あなたを幸せにしたいから -2-
「だから、私をあなたの担当相談員にしてくださいっ!」
あなたのパートナーとして、右腕として、ブレーンとして、あなたにとって最良のご成婚をサポートさせてください!
「…………え?」
「お願いします!」
「いえ、あの…………え?」
「お願いします!」
「いやぁ………………マジかぁ……」
がっくりと、トラキチさんが項垂れてしまいました。
やはり、私が担当相談員では不満なのでしょうか。ご成婚が遠のくと思われているのでしょうか。
それは困ります。
自分の気持ちに気付いてしまった今、もはや諦めるということは出来そうにありません。
頼み込みます! 一世一代の大勝負です!
「お願いします! 私は、トラキチさんの担当相談員である時が一番幸せなんです! これから先、ずっと相談者様と相談員という関係でいたいです!」
「……ずっと相談者と相談員…………」
「はい! トラキチさんがお爺さんになり、私がお婆さんになっても!」
「…………それまで、僕は結婚できないんでしょうか?」
…………あっ。
そう言われてみれば、そうですね。
トラキチさんのご成婚が決まれば、相談員のお仕事は終わってしまいます。
それはもしかしたら明日かもしれませんし、十年後かもしれません。
そう遠くない未来、この関係には終わりが来てしまうことでしょう。
けど……
けれども……っ!
「大丈夫です! トラキチさんはまだまだ結婚できないと思います!」
「ごふっ!」
「でも希望を持ちましょう! 未来に期待です!」
「いや、あの……たった今全力で、完膚なきまでに未来への希望を打ち砕かれたところなんですけれど……」
「大丈夫です。トラキチさんには、私がいます!」
「く……状況が違えば、きっとこれ以上ないほどときめく言葉だったはずなのに……っ!」
声をかければかけるほど、トラキチさんの表情が曇っていきます。
どうすればいいのでしょう。
いや、待ってください。
これは試練なのかもしれません。
一度は身勝手に辞めると決断してしまった私ですから、トラキチさんとしてはそうやすやすと信用するわけにはいかないと、そういうことなのかもしれません。
つまりトラキチさんはこう言いたいわけです。
『僕を納得させるだけの熱意と実力を示してみせろ』と。
そうです。
だって、トラキチさんは先ほど言ってくださったじゃないですか。
私に、「そばにいてください」と。
その言葉と矛盾するような現在の言動は、これが試練であることを私に知らしめるための演技なのではないでしょうか。きっとそうです。
分かりました、トラキチさん。
私の心意気をご覧ください。
ここまで真剣になったことは、もしかしたら生まれて初めてかもしれません。
そうですね、きっと初めてです。こんな、命懸けの勝負に挑むのは。
負けるわけにはいきません。
トラキチさん、見ていてください。必ず認めさせてみせます。
あなたにとって、もっとも力になれる相談員は、私であるということを!
「トラキチさん。私は、あなたのすべてを理解したいと思っています」
「ではまず、根本的なところを理解していただけませんかね……」
「もちろんです」
「僕は、あなたが…………好き、です」
「私もトラキチさんが大好きです」
お互いの気持ちが通じ合い、トラキチさんの顔に笑顔が戻りました。
分かり合えるということは、こんなにも幸せなことだったのですね。
「じゃ、じゃあ……!」
「はい! 一緒に最高の結婚相手を探しましょう!」
「頑なっ!? 軌道修正できる気が一切しない!」
トラキチさんが天に向かって吼えました。
なんだかその姿が懐かしく、私は思わず笑ってしまいました。
「ぶゎっはははは! ぅひぃ~っひっひっひっひぃっ! けーたけたけたけた! し、死ぬっ、死んでしまう……っ! うきゅきゅきゅきゅきゅ!」
……いえ、違います。
今のは私の笑い声ではありません。
この品のない笑い声は……
「所長!」
「くふっ、うひっ、はひぃ、はいはい、みんなのアイドル所長ちゃんだよ~、むふっ、ぐふっふ」
おなかを押さえ、涙を流して、顔の筋肉を総動員したような盛大なにやけ顔で、小さな所長が手を振っていました。
こういう場でなければ全力で他人のフリを決め込むところですが……
「何をなさっているんですか?」
「なぁ~に、当相談所が主催のお見合いだからね、担当相談員が一歩引いたところから見守るのは当然じゃないか。私は職務を全うしていただけだよ」
一歩退くどころか、ここまで一度も姿を見ていませんでしたけれど? 退き過ぎでしょう、だとするならば。
「はぁ~……笑った。一生分笑った。まさか、あそこまではっきり言われて……ふふふ、担当相談員って……そ、相談員ってぇ……っ!」
ようやく収まったかに見えた笑いが再び込み上げてきて、所長がおなかを抱えて地べたを転げまわり始めました。
踏んづけてやりましょうか?
