優雅なひとときの荒々しい訪問者 -2-
「だから、考え直せって!」
「うるさい! 放っておいてくれ!」
突然、言い争う男たちの声が聞こえてきた。
「もう辞めてやるんだ! 憲兵も! 結婚も! みんな辞めだ、辞め!」
窓から外を覗き込めば、事務所前の広い道で鎧姿の男が二人取っ組み合っていた。
金髪の男と、二足歩行のトカゲ男。
どうやらトカゲ男の方が金髪男を諌めているようだが……
「この単細胞! 勝手にしろ!」
「あぁ、勝手にするよ!」
結局物別れになってしまったらしい。
肩を怒らせて、トカゲ男が大通りの方へ向かって歩いていってしまった。
「あの金髪、ここに来るな」
「そう、なのでしょうね。きっと」
俺たちの予想通り、声を荒らげていた男は金髪をかきむしりながらこのビルへと入ってきた。
階段を踏み破ろうとしているのかってほどの荒々しい足音が響いてくる。
「すまない、邪魔をする!」
解体業者でもさせないような大きな音を立ててドアが開け放たれる。
……壊すなよ。苛立ってるのは、なんとなく察するが。
「ようこそ、離婚相談所『エターナルラブ』へ。ご相談ですか?」
「あぁ。今すぐ離婚して、あの女にきっちり制裁を加えてやりたい。協力してくれ」
カウンターを破壊するような勢いで叩き、鼻息荒くツヅリに詰め寄る。
傷の一つでも付いていたら弁償させるからな?
「まずはお話を伺いましょう。制裁云々は、その後一緒に考えませんか?」
「いいや、ダメだ! 徹底的にやってくれ! そしてあの女に自分がしたことの罪深さと愚かさを分からせてやるんだ! ここはその手助けをしてくれるところなんだろう!? 力を貸してくれ!」
言葉の勢いに押されるように感情がどんどんヒートアップし、湧き上がる激情に突き動かされるようにカウンターを越えてツヅリに詰め寄る金髪男。
制裁にはやや消極的なツヅリを自身の側へ引きずり込もうと無骨な両手を伸ばし、距離を取ろうとするツヅリの細い肩を掴もうとする――が、させなかった。
伸ばした指を二本、金髪男の目の前に突き出す。
半歩でも動けば突き刺さる、それくらいのすれすれに。
金髪男は慌てて身を引き、腹立たしげに俺を睨む。
「貴様っ、何をする!? 危ないではないか!」
危ないのはお前だ。
「ウチには替えの利かない壊れ物が多くてな……落ち着いた言動が出来ないなら叩き出すぞ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
金髪男が俺を見て、ひくっと喉を引き攣らせる。
まぁ、真正面からやり合えば100%勝てないのだろうが……
傍若無人を許すつもりは毛頭ねぇぞ、こら。
「……す、すまない。少々興奮し過ぎていたようだ」
握りしめていた拳を解き、金髪男は胸の前に両手を上げてみせる。
臨戦態勢の解除を示す行為だ。
分かってくれたなら、それでいい。
「ではこちらで話を伺いましょう。ツヅリ、相談者様にハーブティーを」
「はい」
所長をアゴで使うのはどうかと思うが、若干落ち着いたとはいえこの男のそばにツヅリを置いておくのは危険だ。少し距離を取らせる。
先に俺たちが使っていたカップを下げてもらい、テーブルを整える。
金髪男にはソファに座ってもらい、事前情報の記入を求める。氏名、年齢、配偶者の氏名、年齢、そして離婚を決意した理由などだ。
アレイさんの時とは違い住所もきっちり書いてもらうので、裏取りや調査もしやすいだろう。
「アサギさん」
お盆にカップを載せて、ツヅリが耳元で囁く。
「ありがとうございます。庇ってくださって」
金髪男には聞こえないように声量を抑えて、吐息に混ざるような囁き声で。
「ですが、あまり怖い顔はしちゃダメですよ。アサギさんは、笑っているお顔が一番素敵ですから」
ぞわぞわと、背骨が痺れるような感覚に襲われる。
……耳元で囁くな。息がかかってくすぐったい。
というか、俺はツヅリの前でへらへら笑った顔など晒したつもりはないのだが、いつ見たんだ、俺の笑顔なんか。
俺に覚えがないということは、これはあれか、定型文というか社交辞令というやつか。
もしくは、先ほどの対応はやり過ぎだったという遠まわしな注意か。
真意を探ろうにも、言うだけ言って満足したのか、ツヅリはさっさと給湯室に向かっていった。
さて、と気を引き締める。
少々熱くなり過ぎな男ではあるが、離婚相談に来たのであれば客として対応しなければいけない。
率直な意見を言わせてもらえば、短絡的な思い込みで先走っているように見えるのだが……
前回のアレイさんたちがそうだったように、また異種族間の認識のズレによる衝突なのではないだろうか。
ま、決めてかかるのはよくないけどな。
「書けたぞ」
金髪男が、記入済みの書類を差し出してくる。
ざっとそれに目を通して、面談を始める。
「お名前は、エリック・エクシブさん。二十八歳。奥様はシーマさん、二十一歳。ご結婚されて四年で、お子様は現在おられない。間違いありませんか?」
「あぁ」
暴走を咎められた後ろめたさも若干あるのだろうが、それ以上に内に秘めた不満が表情に出ている。
ムスッとした態度で腕を組んでソファの背にもたれるエリック。
一瞥して、書類に視線を戻す。離婚に思い至った動機を確認する。
そこには『妻が不倫をしていた』と書かれていた。
不倫、か。
「お待たせしました」
ツヅリがハーブティーを持って戻ってくる。
俺たちの前にそれぞれ置いて、俺の隣へと着席する。
すっと、書類をツヅリに渡す。
ツヅリが真剣な表情で書類に視線を走らせている横で、こちらは話を進める。
「確証は、おありなんですか? その、ひょっとしたら勘違いだったとか」
「確実だ! 証拠だってある!」
テーブルを殴り激昂するエリック。
す……っと、視線を鋭くして睨む。
物を壊すなよ?
「い、いや、すまん。つい……な」
手を開いてテーブルから手を離し、それでも怒りが収まらないのか、自身の手のひらに拳を打ちつけた。
伴侶の裏切りというのは、こうまで心を荒ませてしまうものなんだな。
なまじ、嫉妬というものを経験したことがない俺には想像することしか出来ないが、まぁ、激しい怒りがいつまでも収まらないものなのだろう。
それと同時に、すごく苦しいものなのだろうな。
エリックは、怒りの表情の中に、ほんの一瞬泣き出しそうな沈痛な表情をにじませている。
間違いであってほしい。そんな願いが漏れ出てきているように、俺には思えた。
「とにかく落ち着いて話を聞かせてくれるか?」
口調を変える。
別に威圧するつもりはない。ただ、もっとフランクに、肩の力を抜いてもらいたいだけだ。
「俺はアサギ。こっちはツヅリだ」
「よろしくお願いします」
「あ……あぁ、よろしく」
フランクな挨拶を交わし、可能な限りの柔らかい笑みを意識して浮かべる。
「俺たちはあんたの言葉を疑わない。あんたの意見を否定しない。だから、まずはすべてを話して聞かせてほしい。酒の席で同僚に愚痴るくらいの気軽さで」
「……あぁ。分かったよ」
エリックは、ぎこちないながらも微かに頬を緩め、難しい顔のままぽつりぽつりと話し始めた。
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