重ね合う縁、これからも -1-
デスクがありません。
「所長。なんの嫌がらせですか?」
復職し、相談所へ出向いてみれば、私のデスクがなくなっていました。
一度持ち帰った荷物を持ってきたというのに、これでは仕事どころか片付けも出来ません。
「人聞きが悪いよ、カサネ・エマーソン君」
「嫌がらせでないというのであれば、なんなのですか?」
「ただの席替えだよ。君のデスクは今日からあそこだ」
そう言って、小さい所長が指を差したのは、カウンターから離れた、フロアのど真ん中。しかも相談者様が順番待ちをする待合所の真ん前で、相談所に入ってきて一番に目に付く場所でした。
本来、相談者様との打ち合わせは相談者様と相談員以外に聞かれないよう、フロアの奥に設けられたカウンターで行なうものです。
こんな衆目に晒されるような場所にカウンターを設置するなんて論外です。前代未聞です。
「こんな目立つ場所で打ち合わせなんて出来るわけがないでしょう?」
「どっちにせよ、座敷童がいると知れば、誰もが聞き耳を立てるんだ。密談など、この先、未来永劫不可能だと知るべきだよ、カサネ君」
「その不可能を可能にするような配慮をするのが当相談所の責務でしょう」
「いいじゃないか。別にやましい会話をするわけではないのだから」
「個人情報保護の観点から許容できないと言っているんです」
「まぁまぁ。なにも見世物になれと言っているわけではないんだから」
こんな場所で打ち合わせをしていれば、自然と見世物になりますよ。
まったく、何を考えているのやら…………と、カウンターを見ると、妙なパネルと四角い木箱が設置されていました。
近付いてみれば、四角い木箱には『賽銭箱』という文字が。
パネルには『恋愛成就の座敷童』『一目見れば恋愛運アップ』『頭を撫でれば恋愛運大幅アップ!』という文字がでかでかと書かれていました。
「……これは?」
「元手がゼロで、どんどん資金が増えていく奇跡の錬金術だよ、カサネ・エマーソン君! 素晴らしいアイデアだと思わないかい?」
よぉ~く見れば、『座敷童お守り、座敷童おみくじは現在準備中』なる文字が。
……そうですか。
…………そうなんですか。
私はフロア内を見渡し、髪の長い一人の女性を見つけ、彼女のもとへと歩いていきました。
「所長。デスクの位置を戻す許可をいただきたいのですが」
「待ち給え、カサネ・エマーソン君! 彼女は副所長だよ!? 確かに事務仕事の大半を彼女に押しつけてはいるが、役職までは押しつけていない。所長は私だよ!」
「今のところは、ですよね?」
「クーデターを目論む目だね、それは!? 危険思想は早急に放棄し給え、カサネ君! 争いは何も生まないよ!?」
あなたを排斥すれば、私の心に安寧が生まれますが?