「えい、えい、えい……逃げないでください」
「なんの躊躇いもなく上司を踏もうとするんじゃないよ、カサネ・エマーソン君」
「今現在は上司ではありませんので」
「
「幼気ではなくイタい系の少女ですよね、あなたは?」
少女かどうかも疑問が残りますけれど。
「私の機嫌を損ねると、職場復帰の道が断たれてしまうよ?」
「でしたら、あなたを引き摺り下ろして次代の所長のもとで再就職を試みます」
「君なら本気でそうしそうだから怖いよね」
もちろん本気です。
トラキチさんの幸せのため、所長は尊い犠牲になるのです。
「まぁ、いい。今回はかなり楽しませてもらったからね、特・別・にっ、君の復職を認めよう」
そう言うと所長は、懐から私の退職願を取り出し、それをビリビリに破いて捨てました。
風に乗って、紙の切れ端が舞うように飛んでいきます。
「ゴミはきちんと持ち帰ってください」
「この状況で最初に出てくる言葉がそれかい!? ……まったく、君という娘は」
盛大なため息を吐いて、小さな所長がとことことトラキチさんへ近付いていきます。
そして、おもむろにトラキチさんの肩を抱き、ぐいっと自分の方へと引き寄せました。
「ご覧の通りなんだよ。想像以上だっただろう? なかなか手強いと思うよ、これから先も」
そんな、主語のない会話を一方的にしゃべる所長。
やめてください。トラキチさんが困惑した顔で私に助けを求めているではないですか。
「はぁ……痛感しました」
……おや?
困惑されているのは、もしかして、私ですか?
「けれど、悪意はない。他意もない。そもそも裏も表もありゃしないのさ、あの娘にはね」
「それは、まぁ……分かりますけれど」
「だからこそ手強い。無自覚っていうのは、時に鋭い刃以上に凶悪な殺傷能力を持つからね」
「……僕、さっき二~三発喰らいましたよ」
「けど、君は生きている! たいしたもんだよ、少年!」
「はは……、なぜでしょう、あんまり嬉しくないです」
「いやいや、喜び給え! 君は見事延命を果たしたんだ。今日終わるはずだった勝負は延長戦にもつれ込んだ。これからが勝負だろぅ?」
「それは…………確かに」
「よし!」
ぱしーんと、トラキチさんの背中を叩いて、所長が満足げな顔で移動を始める。
私とトラキチさんを同時に見られる位置に立って、腰に手を当てて、偉そうにふんぞり返って、この上もなく嬉しそうに宣言する。
「明日からまた、君たちは一緒にたくさんのお見合いをこなし給え」
「いえ、でも、僕は……」
「あぁ~、いいのいいの。主観で気が付けない鈍感娘には、客観的な視点で恋愛というものを見せ、教え、そして考えさせなきゃ進展しないんだからさ」
なんの話でしょうか?
『娘』というからには、トラキチさんではありませんし、『鈍感』というからには、私のことでもないはずです。
一体誰の話をしているのでしょうか?
「けど僕、結婚の意思もなくお見合いなんて……相手の方にも失礼ですし」
「それも大丈夫! な~んにも問題ない」
「いや、ありますよね!?」
「ないんだよ、それが」
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