一世一代の…… -3-

「ここが、天国……」


 神の使徒であったカサネさんは本物の天界を知っているはずなんだけど……天使でも楽しげな場所を表現する時はパラダイスを引き合いに出すんですね。勉強になりました。


「ト、トラキチさんっ、い、一体、どの子から触れ合えばいいのでしょうか?」


 普段の冷静さはどこへやら、ふれあいコーナーに足を踏み入れたカサネさんが入り口付近でわたわたしている。

 どこかの動物に近付けば、反対方向の動物から遠ざかることになる。……とでも思って動けないのだろうか。


「とりあえず、一周見て回りましょう」

「是非そうしましょう!」


 これまで、僕が見てきた中で最大級の笑顔を見せて、カサネさんは頷く。

 本当に動物が好きなんだなぁ。


 瞳をキラキラ輝かせているカサネさんをリードして、ふれあいコーナーの中を歩く。


 かなり広くスペースが設けられていて、数種類の小動物が区画ごとに分けられている。

 子供連れの家族や、恋人たち、友人同士のグループが思い思いの場所で動物たちを愛でている。


 上から覗ける檻の中を元気に走り回る動物たちは、見ているだけで癒される。

 モルモットに似た動物がいるなぁ~と思ったら、モルモットだった。

 小型犬サイズの知らない動物や、綿毛のようなもふもふの動物、ミニ豚のような動物や、爬虫類っぽい動物、それに鳥までいる。

 随分と種類が豊富だ。

 カウンターに係員がいて、それぞれの動物のエサを小分けにして売っている。


「すみません。触れ合いは、檻の中に手を入れていいんですか?」

「はい。そのまま撫でてあげてください」

「抱っこは?」

「申し付けてくだされば、係の者が抱き方をお教えします」


 係員さんにここでのルールを確認する。

 抱っこするのは係員さんに一声かけてからになるようだ。

 見れば、子供たちが小動物を抱っこしているそばには必ず係員が付いている。

 脱走を防いだり、引っかかれたりしないように注意を払っているのだろう。


「トラキチさん、あれ!」


 カサネさんが指さす先には、大型のフクロウくらいのサイズの鳥がいた。

 幹の太い木の、頑丈そうな枝に停まっている。


「あの鳥が何か?」

「ボーモードースンです。トラキチさんが一口くださった」


 言われてようやく思い出す。 

 前回のランチで僕が頼んだ鳥料理に使われていたのがこの鳥だ。

 そういえば、そんな風な名前だったと思う。

 ……カサネさん、「ナントカ鳥」って呼んでたのに、よく名前で分かったな。動物愛の強さか?


「いただいたのはどの辺りでしょうか? やはりモモ肉でしょうか?」

「カサネさん。本人の目の前で食べる話はやめてあげてください」


 言葉を理解してはいないだろうけれど、なんだかいたたまれない。

 とっても美味しかったですけど、それで「ありがとう」って言われても、この鳥も困ってしまうだろう。


「今日触れ合ってしまうと、この先食べるのを躊躇ってしまいそうですね」

「また食べる機会があるんですか? 羽、生えてますけど」

「少しだけ考え方が変わったんです」


 羽のある生き物は食べにくいと言っていたカサネさんだが、意識の変化があったらしい。


「羽があるからと忌避するならば、足や目、口や鼻がある動物も忌避しなければおかしいのではないか、と。私を構成するものは、何も羽だけではないのですから」


 確かに、羽があることで仲間意識を持つというのなら、足を持つ動物にも仲間意識が芽生えてもおかしくはない。

 お揃いなんだし。

 けど、そんなことを言い出すと何も食べられなくなってしまう。


「ですので、妙なこだわりは捨てて、美味しくいただくことで感謝をしようと思うようになったんです」

「その方がいいかもしれませんね」


 宗教や風習、風土やその他なんらかの理由により禁止されているのでない限り、美味しくいただくのがいいと思う。

 もちろん、感謝の心を持って。


「ですので、このボーモードースンも、次の機会が訪れた暁には美味しくいただこうと……」

「あ、カサネさん!? 鳥の目の前に指を出したら……!?」


 頭を撫でようとしたのか、カサネさんがボーモードースンの頭へ手を伸ばし――指先を思いっきり噛まれていた。


「……嫌われました」


 カサネさんがものすごく落ち込んでいる!?


「いや、あの、鳥って、懐いていない人間に触られるのが嫌いなんですよ」

「私でなくても、ですか?」

「はい。僕のいた世界にはヨウムって鳥がいたんですが、手を近付けると『カァー!』って威嚇しながら噛みついてくるんです。フクロウなんてもっと危険で、大抵『触らないでください』って注意書きされてるくらいなんです」


 おそらく、この『世界』の鳥も似たような生態をしているのだろう。

 同じような環境で生きるのだから、同じような進化を遂げたと考えてまず間違いない。……はず。


「懐くとすごく甘えてくるみたいなんですけどね、鳥って」

「私にも、ですか?」

「家で飼って、毎日ちゃんと世話をしてあげていれば、おそらく」


 噛まれた指をさすりながら、カサネさんの視線が右上へ向く。

 ……今、引っ越しにかかる費用とか計算してませんか?

「ペット可の物件を探してから……」とか、ぼそぼそ口走ってますけども?


