言葉にしなければ伝わらない -2-
翌日。
今日の夕方に『トカゲのしっぽ亭』にて夕食会を兼ねた意識調査の場を設けたと、エスカラーチェから報告を受けた。
朝一番でアレイさんの旦那の職場へ赴き、俺が考えた建前上の理由を説明して職人たちの協力を取り付けてきてくれたらしい。
すごい行動力。
そして、すぐさま旦那とその職場を特定する情報力に脱帽だ。
一体何者なんだ、あいつは?
「エスカラーチェさんは、過去にいろいろあったようで素性は明かされていませんが、それでも信用に足る方だと思いますよ」
「素性も知れないヤツを屋上に住まわせているのか?」
「わたし、これでも人を見る目だけは確かなんです」
どうだかな。
なんとなく、悪人だろうとほいほい信用してしまいそうな気がする。
変なヤツに騙されないように、俺が目を光らせておいてやるか。
そうして、夕刻。
夕飯にはまだ少し早い時間に、俺たちは『トカゲのしっぽ亭』へと向かった。
『トカゲのしっぽ亭』は、ログハウス風の小洒落た雰囲気の建物で、飲食店だった。
レストランというよりは軽食屋、喫茶店のような面持ちだ。
「ごめんくださ~い」
「いらっしゃいなの!」
ツヅリに続いて店へ入ると、小さな少女が元気よく出迎えてくれた。
新米ウェイトレスといった風貌だ。
「ようこそ『トカゲのしっぽ亭』へ。店長のカナ・バズレールなの!」
店長!?
目測で150センチにも満たないこの小柄な少女が?
まさか、見た目が幼いだけで年齢は俺よりずっと上だとか? 異世界ってところらしいし、そういうこともあり得るのかもしれない。
「失礼だが、年齢を伺っても? 随分と若く見えるのだが」
「カナは十六歳なの」
年下じゃねぇか!?
「サトウ某さん。失礼ですよ」
エスカラーチェが俺の耳元に顔を近付けて警告を寄越してくる。
「初対面の女性を、『どう見てもEカップはあるのに十六歳だと? 発育良過ぎだろ、偉い!』みたいな目で見るのは」
「そんな目で見てないし、そんなところは見てなかったよ!」
「なるほど。むっつり界ではチラ見は見たうちに入らないのですね?」
「見てないっつってんだろ」
「大家さんよりかは小ぶりですが、あまり見ないよう気を付けてくださいね」
「余計な情報を寄越すな! えぇい、離れろ!」
背中に張りつくエスカラーチェを振り解く。
まったく…………そうか、アレより大きいのか、ツヅリは。
「本日は、場所をお貸しくださり、ありがとうございます」
「こちらこそなの! カナのお店、あんまりお客さんいなくて、たくさん人を呼んでくれると宣伝になって嬉しいなの。お料理は自信あるから、楽しんでほしいカナ!」
小さな店長は腕まくりをして自信たっぷりに胸を張る。
この店は、この少女が一人で切り盛りしているようだ。他に店員が見当たらない。
「それじゃあ、お料理の準備してくるなの」
そう言って振り返る少女、カナのお尻には太いトカゲのしっぽが生えていた。
「君はトカゲ族なんだな」
「ううん。カナはカナヘビ族なの。よろしくしてくれると嬉しいカナ」
『トカゲのしっぽ亭』の店長、トカゲじゃないのかよ!?
……紛らわしい。
「では、わたしたちは意識調査の準備をしましょう」
カナの許可を取って、店内のテーブルの配置を変更する。
カナ曰く、トカゲのしっぽ亭はレストランではなくベーグル屋なのだそうだ。ベーグルには一家言あり、味にも相当自信があるようだ。
今回参加者には自慢のベーグルを食べてもらいながら、こちらが用意したアンケート用紙に記入してもらう予定だ。
そして、その間に個別に話を聞かせてもらう――という
目当てはもちろん、アレイさんの旦那から情報を引き出すことだ。
「お二人とも、職人の皆様がお見えになりました」
店内の準備がほぼ整ったところで、エスカラーチェから職人たちの到着が知らされる。
さぁ、いよいよ本番だ。
「へぇ、雰囲気のいい店だな」
「おぉ、美味そうな匂い!」
「うわっ、めっちゃ可愛い娘がいる!」
「向こうのお姉さん、いい身体してんなぁ~うっはぁ~たまらん!」
「来てよかったぁ!」
店に入るなり、ベーグルの焼ける匂いやツヅリの容姿、エスカラーチェのプロポーションに騒ぎ出す職人たち。
……全然職人気質じゃないな。どの職人も、なんだか軽薄でチャラチャラしている。
この中にアレイさんの旦那が……
「あちらの方がアレイ女史の配偶者、ルチアーノ氏です」
俺とツヅリだけに聞こえるようにエスカラーチェが教えてくれる。
その指さす先にいたのは……
「……カエル?」
「はい。ツノガエル族のかんざし職人です」
そこにいたのは、身長80センチ程度の小柄なカエルだった。
いや、夫婦の身長差、何メートルあるんだよ?
「本当にアレがアレイさんの旦那なのか?」
「エスカラーチェさんがそうおっしゃるなら間違いないですよ。エスカラーチェさんは嘘を吐かない方ですから」
どこから来る信頼なんだ、それは?
しかし、アレが本当にアイアンゴーレムの旦那なのだとしたら……よく結婚したな?
異種族間結婚って言っても、限度があるだろう?
何もかもが規格外だろうに、お互いに。
「なんで結婚に至ったのかも含めて、質問をしてみるか」
「そうですね。では、行きましょう」
集まってくれた職人は全部で七名。
全員男性で、年齢は二十代から三十代というところか。
件のルチアーノさんは、年齢不詳だけれども。
「こちらのアンケートにご協力ください。職人さんの結婚観に関する意識調査です」
ということになっているアンケートを配って歩くツヅリとエスカラーチェ。
男どもの鼻の下が面白いように伸びている。
「ルチさん。あんたも協力してやんなよ。この中じゃ、あんただけが既婚者なんだ」
三十代前半くらいの落ち着いた男が、一人だけちょっと離れた席に座っていたルチアーノさんにアンケートを渡す。
「兄さんたち、こいつんとこは異種族婚なんだ。きっと興味深い話が聞けると思うぜ」
ナイスだ、ナイスミドル!
いいパスをありがとう。これを利用しない手はない。
俺はすぐさま行動を起こす。
「そうなんですか。是非お話を聞かせてください」
「あ、いや……俺ぁ……」
俺が近付くと、ルチアーノさんは俯き、目を伏せた。
ここの家庭がうまくいっていないことは分かっている。あまり突かれたくないことも。
けれど、それをしなければ前には進めない。
あんたには悪いが、依頼者であるあんたの奥さんのために、ちょっと無礼を働かせてもらうぞ。
「どんなことでもいいんです。お話を聞かせてくれませんか?」
言いながら、隣の席に座る。
逃がさないぞという、ある意味脅しのような行動だ。
俺をちらりと見た後、ルチアーノさんはそっとため息を吐いた。
「……面白い話じゃないぞ」
「構いません。ありのままを知りたいんです」
アンケート用紙をさっと見た後、ルチアーノさんは俺の方へ少しだけ体を向けた。
俺は自己紹介をし、ルチアーノさんと奥さんの名前を聞いた。あくまで、事前情報など得ていませんよと装って。
「馴れ初めなど、聞かせてもらえますか?」
「そんなこと、答えなきゃいけないのか?」
「お願いしますよ。ツノガエル族とアイアンゴーレム族の結婚なんて、そうそうありませんから」
「そうか…………まぁ、たいしたことじゃないんだが……手紙を、な。もらったんだ」
「知ってますよ、ルチさん! 今でも工房のロッカーに飾ってあるんですよね!」
「あぁ、俺も見たことあるぜ! あのボロボロになった封筒の、だろ?」
「ルチさん、何回も読み返すからさぁ」
「うるっ、うるさいぞ、お前たち! いいから、黙ってアンケート書いてろ!」
ルチアーノさんに一喝され、若い衆がけらけらと笑う。
ルチアーノさんはこの中では年長で、みんなのまとめ役のようなポジションらしい。
後輩にからかわれ、仏頂面をしながらも、うっすらと頬を染めている。
「お手紙、大切にされているんですね」
「ん……あぁ、まぁ……な」
ツヅリに言われて、ルチアーノさんは照れたように頭をかいた。
けれど、この反応を見るに……
ルチアーノさんはアレイさんのことを嫌ってはいないんじゃないか?
とても暴力を振るうような男には見えない。
昔もらった手紙を、今でも大切に持っているだなんて。しかも、しょっちゅう読み返しているなんて……
もっと探りを入れてみる必要があるようだな。
俺は営業用のスマイルを顔に貼りつけ、さらに突っ込んだ質問をしてみることにした。
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