これからは感謝の気持ちを -1-

「トラぁ! よく無事で戻ってきたな!」

「帰りが遅いから心配したのよ?」

「おかえり、とらぁ!」


 家に帰ると、師匠たち一家が総出で出迎えてくれた。

 なんだか随分と心配をかけていたらしい。


 あぁ、そうか。

 所長さんの神威をもろに浴びて萎縮した翌日のお見合いだったからか。

 みんな、あの所長さんの本性というか、遊び心というか、……割とふざけた感じを知らないから。怖い人だと思ってるのかな。


「大丈夫ですよ。何も問題ありません」


 ……いや、問題は、あった、かな?



 まさか、カサネさんがあそこまでだったとは……

 担当相談員にしてくださいって……あの流れで担当相談員って……



「まぁ、なんにせよ。お前が無事だったならそれでいい」

「さぁ、入って。疲れたでしょう? お食事は?」

「あ、そういえば夕飯はまだでした」

「そう。それじゃあ簡単なものになるけど、作ってくるわね」

「すみませ……」


 言いかけて、思い留まる。

 うん。まずはここから直していかなきゃな。


「あ、いや。ありがとうございます」

「はい。ちょっと待っててね」


 謝罪ではなく感謝を述べると、セリスさんはとても柔らかい笑みをくれた。

 受け取る方も、感謝の方が気持ちいいよね、やっぱり。

 素敵だと思えたことはどんどん見習っていかなきゃ。


「チロル、お手伝いしてくれる?」

「おてつだいするー!」


 セリスさんがチロルちゃんと一緒にキッチンへ向かう。

 セリスさんは料理上手なので、『簡単なもの』でも十分に期待が持てる。


 セリスさんは、炊事洗濯家事親父、全部完璧なんだよなぁ。

 …………いや、親父ってなんですか!?

 所長さん、やっぱちょっと変な人だったなぁ。


「それで、トラ。どうだった?」

「え?」

「見合いだったんだろ、今日は」

「あぁ、まぁ……」


 お見合いはお見合いだったんですが、普段と勝手が違い過ぎて、なんと言ったものか……


「お見合いとしては失敗、でしたかね?」


 結局、結婚にもお付き合いにも結びつかなかった。

 けど――


「でも、いい結果にはなったようだな」


 師匠が安心したような表情で言ってくれる。

 分かってくれる。

 さすが師匠。なんでもお見通しですね。


「はい。一歩前進……とは言いがたいんですが、後退していた分は巻き返した感じです」


 結局は元通りなのかもしれない。

 けれど、変にいじけて後ろ向きに暴走した分は取り戻せたと思う。

 今はちゃんと、前を向いている自覚がある。


「また明日から、よろしくお願いします」

「おう。お前がそういう顔で頼んでくることなら、なんだって聞いてやる」


 バシンと、大きな手が僕の背中を叩く。

 痛い。

 けど、その痛みが、なんだかすごく心地いい。優しくて、温かい。


「まったくよぉ、心配させ過ぎだぞ、トラァ!」


 バシ、バシッ、バシン! と、武骨な手が何度も背中を叩く。

 痛い痛い、痛いですよ、師匠!?

 心地いいのは初回のみですって! 連打はキツイです! 感謝の念が回を増すごとに薄れていきますってば!


「なんだか、ようやく帰ってきたって感じだな」


 僕の顔を見つめて、師匠が小さく笑う。


「おかえり、トラ」


 そんな言葉が、なんだかやけに胸に沁み込んで、すとんと腑に落ちて。


「はい。ただいま」


 そんな挨拶が、自然と口から出て行った。


「トラ君、お待たせ」

「おまちどー!」


 師匠と話をしている間に、セリスさんとチロルちゃんが手早く料理を作ってくれた。

 温かそうな湯気と、食欲をそそる美味しそうな香りが立ち上る。

 いつもの席へと誘導され、僕は食卓につく。


「さぁ、召し上がれ。ウロゴンのロティ、ジャロンビアーニュソースかけよ」

「お店で食べたヤツ!?」


 まさか、二食続けて食べることになるとは!?

 というか、これのどこが『簡単なもの』なんですか?

 家庭料理じゃないですよね、これ?


「あら? ウロゴンは嫌い?」

「いえ、むしろ好きです」


 ウロゴンのロティは、カサネさんと二人で食べた思い出の料理ですから。

 ナイフで切り分け、一口食べると、驚いたことにお店で食べた物より美味しかった。


「美味しいです!? お店の味を上回ってますよ!?」

「あらあら。お世辞が上手ねぇ。うふふ。それじゃあ、デザートも付けちゃおうかなぁ」


 いえ、お世辞じゃなくて。

 本当に美味しいです。


「料理ってのは、料理する者の腕はもちろん、食う方の心も味に大きく影響するからな」


 向かいの席に腰を下ろし、お酒の入ったジョッキを手に師匠が言う。


「悩みが吹っ切れて、前向きになったお前だから、一層美味く感じるんだろうよ」


 言われてみれば、カサネさんと一緒に食べた時は『これで最後なんだな』って、ちょっと寂しい気持ちでいっぱいだった。

 反対に今は『これからまた始まるんだな』って気持ちでいる。


 なるほど。

 食べる者の気持ちが味に大きく影響するというのは、その通りかもしれない。


 それじゃあ、また今度改めて食べてみたいな。前向きな気持ちで。カサネさんと一緒に。


「まっ、セリスはそこらの料理人より腕がいいから、美味いのは当たり前だけどな!」


 がははと上機嫌に笑う師匠。

 結局、女房自慢ですか?

 相変わらずですね。


 けど、僕もいつか師匠に負けないくらい自慢しますからね。

 ウチの妻は最高なんですって。


 ……それが、カサネさんだと、いいんですけどねぇ。


 それから、遅めの夕飯をたっぷりと堪能し、デザートまでしっかりと平らげた後、僕は寝室へと戻った。

 今日は、久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。

 そう思って扉を開けると――



「あっれれぇ~? おかしいぞ~ぅ? ベッドの下に何もないなんて」



 床に這い蹲って、ベッドの下に腕を突っ込んでいる小さな幼女がいた。


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