一世一代の…… -2-
それから、鳥たちのエリアへ移動する。ダチョウのような大きな鳥や、網で囲われた巨大なドーム状のエリアを飛びまわる鳥たちを見て回る。
熱帯地域を再現しているのか湿度が高く蒸し暑い。
ゴクラクチョウを五倍ほどファンキーにしたような派手な羽色の鳥たちが荘厳に空を飛びまわっていた。
「カサネさん、綺麗な鳥ですね」
「…………ですね」
上の空っ!?
ものすごく必死に引っかけ問題考えてるなぁ。
とかなんとか言っているうちに、小型の鳥が集められたエリアへとやって来た。
そこには非常に見慣れた鳥、ウズラやカナリヤ、文鳥なんかがいた。
「トラキチさん、『イワトビ』と十回言ってください」
「ペンギンですか?」
「ペンギン?」
「そういう鳥がいるんです」
「初めて聞いた名前です。この動物園にいるのでしょうか?」
「どうでしょう? 鳥は鳥なんですけど、水辺に生息する鳥ですので」
「そうなんですか。見てみたかったです」
「いつか見られるといいですね。……あ、カサネさん。オカメインコがいますよ」
「『イワトビ』と十回言ってくださいっ」
おぉっと、同じことをやり返したら膨れられてしまった。
いけない。つい、からかいたくなってしまう。
僕も、こういうところは姉に似ちゃってるんだろうな。反省しなければ。
僕は、カサネさんの機嫌を取るように『イワトビ』と十回、指を折りながら口にする。
「ニワトリが産むのは?」
自信たっぷりな顔で問いかけてくるカサネさん。
『イワトビ』と言わせておいて『ニワトリ』と言わせたいのでしょうが……、それはさすがに引っかかりませんよ。
こんなバレバレなのに引っかかるのはさすがにわざとらしいので、順当に正解しておこう。
「ヒヨコです」
「卵です」
うわっ、本当だ!?
しまった!?
もうちょっと出来のいい引っかけが来たらそれとなく引っかかってあげようとか余裕かましていたら、初っ端に本気で引っかかってしまった!?
……恥ずかしい。
「トラキチさん」
「……なんでしょう?」
「今日、楽しいですね」
……くぅ、なんか悔しい。
これまでに見たことがないくらいに清々しい顔で、カサネさんが上空を舞う鳥たちに視線を向ける。
まぶしい日差しを片手で遮り鳥たちを見上げる仕草は、ドレス姿も相俟って、高原のお嬢様のような気品に満ちあふれていた。
幸せそうに微笑むその口元は……「してやったり」って言葉を必死に堪えているのだろう。
なんですかその勝ち誇った顔は?
一勝一敗のイーブンですよね、現状?
ちょっと手加減しただけなんですけど?
「ふふ。トラキチさんは負けず嫌いなんですね。悔しさが顔に出ていますよ」
お互い様ですよね!?
滑らかな光沢のあるドレスを翻し、カサネさんが先へ進む。
僕は弾むような足取りの後ろ姿を見つめ、「まぁ、楽しそうだからいっか」と、負けを甘受することにした。
それからしばらく進むと、今度は肉食獣のエリアになった。
餌の違いなのか、獣臭さがぐっと濃厚になった。
そして、見たことがない動物が一気に増えた。馴染みのある動物はほぼいないに等しい。
「すごい迫力ですね……」
「森で出会えば、人間では太刀打ちできないような獣ばかりですからね」
この『世界』の肉食獣は、まさしく『獣』だった。
ライオンやトラのような、ネコにも似た可愛さやぐでっとしただらしなさに微笑ましくなることもなく、檻の外から観察するこちらを威嚇し、隙あらば喉笛に喰らいつかんとする殺気をびしびし浴びせかけてきている。
あれは、人間とは相容れない生き物だ……大自然の中で遭遇したくない。
「トラキチさん。エサやり体験が出来るそうですよ」
マップをこちらに向けてカサネさんが指し示したところに、『エサやり体験』の文字があった。
ここから少し先だ。
カサネさんの瞳が「やってみたい」と雄弁に語っている。
いいですとも、やりましょう。
動物との触れ合いは心を豊かにしてくれますから。
「では、挑戦してみましょう」
「はい」
連れだって歩き、エサやり体験のブースに来てみると……ぶつ切りにされたウロゴンが転がっていた。
「ひぃっ!?」
憚らずに悲鳴が漏れた。……僕の口から。
いや、だって、ぶつ切りにもほどがありますよ!?
野生の牛を四つ切りにしてみました、くらいのぶつ切り感なのだ。
思いっきり滴ってますけども!? 口にするのも憚られる惨状を見せつけられているんですけども!?
先客を見てみると、ウロゴンの脚を握って檻の中へと肉を差し入れている。
それを見た獣が突進してきて肉にかぶりつく。
立ち上がれば体長が5メートルを超えそうな巨大で獰猛なクマのような獣だ。
思わず耳を塞ぎたくなるようなおぞましい咀嚼音と、ウロゴンの太い骨が噛み砕かれていく破砕音が背筋を凍らせる。
「……もうちょっと、可愛い動物にしませんか? 触れ合うの」
「そうですね。私も、檻越しではなく、膝に乗せて手渡しでエサを食べてくれるような動物がいいです」
さらりと言うカサネさんに恐怖の色は見えない。
カサネさん、ひょっとしてですが……あのクマのバケモノみたいな獣が、檻から出ていて、なおかつ膝の上で手渡しのエサを食べるなら、エサやり体験したかったですか?
