる。当事者がノーを突きつけてんだ、個人の意思を尊重しやがれ」
他人の恋愛的指向に口を挟むつもりはない。好きにすればいい。
だが、それが我が身に降りかかるなら話は別だ。
「レッツ・オープン・ザ・ネクストドアー!」
「それ、合言葉言わないと開かないタイプのドアだから、俺には無理だわ。他を当たってくれ」
開けてたまるか。
「俺も、別に男に目覚めたわけじゃねぇんだよ、マジで」
だとしたら、なんだというのだ?
「今でも、可愛い娘を見たら『可愛いなぁ~』って思うし、姉さんみたいな美人に誘われたらドキドキはするんだよ。でもさ……アサギさん以上に夢中になれる女子がいないんだよなぁ」
「エスカラーチェ、ギブアップだ。あれを埋めに行こう」
「掘った穴に、誤ってあなたごと落としてしまったら申し訳ありません」
「へぇ、お前が穴掘ってくれるんだ。じゃあ上から埋~めよ~うっと」
敵だ。
どいつもこいつも、敵だらけだ。
「ツヅリ。お前は俺のそばにいてくれるよな?」
「へっ!? ぅえ、あの…………は、はい。もちろん、です」
よし。
ツヅリがいてくれれば心強い!
何より、あのアホワーウルフが近寄ってこない。
……俺がシーマさんにハグしてもらうわけにはいかないしな。
エリックにぶん殴られる。
デッカい犬でも飼おうかな……
「まぁ、アサギさんにとっては迷惑かもしれないけどさ……」
ツヅリを警戒しながら、俺の向かいの席へ腰かけるワーウルフ。
「あんたに出会えてよかったと思ってんだ」
にはは……と、照れくさそうに笑って、ワーウルフはここ最近の心境の変化について語り出した。
「これまでは『誰でもいいから付き合いたい』『顔も年齢も種族もこの際どうでもいい!』みたいに焦っちまってたんだよ」
「つくづく最低だな、お前は」
「まぁ、な。でもさ、あの時、あんたらに会った時さ、本当にビビったんだよ。『えっ、こんなに可愛い女の子がいたのか!?』って思うような女子がさ、四人も集まっててさ」
そのうちの一人は男だ。
俺を数に入れるな。
「でも、俺、焦ってて、玉砕上等でぶつかって、まぁ、まんまと玉砕して……で、懲りずに次の日からまたナンパを始めたんだけどさ……なんか、違ったんだよなぁ」
曰く、街に出て女性に声をかけようとしても以前のような情熱が感じられなくなっていたらしい。
そして気が付いたのだそうだ。
「『女なら誰でもいい』って、俺、すっげぇ失礼なことしてたなって」
「やっと気が付いたのか?」
「俺、アサギさんに蹴り飛ばされたじゃん? 『最低かっ』って。その言葉がさ、胸に響いたんだよな、マジで」
価値観を変えた瞬間のエピソードに、俺を絡めないでほしい。切実に。
「あ、でも、勘違いしないでほしいんだけど、俺だって別にアサギさんと付き合いたいとか結婚したいとか思ってるわけじゃないからな?」
「いちいち確認されたくもねぇな」
「やっぱ俺もさ、子供とか欲しいし、女の子の繊細さとか柔らかさとか好きだし」
「お前が言うと卑猥にしか聞こえないな」
「あと、俺もアサギさんと一緒でおっぱい大好きだし!」
「一緒にするな!」
「えっ、でも姉さんが……?」
「エスカラーチェ、あとで話あるから」
「おっぱい談議でしたら、男性同士でどうぞ」
「大丈夫、お前と語るのに必要なのは口じゃなくて拳だから」
「おそらく負けませんけれど、遠慮しておきましょう」
ちっ……
まぁ、たぶんエスカラーチェの言葉は本当なんだろうな。勝つ自信がまるでない。
「……で、お前は自分のこれまでの行動を反省し、女性に対して真摯に向き合うつもりになったと?」
「そう! まさにそういうことなんだよ! さすがアサギさんだ! 頭もいいなんて、最高だなぁ!」
褒めるな。
サブイボが立つ。
あと「頭『も』」の『も』はなんだ? 他にどこがいいと思ってんだ。言わなくていいけど。
「だからさ、俺の宣言、聞いてもらってもいいかな!?」
テンションが上がったのか、ワーウルフは急に立ち上がり、大きな声で空に向かって吠え始めた。
「俺こと、ティム・エンデバーは、今後一切浮ついた気持ちで女性に声をかけたりしないって誓う! 付き合うなら、アサギさん以上の女性限定っ!」
「すげぇ低いハードルだな、おい」
「そうでしょうか? アサギさん以上となれば、相当高いハードルのような気がしますが?」
どうした、ツヅリ? 眠たくなったのか?
そもそも、俺は『女性』じゃないから競う前に不戦敗確定なんだぞ?
生まれたての乳幼児から大往生のお婆様まで、全員が勝者となるだろう。
「でさ! そんな運命の女性に出会った時に、ちゃんと俺を認めてもらえるように、しっかり仕事して、信頼できる男になろうと思うんだ。……実際、独りぼっちで『世界』に放り込まれて荒れてたからさ……寂しさを理由に結構無茶やっちゃってさ……」
その気持ちは、まぁ、分からなくもない。
まったく知らない世界に突然連れてこられ、「もう帰れません」「この『世界』に適応してください」と言われてもそう易々と飲み込めることばかりじゃない。
ましてこいつは、この『世界』では人間の姿に戻れないというハンデを背負ってしまったのだ。
荒れるのも仕方がないし、寂しさを紛らわせようと必死になるのも頷ける。
……ただ、なぜそれでたどり着いた先が俺なのか……バカの考えることは重要なところで理解が出来ない。
「だから、さ……ツヅリさん、カナちゃん、そしてアサギさん。俺の、友達になってください! で、俺のダメなところいっぱい指摘してください! 俺、あんたらなら信用できるって思ったんだ! このとーりです! お願いします!」
全身に纏っていたチャラさを振り払い、深々と頭を下げるワーウルフは潔く、見ていて好感を覚えるほどだった。
「はい。わたしでよろしければ、よろこんで」
「カナも、……もう変なこと言わないなら、いい、なの」
「あはっ、やったー! マジ嬉しい! ありがとう、二人とも!」
大袈裟にはしゃぎ、そして俺に視線を向けてくる。
……ふん。
「真っ当になるって約束するなら、協力くらいしてやるさ」
「ありがとうアサギさんっ! マジ愛してる!」
「それをやめろ!」
「違う違う違う! 誤解しないで! 俺、ノーマルだから! ただ、アサギさんが美人過ぎて、見てるとムラムラしちゃうだけだから!」
「おい、エスカラーチェ! こいつを摘まみ出せ!」
「夫婦喧嘩は犬も食わないと申しまして、ね」
「お前を真っ先に叩き出してやる! カナ、フライパン!」
「そんな危険なことには貸し出せないなの!」
敵が多過ぎる店の中で、俺は孤軍奮闘することになるわけか。
ツヅリだけは絶対にこちら陣営に囲い込んでおかなければ……俺の名前の後に「容疑者」って言葉が付きかねない。
恐ろしいところだよ、『世界』は。
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