一周回って当てが当たる -2-
「お手上げです」
「早いな、おい」
事務所に戻ってすぐ出かけて行ったエスカラーチェは、物の十数分で戻ってきてそう言った。
まぁ、たぶん無理だろうなぁとは思ってたけどさ。
「いなくなった一般人が今どこにいるかと聞かれましてもね」
「そりゃそうだよな。むしろ、それが分かるようならお前を警戒しているところだ」
特殊な力で全人類を監視でもしていない限り、そんなことは無理だ。
この街の至るところに防犯カメラが設置されていれば、エスカラーチェならそれらをハッキングして特定の人物を探し出すくらいの芸当をしてみせそうではあるけれど。
「ただし、
「人着って……犯人じゃないんだから」
たしか、警官が犯人の人相や服装のことをそう呼んでたはずだ。
指名手配じゃないっての。
「ネリー・メーダ―、二十七歳。身長は153cm、体重はヒ・ミ・ツ☆」
「なんだそりゃ」
「情報が得られませんでした。ただ、標準体型であるということです」
153cmなら、ツヅリより低くてカナより大きいくらいだな。
「そして、もっとも重要な情報なのですが……」
エスカラーチェが声を潜め、周りを警戒するように俺の耳にこっそりと情報を流し込んでくる。
「……Dカップです」
「張っ倒すぞ、テメェ」
どーでもいいわ、その情報!
「なるほど。小柄で胸の大きな既婚女性ということになれば、大分条件が絞られますね!」
「絞られてねぇよ」
何人もいるだろうよ、該当者。
そもそも、小柄で胸の大きい既婚女性を探していますと言いながら歩き回るつもりはない。
「時にサトウ某さん。巨乳人妻センサーとかついてないんですか?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「巨乳人妻が通った道は匂いで分かるとか」
「出来るか!」
「えっ、アサギさん、そんな特技が……」
「ねぇっつってんだろ!?」
エスカラーチェの冗談を真に受けるな。
「でも、そういう男性がもしいれば、ご協力を要請するのも一つの手段だと思います」
「安心しろ、そんな男はこの『世界』にもどこの世界にも存在しない」
それなら、普通に名前を叫びながら大通りを練り歩いた方が発見できる可能性は高い。
傍迷惑なのでやらないけれど。
「では、サトウ某さんが自作された、街の巨乳美女データベースに該当者がいないか、確認していただけますか?」
「まずそのデータベースが俺の所持品の中に該当しねぇよ!」
「アサギさん、そのようなものをお持ちなんですか?」
「持ってないって言ってるよな!?」
「いえ、あるのならすごいなぁと思いまして」
「ツヅリ、お前は俺を信用していないのか、底抜けのバカなのか、どっちなんだ?」
すごいなぁ、じゃねぇよ。
もし仮に持ってたら、一切の接触を拒むくらい危険視しろよ、そこは。
持ってないけどな!
「仕方ありません。サトウ某さんが一切役に立たないので、役に立ちそうな男を召喚しましょう。召喚料は、またベーグルでお願いします」
「またってことは……アイツか?」
「えぇ、アイツです」
「はぁ……」
まぁ、確かに、アイツならもしかしたら知っている可能性がゼロではないかもしれない。
なにせ、おそらくこの街で一番多くの女性に声をかけた男だろうからな……
「その前に、ちょっと行きたい場所がある」
「はい。そうおっしゃると思いまして、そちらにもアポイントを取ってあります。さぁ、大家さん、参りましょう」
「え? あの、どちらへ?」
「いいからついてこい。あ、それから、上着持ってこいよ」
「は、はい。でも、あの、どちらへ?」
状況が飲み込めていないツヅリを連れて、俺たちは寄り道をしてから、トカゲのしっぽ亭へと向かった。
「いらっしゃいなの、アサギン、みんな」
俺たちを出迎えてくれたカナは上機嫌だった。
「外、寒かったカナ? 温かいカフェオレを入れるなの!」
「なんか、機嫌がいいな」
「そのようですね、一人だけ特別扱いのサトウ某さん」
「……根に持つなよ、そんな些細なこと」
にこにこ顔でカウンターを越えるカナを見送って、俺たちは適当なテーブル席へ座る。
「カナさん。ご商売、順調なんですか?」
「そうなの! アサギン発案のカウンターキッチンにしたら、『作ってるところ見られて楽しいなの~!』って、子供連れのお客さんもいっぱい増えたなの!」
いや、「楽しいなの~」って言うのはお前くらいしかいないと思うけどな。
「その割には、客がいないようだが?」
「今はたまたまなの! さっきまでいっぱいいたなの! ホントなの!」
ぷぅぷぅ怒りながら俺の前にカフェオレを置くカナ。
……注文も聞かれてないのに、強制的にカフェオレにされてるんだが?
