鋼鉄に守られた繊細な心 -3-
「どう、しましょうか?」
アレイさんが帰った後、ツヅリが困り顔で尋ねてきた。
裏庭でタライみたいなティーカップを洗いながら。
「どうもなにも、事実確認をしないことには始まらないだろう」
「ですが、アレイさんは知られたくないと……」
そうは言っても、憶測で離婚を勧めたり思い留まらせたりするのは、ツヅリが言うところの「幸せな離婚」には程遠い。
「お前はどうしたい?」
「どう、とは?」
「アレイさんの意を汲んで、現在得た情報だけで不確定なまま結論を出すのと――」
ツヅリの眉根にシワが寄った。
そんな結果は、こいつも望んじゃいないって訳だ。
なら。
「――もしくは、少々お節介を焼いてでも納得のいく結末を迎えさせてやるのと、どっちがいい?」
お節介を焼くというところで、ツヅリは目を丸くした。
おそらく、自分がやろうとしていること、やりたいと思っていることはお節介だという自覚があるのだろう。
その驚き顔は、自分が慎むべきだと思ったお節介を肯定されたような気持ちになったってところだろう。
「いいんでしょうか? お節介を、焼いてしまっても?」
「いい悪いの前に、どうしたいかを聞いているんだよ」
善悪を度外視するように仕向けると、ツヅリは先ほどよりも真剣な表情をして考え始めた。
そして、たっぷりと時間をかけて。
「……お節介だと言われても、アレイさんには納得のいく結末を迎えていただきたいです」
そう結論付けた。
「なら、依頼主と俺たちの意見をすり合わせて、双方が納得できる勝利条件を洗い出そう」
「勝利条件、ですか?」
「そうだ」
アレイさんは離婚するためにこの離婚相談所を訪れた。
しかし、離婚をしたいだなんてこれっぽっちも思ってはいない。それは確実だ。
「アレイさんの勝利条件は何段階かに分けられると思うが……。最上級は、旦那に愛されていると実感して離婚を回避することだろう」
「そうですね。離婚したいという理由が、『嫌われたくないから』でしたし」
「その次は、愛されないまでも、今抱えている不安が解消されること」
「そう……ですね。なぜご主人が暴力を振るうようになったのか。何を思ってそのような行動に出ているのか、それを知るだけでも、アレイさんの決断の一助になるかと思います」
結果如何によっては、離婚することになるかもしれない。
ただ、訳も分からず離婚するのと、理由を理解して自分で結論を出して離婚するのでは、その後の人生に大きな違いが生まれるのだ。
勝利条件、って言えるかは置いておいて、これから先の人生を前向きに歩いていけることが絶対に譲れないラインだ。これ以下は敗北と言ってもいい。
「それで、俺たちの勝利条件だが……」
「それは決まっています」
ツヅリは悩む素振りも見せずに、堂々と前を向いてはっきりと宣言する。
「アレイさんが笑顔で生きていけること。それが最高であり、譲れない最低ラインです」
相談者が満足する結果を得る。
それが、俺たちの勝利条件らしい。
「なら、なんとしても旦那に会って話を聞かないとな」
「けれど、アレイさんがウチに来たことを知られないようにはしたいです」
「やり方は二つある。一つは、俺たちが離婚相談所の者であるということを隠す方法」
たとえば、旦那の会社の取引相手にでも化けて、それとなく話を聞き出すとか。
……もっとも、そういう嘘が苦手そうなんだよなぁ、こいつは。
感情が全部ヘアテールに表れちまってるからな。
「ツヅリ、何か嘘を吐いてみろ」
「え? 嘘、ですか? え~っと……」
ヘアテールがぷるぷる震えて、小刻みにそわそわ揺れ始める。
そして「ぴんっ!」と逆立って、ぶわっと広がる。
「わ、わたしは、実は、おイモさんが嫌いです!」
「…………イモが好きなのか」
「はい……すごく、好きです」
恥ずかしかったのか、両手で顔を覆うツヅリ。
ヘアテールが「いやいや」をするようにぱたぱたうねっている。
……しょーもない嘘なのに、この下手さ。
こいつに嘘を吐かせるのはやめた方がいい。
というわけで、もう一つの方法を取ることにする。
「ターゲットを誤魔化す方法でいこう」
アレイさんの旦那に話を聞くとなると身構えられ、怪しまれるだろう。だが、アレイさんの旦那も『含む』大人数に話を聞くとなれば、警戒心は薄まる。
「職場に乗り込んで、意識調査をさせてもらおう。名目は、そうだな……『職人さんと結婚したい女性のための意識調査。職人さんの結婚観を丸ごと解析』って感じでどうだ?」
こういうのは、結婚相談所の仕事なのだが、あらかじめ相互理解を得ることで離婚率を下げるというお題目を掲げれば、離婚相談所が行ったっておかしくはない。
「なるほど。それで、うまくアレイさんとの夫婦生活について聞き出すわけですね?」
「あぁ。夫婦仲はうまくいっているのか? 我慢していることはないか。奥さんに直してほしいところは何か。本人だけじゃなく、周りの人間の証言も得られれば、その旦那の人となりも見えてくるだろう」
「すごいです、アサギさん! 天才です!」
「…………大袈裟だ」
手を叩いて俺を賞賛するツヅリ。
やめろ、なんか恥ずかしい。
……ヘアテールを嬉しそうにぱたぱたさせるな!
「ただし、問題が一つある」
その『一つ』が致命的なんだが……
「アレイさんの旦那の職場が分からない。というか、アレイさんの旦那がどこの誰だか分かっていない」
アレイさんに聞いても答えてはくれないだろうし、不安にさせてしまうだろう。
近所での聞き込みが無難だとは思うんだが……俺たちが嗅ぎ回っていることがバレたら、アレイさんにも旦那にも不信感を与えてしまう。
やっぱ、地道に張り込みでもして職場までつけるしか……
「しまった……住所すら聞いてない」
「え? あ、そうですね。依頼書の記入をお願いすればよかったですね」
離婚相談の依頼書なんてものがあるらしいが、ツヅリはそんなこと一言も口にしなかった。
金銭が発生する契約のはずなのだが……こいつは無条件で相手を信用し過ぎてないか? 踏み倒されるなんて発想は欠片も持っていないのだろう。
泣いているアレイさんに金の話なんかしたくない。とにかく助けてあげたい。――と、こいつの原動力はそんなところから来ているのだろう。
俺の生活さえ保障されるなら、それならそれで別に構わないが……だが、困った。これでは後をつけることも近所で聞き込みすることも出来ない。
「どうやって見つけりゃいいんだ、旦那を……」
やりようがなくて頭を抱えた俺に、ツヅリは明るい声で告げる。
「それなら、いい人がいますよ」
「いい人?」
「はい。そういう情報に詳しい、すごい人です」
いわゆる情報屋というヤツか。
しかし、『一介の主婦の旦那の情報』なんて価値がありそうもない情報を取り扱っているものか?
とはいえ、他に手立てがない以上、藁だとしても縋ってみる価値はあるかもしれないな。
「そいつは、どこに行けば会える?」
「このビルの屋上です」
「……は?」
裏庭にて、自社ビルの屋上を指さすツヅリ。
思っていたより、すげぇ近くにいたな、情報屋。
……つか、そんなヤツがいるなら先に教えてくれよ。
その後、片付けを終えてから、俺はツヅリに連れられて外階段から屋上へと上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます