翼をもがれたわけ -3-

「トラキチさんが教えてくださった言葉は、つい使ってみたくなるものばかりです」

「他に何かありましたっけ?」

「布団が吹っ飛んだ、とか」

「……それ、どこで使うんですか?」


 あぁ、そういえば、緊張した時のおまじないと勘違いして何度か口にしていたっぽいな、カサネさんは。

 あれ以降も使ったことがあるのだろうか?


「誰かの真似をしてみようと思うようになったのは、トラキチさんと出会ってからかもしれません」

「そうなんですか?」


 少し笑ったからだろうか、カサネさんの表情が柔らかくなっている気がする。

 肩の力が抜け、気負うことなく会話が続く。

 そんな中、カサネさんの過去が不意に顔を覗かせた。


「はい。これまでは、与えられた使命をこなすことだけを考えて生きてきましたから」

「それは……なんだか大変そうですね」

「いえ、むしろ楽でした。余計なことを考える必要がありませんでしたから」


 言われたことを唯々諾々と遂行する。

 それは確かに楽な面もあるだろう。責任を負わなくていいとか、指針を示してもらえるから迷わなくていいとか。

 仕事ならばそれでもいいのかもしれない。けれど、人生をそんな風に生きるのは、やっぱりちょっと寂しいと思う。


「ちなみになんですが、カサネさんって、以前の世界ではどのような仕事をされていたんですか?」

「神に仕えていました」


 えっ!?

 カサネさん、マジ天使!?


 なんということだろう。

 神様に仕えていたということは神の使徒、天からの使い。

 それ、すなわち天使じゃないか。


 カサネさん、マジで天使……


「つまり、カサネさんも之人神ということですか?」

「いえ、私は神ではありませんでしたし、之人神でもありません。ただの側近、あまたいる使徒の一人で……ただの従業員と同じです」


 天使と従業員は随分違うと思いますけれど!?


「それに、神といっても、おそらくトラキチさんが好感を抱くそちらの世界の神とは程遠い存在だったと思いますし」


 カサネさんが仕えていたという『神』は、随分と利己的で傲慢な存在だったのだと、カサネさんは言う。


 カサネさんのいた世界は、神、使徒、臣民、人間という階級に分かれていて、それぞれに住む場所や待遇が決められていたそうだ。

 地上と天界の二つに分かれていて、天界ではあまたの神々がおのれの領土と権威を大きくしようとしのぎを削っていたという。


「神の力となるのが地上の者たちからの信仰心でしたので、私たち使徒は天界から地上へ赴いて人間たちを一人でも多く主の臣民へと取り込むよう命じられていました」


 臣民が多いほど、またその信仰心が強いほど神は力を得て、神々の戦争で領土を広げていける。

 ……なんだか、人間たちが神々の都合に振り回されているような気がするな、その世界は。


「……あの、変な質問をしてもいいですか?」


 ふと言葉を止めたカサネさんがしばらく黙考して、そんなことを聞いてきた。

 僕が了承すると、「今さら聞いても参考には出来ないのですが、トラキチさんならどうされるのか、少し気になったもので」と、少しだけ申し訳なさそうに、けれどどこか興味深そうに尋ねてくる。


「もしもトラキチさんが神の使徒だったら、どのようにして地上の者たちを臣民に取り込みますか?」


 僕が神の使徒だったら……

 どうすれば、無信仰状態の人に自分の主を信仰させることが出来るか……

 ……ん~、宗教の勧誘みたいなことかな?

『アナタハ、神ヲ、信ジマスカ~?』……ダメだ。もっとも胡散臭い勧誘だ、これ。


 もっと普通に、……そうだな、日本で働いていた町工場での営業だと置き換えてみよう。

 不景気の煽りをくらって取引先が減ってしまった。その穴を埋めるためにどうすればいいか。新規開拓のために必要なことは……


「やっぱり、こちらにつくことで受けられるメリットを前面に出して説得するでしょうか」


 他の会社よりお安くしますよ。

 不具合品は無料で交換しますよ。

 納期も他社より一日短く対応しますよ。

 実はウチの部品、オリンピックの競技場にも使用されているんですよ。

 そんな感じで、価格と安心について相手会社へのメリットとなる部分を全面に押し出して交渉する。


 神々の使徒にそれを置き換えるならば――


「ウチの神様を信仰すると災害からみなさんを守りますよ、とか。ウチの神様を信仰すると豊作を約束しますよ、とか。恋愛運アップしますよ、とか」


 僕の答えに、カサネさんがくすりと笑う。


「神様を信仰すると、恋愛運がアップするんですか? 初耳です」

「僕のいた世界では普通でしたよ。恋愛成就の神様や縁結びの神様、安産祈願の神様や家内安全の神様まで、出会いから結婚して家族が増えた後まで、全部丸ごとカバーしてくれてました。それぞれ別の神様なんですけれど」


