頑なな口を開かせる方法 -4-

 リビングを出て階段を上がり、廊下の突き当たりの部屋を開ける。

 ――と。


「……なんだ、これは?」


 室内は、空き巣被害に遭った――なんてレベルではなく、ハリケーンでも通り過ぎたのかというくらいに荒らされていた。


「あまり荒らすなって……これ以上、どう荒らせってんだよ?」


 もうすでに荒らす余地もないほどに荒れまくった室内を見渡す。

 ベッドの上から布団が落ち、タンスは引き出しがすべて引っ張り出され、中の衣類があちらこちらに散乱していた。

 デスクの上は比較的整理されているのだが、椅子が倒され窓際に転がっていた。


 金目の物を探したにしては、荒らされている場所に違和感がある。

 試しに、デスク横の戸棚を開けてみると、二段目の引き出しに金貨の入った袋が入っていた。

 ……分かりやすいところにお金をしまっている男である。空き巣が真っ先に見るであろう場所にまんまと貴金属を入れてある。

 空き巣レベル1の初心者向けのミッションかというほどの無防備さだ。


「空き巣じゃないとなると……」


 この荒れようは、シーマさんの仕業か?

 家に帰ってこない旦那にブチギレて部屋を荒らした……と考えるのが妥当なのだろうが、あの人の性格を考えると、どうにもしっくりこない。


 じゃあなぜ……


「……ん?」


 散乱する衣服を拾い上げると、ある異変に気が付いた。


「…………毛?」


 散らばった衣服に、獣の毛が付着していたのだ。

 においを嗅いでみると……若干、獣臭い。


 ……この部屋にも魔獣が?


 よく目を凝らして辺りを見てみると、落ちた布団に、ひっくり返ったマットレスに、転がった椅子の座面に、ことごとく獣の毛が付着していた。


「これは一体……」


 何かが見えそうで、けれど、はっきりとした輪郭が捉えられない。


「……シーマさんを悲しませたエリックに怒って、部屋を荒らした…………とか?」


 もし、この魔獣の毛の持ち主とシーマさんに何か関係があり、そこに情愛のような感情が存在するのなら、そういうことも考えられるが……はてさて。


「ちょっと、甘く見過ぎていたかな……」


 なんというか、アレイさんの時のように話を聞けば解決するのではないかと、少々軽く見過ぎていたようだ。

 この部屋の惨状を見るに、下手をすれば犯罪、事件に巻き込まれかねない。

 もう少し、慎重に動いた方がいいだろう。


 この部屋の不気味さも、そんな思いに拍車をかける。



 階段を降りリビングへ戻ると、ツヅリとシーマさんがいた。

 シーマさんの部屋の調査は終わったようだ。


「どうだった?」

「えっと……」


 言い淀んで。


「男性が出入りされた形跡はありませんでした」


「ただ……」と、続きそうなニュアンスの視線が俺を見る。

 けれども、それ以上ツヅリは言葉を続けなかった。


「真相を話してくださる気には、なれませんか?」


 最後にもう一度、シーマさんに意思確認をする。

 言葉に棘でもついているかのように、苦しそうに胸を押さえてシーマさんが声を発する。


「……すみません。自分で認めてしまうのは…………怖くて……」


 それが限界だったのか、それ以上はどんなに待ってもシーマさんの口から言葉が出てくることはなかった。


 怖い、か。

 おそらく、彼女は何かを隠している。

 そしてそれは、彼女たちの婚姻関係にとって致命的な秘密なのだ。

 ただ、それはきっと浮気や異性関係ではない。


 けれど、異性関係を疑われても真実を話したくないと思うような、彼女にとっては重大な秘密。

 それを暴くことには、いささか抵抗がある。

 だが、それがはっきりしなければ、この夫婦はここで終わってしまう。


 どちらがいいか。

 この夫婦にとっては……分からない。

 だが、離婚相談所『エターナルラブ』にとってなら、答えは決まっている。


 なるほど。

 今さら、相談所の名前がしっくりきた気がするよ。


「その秘密、俺たちが暴きますよ」


 あんたらの、絡みに絡まった、雁字搦めの縁を解くために。


「だから、どうか――俺たちを信じて待っていてください。連れて帰ってきますから、あなたのもとに」


 そして、改めて結び直すために。


「……はい。お願い、します」


 シーマさんは深々と頭を下げて、大粒の涙を落とした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る