……出来ちゃいそうだな、カサネさんなら。
「この先に、小動物とのふれあいコーナーがあるみたいですよ」
「どうして早く教えてくれなかったんですか?」
マップを広げ、食い入るように睨みつけるカサネさん。
……そうなると思ったので言いませんでした。
というか、あなたも同じマップを持っているんですから、気付くことは出来たはずでしょう?
あぁ、そうですか。目の前の動物に全力投球していて先々を見通す余裕なんかなかったんですね。
よかったです、目一杯楽しんでいただけているようで。
「行きましょう、ふれあいコーナー。私、今日は遅くなっても構いませんので」
仕事を辞めて、明日は早起きする必要がないから――そんな意味なのかもしれないけれど……
カサネさん。
……その言葉は、心臓に悪いです。
そんな意味じゃないって分かっていても、鼓動が速くなり過ぎて痛いです。
あぁ、もう……一人で勝手に意識し過ぎだな、僕。
相談員さんは相談者とは特別な関係にならない。カサネさん自身がそう言ったのだ。
カサネさんは、きっと自分の言葉に責任を持つ人だ。「自分だけは例外」なんて、そんな身勝手なことはしない人だ。
だから、僕が何を思おうが、どれほど焦がれようが、相談員であるカサネさんとは…………
あれ?
カサネさん、相談員、辞めたよね?
え?
あれ?
んっ!?
ちょっと待って……
え? なに?
じゃあ……………………
瞬間、顔の温度が急上昇した。
僕が今、海上に立っていたならば、この急激な温度変化によって台風が発生していたかもしれない。
僕は、もしかしたらとんでもないことに気が付いてしまったのかもしれない。
このお見合いが終わるまで気が付くべきではなかったのかもしれない。
いつもの僕らしくあろうと思うなら、今日が終わって、ベッドの中で「あぁ、そういえば相談員を辞めたなら……っ!?」って気が付いて、「くそぅ、気付くのが遅かった!」って悶えて寝不足になる。そういうのこそが僕らしい。……自分で言っていて悲しくなるけれど。
けど……
徐々に夕闇が迫ってきているとはいえ、まだもう少し時間がある。
カサネさんとのお見合いは、まだ続く。
むしろ……
日が落ちてお見合いが終わる瞬間が勝負――ってことすら、ある。
「……っ!」
やばい。
やばいやばいっ。
鼓動が、フルマラソンのコースを超高速のオクラホマミキサーで走破した直後くらいに速い。……いや、やったことないけど、そんなこと。でも、それくらいに鼓動が速い。痛い。
日が沈むまで、まだ時間はある。
それまでに気持ちを整理して、決断をしなければ……
今日を逃せば、本当に……
もう二度と、カサネさんには会えなくなるだろう。
それはイヤだ。
それだけははっきりと分かっている。
けど……
いきなり過ぎないかな?
カサネさん的には、騙されて呼び出されて、今朝急に押しつけられたお見合いみたいだったし、そもそもお見合いって認識もなさそうだし。
それなのに、僕がいきなり本気になってそんなこと口走ったら…………
『は? なんですか急に? …………キモ』
いやいやいや!
カサネさんに限ってそんなことは言わない!
たとえ思っても、口にはしないはずだ。
……思われるだけで致死量ですけども。
けど、どんなに舞い上がっても、頭がパニックを起こしても、心の中の一部分は冷静で、その冷静な場所はいつも同じことを考えている。
それは。
「困らせたくは、ないんだよね……」
自分の勝手な思いをぶつけ、独りよがりの行動で、カサネさんを困らせたくはない。
その気持ちは何よりも優先させたいことで、それを優先させるなら、気が付かなかったことにするのが一番だ。
何事もなく、いつも通りに終わらせる。
たとえ今日が最後になっても、いつも通りに…………
「トラキチさん」
「へぃっ?」
突然、目の前にカサネさんが現れて変な声が出てしまった。
ちょっと深く思考し過ぎていたみたいだ。
カサネさんの接近に気が付かなかった。
「行きますよ」
「へ?」
「ほら、早くしてください」
「ぅへへぃ!?」
突然手を握られ、奇怪な声が漏れてしまった。
カサネさんの細い指が、僕の手のひらをぎゅっと握る。
前を向き、大きな歩幅でずんずん進んでいくカサネさんに引っ張られ、僕も歩き出す。
ふれあいコーナーを見据えるカサネさんはこちらを振り返らない。
ひたすら前だけを向いて、目的に向かって突き進んでいく。
それが、今はありがたい。
こんな真っ赤に染まった顔、見られたら恥ずかしさで死ねる……
僕の手を握るカサネさんの手を同じくらいの力強さで握り返すことも出来ずに、せめてすっぽ抜けない程度にそっと指を曲げ軽く包み込んだ。
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