「エマーソンさん。所長の悪ふざけは、ごめんなさい、私たちでも止めきれなかったの。けど、デスクは元の場所に戻していいから、もう少しだけ猶予をあげてちょうだい。ね? 悪い人じゃないのよ、所長も」
「よぉーし、いいことを言った、副所長! そのまま座敷童おみくじの販売許可をむしり取り給え! カサネ・エマーソン君さえ攻略すれば、我が相談所の資金は数十倍に膨れ上がり、みんなウハウハだよ!」
「所長……」
副所長がにっこりと笑い、全身からどす黒いオーラを放出し始めました。
「……みんなが笑っているうちに、やめましょうね?」
「し、神威を全開で威圧するのはよし給え、副所長! 元闘神の神威はえげつないんだからね!?」
副所長は、所長とは異なる世界の元神で、世界に愚民が増える度に生命をリセットしていた闘神だったそうです。
今では、ずっとにこにこしているおっとりした方なんですけれど。
「ただね、エマーソンさん。このお守りだけは許してちょうだい。相談者様の間でこういう物を必要とされている方が多いのよ」
自身の努力だけでは不安になり、心を摩耗させてしまう繊細な方は多く、そのような方が目に見える物に縋ることで心の安寧を得ることが出来る――と、副所長はおっしゃいます。
そのようなものなのでしょうか。
「あなたも、不安になった時にあのヒヨコのシルバーブローチを握ることで心を強く持てたことがあったのではないですか?」
「…………」
自分の経験をたとえに出されてしまっては、納得せざるを得ません。
確かに、不安な時にトラキチさんからいただいたお豆ヒヨコのブローチを握ると、不思議と心が落ち着くのです。
それは、現在小指に嵌まっているピンキーリングにも言えることでした。
この指輪をつけているだけで、どうしてか、不安や焦りという負の感情がどこかへ行ってしまうのです。
所長の理不尽な仕打ちにも、多少は大目に見てあげようと大らかな気持ちになれるのです。
もし、不安を抱えて苦しんでいる相談者様たちが、このお守りを持つことで多少なりとも救われるのだとすれば……
「トラキチさんに伺って、問題ないようでしたら、それくらいは……」
「ありがとうね、エマーソンさん。きっと皆様、喜んでくださるわ」
「よぉ~し、だったら迷える子羊のために『幸運を呼ぶ座敷童の壷』と『座敷童磁気ネックレス』と『座敷童高級羽毛布団』も作ろうではないか! もちろん、人助けのため……痛い痛い痛い! ちょっ、カサネ君! 君、最近力加減の調節下手になってきてないかい!?」
よく動く所長のほっぺたを両手で摘まんで引っ張ってやりました。
大目に見るにも限度はあります。
そして、今のは限度を超えています。
「所長。あまり若い娘に迷惑をかけないでくださいね? お尻ペンペンしますよ?」
「ま、待ち給え、副所長!? 『お尻ペンペン』と言いながら拳を握るのは間違っているだろう!? どんな『ペンペン』だい!? それは本当に『ペンペン』かい!?」
副所長の圧に押され、所長が私の背後に身を隠す。
……たまには罰を受けてください、まったく。
「分かった。反省する」
「本当ですか?」
「もちろんだ! 男に二言はない!」
「あなたは、女ですよね?」
「顔が怖いぞ、副所長!? 冗談だって! ちゃんと反省する! 証拠も見せる!」
証拠?
一体何をするつもりなのでしょう?
「心を入れ替えるために、今日一日、カサネ君の下で見習い仕事をしようではないか」
「え、嫌です」
「なぁに、遠慮することはないよ、カサネ・エマーソン君。雑用を私が引き受けてあげるから、君は存分に座敷童君と打ち合わせをするといい。私のサポートを受け給え」
「え、嫌です」
「まったく謙虚だねぇ、君は。遠慮なんかせずに、イチャイチャ打ち合わせをし給えよ。昨日みたいに『それでも……ぐすっ、私は……あなたのそばにいたいと、ずっと、ずっと思っ――』」
「分かりました、私の補助をお願いします! まず手始めにその無駄によく動く口を閉じてください、早急に!」
何を言い出すのでしょうか、このチビッ娘は!?
悪意の塊です。
言い方も、酷い誇張です。そんな言い方はしていません。
「『私、わがままですね……きゃるるん☆』」
「黙れと言っているんですよ、補助係?」
「カ、カサネ君っ、喉は……喉は人体の急所だから……っ! ぎぶっ、ぎぶっ!」
「カサネ君に教育係はきっと務まらないね……」などと訳の分からないことを宣う所長に、私のデスクを元の配置へ戻すように指示して、私はロッカーを整えに向かいます。
私物をロッカーにしまいながら、これを機に所長の雑な性格を少しでも矯正できればいいかと、そんな甘い考えをしていた私ですが、それが後悔に変わるのはそのすぐあとでした。
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