「お砂糖はいるカナ?」
「入ってないのか?」
「入ってるなの」
「じゃあいらねぇわ!」
「でも、甘い方が幸せなの」
俺はコーヒーをブラックで飲みたい派なんだよ。
……うわっ、本当に甘い。これもう、半分ミルクセーキじゃねぇか。
「この甘さが子供に大人気なの!」
「……みたいだな」
ものすごく好きそうだな、お前は。満面の笑みしやがって。
「甘い……ですね」
「飲めたものじゃないですね」
「えぇぇえ!? そ、そんなことなくないカナ!?」
エスカラーチェは辛辣過ぎるが……そういえば、ツヅリもハーブティーには砂糖を入れないな。
あまり甘い飲み物を飲む習慣がないのだろう。
「うぅ……気に入ってもらえると思ったのに……残念なの」
「いや、悪くはないぞ」
「はい。とても甘いですが、美味しいですよ」
「ぅわ~ん! ツヅリさんだけが優しいなの~!」
こら、俺も庇ってやったろうが。
ツヅリに抱きつくカナを見て忠告しておく。
「あぁ、こら。あんまり抱きつくんじゃない」
「およ? アサギン、ヤキモチ?」
「ふぇっ!?」
「違う。魔除けの効力が薄れると困る」
「魔、除け?」
カナがツヅリを見て小首を傾げる。
お前には分からんかもしれんが、重要なことなんだよ。
「あ……そろそろですね……3……2……1……」
「こーんちわー!」
エスカラーチェのカウントダウンに合わせるかのように、俺たちが待っていた男がトカゲのしっぽ亭へやって来る。
「……エスパーか、お前は」
「これくらい、私の情報網をもってすれば造作もありません」
「情報収集でタイミングまでは知りようがないだろうが」
なんだ、無線で常時連絡を取り合う仲間でもいるのか?
……いない、よな?
こいつのことだから、何があっても不思議ではないけれど。
「ぴぅっ!? ぃ、いらっしゃい、なの」
いつも元気なカナが、怯えたような声で出迎える客。
「あ~、もう怖がらなくて平気だから。俺、マジ更生したし!」
エリックとシーマさんの一件で、容疑者として一度招集した銀髪のワーウルフがそこに立っていた。
相変わらずのチャラい顔で。
「まさか、また姉さんに誘われるとは思ってなかったよ、俺」
「今回もデートのお誘いではありませんが」
「いいのいいの。姉さんには感謝してっからさ、俺。俺に出来ることがあれば、なんでも協力するぜ、マジで」
ワーウルフはエスカラーチェに気さくに話しかけているが、前回のようにナンパをしようという雰囲気ではない。
異性の友人、いや、職場の上司や部活の先輩といった、ある一定のリスペクトをもって接する間柄のような、見ていて不快感を抱かない雰囲気だ。
「おい、エスカラーチェ。お前、こいつに何か恩を売ったのか?」
「私にその意識はなかったのですが、ご本人が恩義を感じていると強く主張し譲らないので、受け入れることにしました。不都合はありませんでしたし」
まぁ、お前がそれでいいなら好きにすればいいけどな。
懐かれるのはお前なんだし。適度にいい関係を構築するといい。
「あ、あ~、そうだったわ~」
若干わざとらしく声を上擦らせ、ワーウルフが胸ポケットに挿していた一輪の花を手に取る。
ピンクの花びらをした可愛らしい花だ。
「これ、さ。花屋で見かけてさ、思わず買っちゃったんだよなぁ、可愛くてさ。でもさ、こういうのってやっぱ、男の俺が持ってるよりも、もっと相応しい人に持っていてほしいっつーかさ、だから……」
こいつ……
エスカラーチェにもカナにも興味を示さなかったのに、こんなあからさまなアピールをしてくるってことは――ツヅリを狙ってやがるのか?
少し視線を鋭くして、ツヅリを背に隠すように体を動かし、ワーウルフを睨みつける。
それでも意に介す様子はなく、ワーウルフはバレバレのアプローチを続行する。
「これ、もらってくれねぇかな……アサギさん!」
「俺かよ!?」
ツヅリじゃなくて!?
はぁ!?
「いや、絶対似合うって! マジで! 保証する!」
「そんな保証はいらん!」
「男の俺が持ってても仕方ないしさ!」
「俺も男だよ!」
「男の俺が持ってるより、男のアサギさんが持ってる方が似合うと思って!」
「思うな!」
どんなに拒んでもワーウルフは怯む様子を見せず、あまつさえ勝手に俺の手を取り花を握らせようとしてきやがった。
助けになりそうなヤツは……
「理想の『美人』に引き合わせてくれたと、甚く感謝されまして、そのお気持ちを丁重に受け入れることにいたしました」
うん、エスカラーチェは敵だ。
あとでぶっ飛ばしてやる。
「はぇ~……アサギン、すごぉ~い。男の人にもモテるんだぁ」
のんきなカナなどあてにはならない。
モテてたまるか!
残るは……不本意ではあるが。
「ツヅリ」
「は、はい?」
「すまんが、利用させてもらうぞ」
「へ? あ、あの……っ?」
ツヅリの手を取り、ワーウルフの前へと突き出す。
その瞬間「きゃぃぃーん!」と、ワーウルフが全身の毛を逆立てて跳び上がり、店の入り口まで逃げていった。
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