「とりあえず、もうちょっとおとなしい動物と触れ合ってみましょう」

「……もう、触れ合いましたけれど?」


 噛みつかれたのは触れ合いのうちに入りませんよ、カサネさん。

 もっと心がほわほわする触れ合いをしましょう。

 鳥との触れ合いは、もうちょっとレベルが上がってからです。


「モルモットとかどうですか? おとなしいですよ」


 ちょうど子供たちが退いたので、そこへと向かう。


「まずは触ってみましょう」


 腰くらいまでの柵の中に十数匹のモルモットがいる。

 アルファルファの詰まった樽に群がり、もくもくと口を動かしている。


「さ、触って、いいんですか?」


 カサネさん、目がギラついて、鼻息が荒いですよ。

 それ、僕がやったら通報されかねない表情なので気を付けてくださいね。


「で、では。いきます……」


 恐る恐る、モルモットに手を近付けるカサネさん。

 噛まれるのを警戒してか、お尻の方から手を伸ばす。

 カサネさんの指先がちょ~んとモルモットに触れた瞬間――



 ばたばたばたっ! がさがそがせ!



 ――と、モルモットが一斉に逃げ出した。


「……嫌われました」

「いえ、モルモットはとても臆病なので、慣れてないとこんな感じです。……よね、係員さん?」

「そうですね。概ねこんな感じです」


 泣きそうなカサネさんを見て、係員さんがすごく微笑ましそうな顔で笑う。

 その気持ち分かりますよ、係員さん!

 泣きそうなカサネさん、可愛いですよね!


「……やはり、私には動物との触れ合いなど不可能なんですね……」

「そんなことないですよ」


 係員さんのそばには、カットされたキャベツが入ったケースと、モルモットが一匹すっぽりと入りそうな箱が置かれている。

 モルモットとの触れ合い方は、日本と似た感じらしい。


「エサやりと抱っこをお願いできますか?」

「ありがとうございます。お二人とも抱っこされますか?」

「いえ、カサネさんだけで」

「では準備をしますので、先にエサをあげてみてください。抱っこしてみたいモルモットがいたら言ってくださいね」


 抱っこするのはおとなしい食いしん坊にしてもらう。

 係員さんが箱を持ってモルモットを物色し始める。

 その間、檻の中のモルモットにエサを与えてみる。


「カサネさん。こうしてトングでキャベツを挟んで、檻の中に入れてみてください」

「……私がすると、みんな逃げてしまいますよ?」

「大丈夫ですよ。ほら」


 エサとトングを渡して、檻の前へ誘導する。

 少々へこみながら、カサネさんがキャベツを檻の中へ入れると、ものすごい勢いでモルモットたちが集まってきた。


 ぷぃっ、ぷぃっ、ぷぃっ、ぷぃっ、ぷぃっ、ぷぃっ!


「ト、トラキチさん!? なんだか、ものすごく集まってきました!」

「エサが欲しいんですよ」

「なんだか、ぷぃぷぃ言ってます!」

「機嫌がいい時はそうやって鳴くんですよ」


 モルモットたちが、エサを持つカサネさんの前に集合し、積み重なるようにカサネさんへ猛アピールしている。


「モテモテですね」

「あ、あぁ……なんて可愛らしい……全員連れて帰りたいです」


 それは出来ませんが……


「お待たせしました。こちらの椅子に座ってください」


 膝よりも随分と低い椅子に座るよう指示が出る。

 万が一にも落としてしまった時に、モルモットが怪我をしないための配慮だ。

 押し寄せるモルモットにあゎあゎしているカサネさんを座らせて、係員さんから箱を受け取る。


「さぁ、抱っこしてあげてください」

「へ? ぅいぃっ!?」


 太股の上に箱を乗せる。

 箱には、すっぽりとモルモットが収まっていた。


「に、逃げませんか!?」

「モルモットは、箱の中にいると触っても暴れないんですよ」

「なぜです?」

「それは、モルモットにしか分かりません」


 恐る恐る手を持ち上げ、モルモットの体に触れる。


「……あ」


 カサネさんの指先がふわっとモルモットの毛に埋もれ、そしてゆっくりと、次第に大きく、けれど優しくその毛並みを撫でる。


「…………かゎぃぃ」


 小さな呟きが漏れ、緊張していた表情が徐々に解れて、穏やかな笑みへと変わっていく。


「可愛いです」


 愛おしげな瞳でモルモットを見つめ、何度も何度もぷっくりとしたお尻を撫でる。


「エサをあげてみてください」

「ここでですか?」

「手渡しで食べてくれますよ」


 一瞬瞳がきらりと輝き、少し長めのキャベツを摘まむ。

 先ほどのトングとは違い、手から直接エサを与える。

 若干緊張した面持ちで、ゆっくりとキャベツを近付けると……


「食べました……っ」


 食事中のモルモットを驚かせないためか、すごく小さな音量で喜色に満ちた声を漏らす。

 ぷぃっぷぃっぷぃっと音を鳴らすモルモットに、「喜んでますよっ」と嬉しそうに笑み崩れる。

 僕の方を見て、手招きをして、「ほら、見てください。食べてます」と感動の共有を求めてくる。


 ねぇ、カサネさん。

 今、この場において、あなたの方がよっぽど可愛いですよ。


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