 日本人は、その時々で必要な神様のもとへ足を運び、御利益を賜れるよう必死にお祈りをしていた。

 縁結びは特に人気だったように思う。


「それだけ多くの神々が協力して人間たちに利益をもたらしていたんですか。なんとも穏やかな世界なんですね」


 穏やかかどうかは分からないけれど、複数の神社のお守りを持っていたからといって罰が当たったなんて話は聞かない。

 日本の神様たちはおおらかで心が広かったのかもしれないな。


「我々の世界の神々は、武力を誇示し、計略を巡らせ、憎しみをぶつけ合って命を奪い合っていました」


 それは、なんとも殺伐とした世界だ。

 そんな争いが、何年も続いていたのだそうだ。


「トラキチさんのような使徒がいれば、きっとその神は一番信仰を集めることが出来、あの世界を平定させていたでしょうね」


 カサネさんはまぶしそうに目を細めて笑みを作り、虚しそうに瞳を揺らして息を漏らした。


「けれど、あの世界の使徒は違いました。逆らえば命はないと、地上の民たちに信仰を強制したのです」


 営業において、悪評を気にしないのであれば、もっとも効率よく荒稼ぎが出来るのが相手側のデメリットを提示するやり方だ。

 事前に、看過できないほどのデメリットを提示して相手の不安を煽り、それを回避するためには不可欠と契約を迫る方法だ。

 悪徳商法や悪徳宗教でよく使われる手だ。

「このツボを買わないと不幸になるぞ」と。

 もしくは「言う通りにしないと、どうなっても知らないぞ?」とあからさまな脅しをかける。

 悲しいことに、それに抗えるほど強い人ばかりじゃない。むしろ、逆らえない弱い人がほとんどだ。


 神の使徒と呼ばれるような者たちが、弱い者たちにそんな迫り方をしていたなんて……


「神を恐れて臣民になる者がほとんどでした。断れば、その場で神の怒りに触れるわけですから」


 神の怒り。

 それに触れれば、人間などひとたまりもないのだろう。


「臣民にならない地上の民たちが他の神の臣民になることを防ぐため、その行為は当然のものだと考えられていました。あの世界では」


 そんな話を聞いて、「あぁ、だからなのかな」と思った。

 カサネさんは『神』に様をつけない。むやみに敬うようなことはしない。

『神』という存在の側に仕え、その力の大きさや不条理さを目の当たりにしてきたから。

 だから、カサネさんはみだりに様付けをしないのかもしれない。


「私が仕えていた神は、領土も広く権威も広範囲に亘る大神でした。それでも、神は現状には納得せず勢力を伸ばそうと使徒へ指示を与えます」


 他のすべての神を滅ぼし、天界のすべてを手中に収めるまで侵攻は止まらないだろうと、カサネさんが言う。

 天下統一ならぬ、天上統一を目指す神々か。

 巻き込まれた人間たちはたまったものじゃないだろうな。


「そんな中、私が仕えていた神は近隣に存在した弱小の神の小さな領土に攻め込む計画を立て、使徒たちに指令を出しました」

「新たな臣民の獲得、ですか?」

「いえ、敵方の臣民の殲滅です」


 さらりと告げられた内容に背筋が凍る。

 神同士の争いに巻き込まれ、脅されて臣民になってみれば、今度は別の神の使徒によってその命を狙われるのだ。

 人間たちの信仰が神の力になるならば、臣民を削るのはかなり有効な手段だろう。

 あぁ、そうか。どこかの神の臣民になるっていうのは、そういうデメリットを抱え込むってことなのか。

 神の使徒なんて上位の存在相手に、臣民になることを拒む人間がいるのはなんでかってちょっと思ったのだ。けど、そう考えるなら当然だ。

 神の臣民になることは、イコール神々の戦争に加担することになるのだ。

 それ以降、穏やかな日々が戻ってくることはないのだろう。


「数多の臣民を有する大神と、小さな領土しかない神では最初から勝負は見えていました。それでも、わずかな臣民すら生かすなと神は言ったのです」


 人の命を、数値でしか見ていないのだろうか。

 そんな世界があるなんて……


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