優雅なひとときの荒々しい訪問者 -3-

「あんたら、街を騒がせていたワーウルフの話は知ってるか? そいつの警戒のため、俺たち警備兵は夜の見回りを強化したんだ。それで、俺も日勤班から夜勤班へ異動になって――今だけだと言われて、それでしょうがなく承諾したんだ。いやいやだったけどな……家内を夜一人で家に居させるのは不安だったんだが……上からの命令には逆らえないし…………っ」


 相当鬱憤が溜まっているようだ。

 この鬱憤が「憲兵もやめる」と、喚き散らしていた要因の一つなのかもしれないな。


「……俺さ、魔獣に両親を殺されたんだ。だから、魔獣が憎くて憎くて、それで憲兵になったんだ。この世に存在するすべての魔獣を駆逐してやるって、それだけの意志を持って!」


 エリックの瞳は、鈍くギラリと輝いていた。

 ずっと燻ぶり続けている、消えることのない怒りが、その目に表れているようだった。


「いつ死んでもいい。そんなつもりで、毎日戦いの中に身を投じていた。俺は、魔獣を駆逐するために生きているんだと思っていたし、進んで外壁の外の任務に就いていたんだ。そんなある日、街門の外で傷付いた女性と出会った。――それが、シーマだった」


 エリックの妻、シーマさんは外壁の外で倒れていたらしい。

 魔獣に襲われたのか、全身傷だらけで意識もなかったそうだ。


「俺さ、傷だらけのシーマが両親と重なって……まだガキだった頃、なんにも出来なかった無力感を思い出してさ、必死で看病したんだ。『今度こそ助けるんだ』『もう二度と手遅れになんてさせない』って」


 そうしてエリックは、三日三晩シーマさんに付きっきりで看病をしたらしい。

 そして、保護から四日目に彼女は目を覚ました。


「……一目惚れだった。彼女の澄んだ瞳に魅了されて、一瞬でも視線を逸らすことが出来なかった。それで俺、その場でプロポーズした。お互い何も知らないし、うまくやれるかどうかも分かんないけど、でも一個だけ約束できることがある。これからは、何があっても俺が君を守ってやる――って」

「……素敵ですね」


 ツヅリの呟きに、エリックは少し頬を染めて小さな会釈を返した。

 そういう表情を見ると、純朴な青年に見える。


「それで、実際に結婚してみてどうだったんだ?」

「最高だったさ!」


 水を向けてみると、エリックは瞳をキラキラさせて熱く語り始めた。

 まるで酒でも飲んでいるのかというほど、饒舌に。


「口数の少ないおとなしい娘だったけれど、いつも俺のそばに引っ付いて回って、俺のことをいつも大切にしてくれた。料理や掃除も、最初は下手くそだったんだが、努力してくれてどんどん上達して、今ではすっかりプロ並み――いや、プロでも裸足で逃げるほどさ」


 妻のことを語るエリックは、なんとも生き生きとしていた。


「よく出来たなって褒めてやると、本当に嬉しそうな顔をしてさぁ……撫でてほしそうに頭を差し出してくる姿なんて……くぅ~! 結婚してよかったって思う瞬間だよな!」


 嬉しさが笑顔からあふれ出している。

 まるで滝のようだ。なんなら嬉しさが飛沫を上げている様を幻視しそうなほどだ。


「素晴らしい女性なのですね」

「そりゃあ、もう!」


 ツヅリの言葉に力強く頷いた後、少しだけその笑顔に翳りが浮かぶ。


「まぁ、ちょっとした不満は、あったんだが……」

「どのようなことですか?」

「いや、まぁ……なんつぅか……」


 ものすごく言いにくそうに口ごもり、助けを求めるようにこちらへ視線をチラチラ向けてくる。

 ……あぁ、そういうことか。


「つまり、夫婦生活にいささか問題があったと?」

「そ、そう! つまり、そういうことなんだよ!」


 夫婦生活。

 つまり、夜の営みだ。

 そりゃあ、ツヅリには言いにくいよな。


「彼女の方が、とにかく嫌がってな……最初は、心の準備が出来るまで待つって言ったんだ。結婚した時、彼女は十七だったから」


 この『世界』と日本の法律は異なるのだが、十七歳というのは、やはり少し躊躇ってしまうような年齢のようだ。

 俺なら、完璧に守備範囲外だな。


 十八歳未満はさすがになぁ……


「今、わたしが十九歳ですから、シーマさんは今のわたしより二歳も若くしてご結婚されたんですね」

「……ツヅリ、十九歳なのか?」

「はい。あれ? 言っていませんでしたか?」

「いや、まぁ、聞かなかったからな、言ってなくても不思議じゃないさ」


 そうか、十九歳か……

 …………いや、別に。だからなんだということはないのだが。


「それで、ソレが原因ですれ違いが?」


 なんとなく据わりが悪かったので話題を元に戻す。

 今は、相談者の話を聞く時間だ。

 ツヅリの年齢なんてどうでもいいことなのだ。


「いや、まぁ……不満ではあったが、別にだから嫌になるとかはなかったんだ。夜は別の部屋で眠っていたが、日中はその分べったり一緒だったし、俺が帰ればいつも玄関まで迎えに来てくれていたし…………なのに」


 ガリっ……と、エリックの奥歯が音を鳴らす。

 固く握った拳がぎりぎりと鈍い音を漏らす。


「なのに…………あの女……っ!」


 顏が怒りで赤く染まっていく、眼球までもが血走っていく。


「俺が夜勤班に異動になったのをいいことに、部屋に男を連れ込みやがったんだ!」


 それは、相当ショックだっただろう。

 なにせ、エリックはシーマさんの意思を尊重して寝室を分け、結婚から四年、一度もそのような関係を持っていないのだ。

 それが、どこの誰とも知らない男に横から掻っ攫われたとなれば……日本のような治安のいい法治国家であっても血を見ることになりかねない。


 だが、その発言を鵜呑みにしてシーマさんを非難するようでは解決にはならない。

 馴れ初めから語ってくれたおかげで、その怒りの大きさは理解できたが、肝心の確証をこちらは得ていない。


 つまり、浮気の証拠だ。


「鉢合わせでもしたのか?」

「そうじゃない。……あの女、鼻がいいのかうまく逃げやがって…………」


 腹立たしげに舌を打ち、手のひらに拳を打ちつける。

 今目の前にシーマさんがいれば、問答無用で手を上げそうな雰囲気だ。もしそうなりそうなら全力で止めるが。


 まずは、落ち着いてもらう。

 エリックはこの話になると興奮してしまい。こちらに状況が全然伝わってこない。

 一つずつ、順を追って話をしてもらう。


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