翼をもがれたわけ -2-
「どのような料理が出てくるのか、手に汗握りますね」
「ん~……それは、ちょっと使う場所が違うかもしれませんね」
「そうですか? わくわくとした期待感を表現してみたのですが?」
「手に汗握るのは、もっとこう、興奮と熱狂みたいな、血湧き肉躍る状況の方が適当ですね」
「血が湧いて肉が躍るんですか…………ひょっとして、呪いですか?」
「慣用句です」
席に着くと、メニューが差し出された。
またしてもよく分からない名称がずらずらと並んでいる。
ここはカッコをつけずに、店員さんに聞いてみよう。
「これはどういう料理なんですか?」
店員の話を聞く限り、この『世界』で広く愛されている草食動物のお肉で、とても美味しいそうだ。
そのお肉を少し刺激の強いソースに絡めて食べるらしい。
牛肉のステーキのようなイメージが浮かび、僕はそれをお願いする。
「カサネさんは?」
「では、同じものを」
前回は別々のものを頼んだが、今回は合わせてきた。
別に問題はないのだが、何か心境の変化でもあったのだろうか?
そんなことを尋ねてみる。料理が来るまでの間繋ぎ程度の話題に。
「特に深い意味はないのですが、私はあまり料理に頓着がありませんので、便乗させていただいただけなんです」
「でも、前回は鳥じゃなくて魚を頼みましたよね?」
「それは、ん~……これは、おそらく種族による解釈の差だとは思うのですが、有翼人種としては、翼のある生き物を食べることにちょっとした抵抗があるんです」
「有翼人種?」
初めて聞いた。
カサネさん、有翼人種だったんですか?
……え、でも、翼、ないですよね?
「こちらの『世界』へ来る前に、翼を取り上げられてしまったんです。主に逆らってしまった罰として」
何があったんだろう?
翼を取り上げられるようなこと?
というか、カサネさんが誰かに逆らう姿が想像できない。
いつも優しくて、気が利いて、ちょっとしたわがままを仕方なさそうに息を吐いて叶えてくれる。そんなイメージだ。
そう思うと、カサネさんって天使のような人だな。カサネさん、マジ天使。
「ですので、鳥やペガサスやバッタやトンボやセミや羽アリなんかは、あまり食べません」
「ペガサス以降は、僕も食べたいとは思いませんが……」
昆虫が食べ物の選択肢に入ってるんですか? というか、羽のない虫なら食べられるんですか?
マジ天使って思った次の瞬間に、ちょっとクリアな映像ではお見せできないような凄惨な光景を想像してしまった。
ないない。カサネさんはそんなもの食べません。……たぶん。
あれ? でも……
「前回、鳥食べましたよね?」
僕が頼んだナントカ鳥の料理を、一口食べたはずだ。
カサネさんの方から「美味しそうですね」と言ってくれたわけだけど、あれはもしかして社交辞令的なもので、「料理を選ぶ目がありますね」的な誉め言葉だったのかも。
それを真に受けて、僕は「一口食べますか?」なんて言ってしまって、断れない空気にしてしまったのかもしれない。
もしかして、嫌々に、かなり無理して食べたのだろうか。
だとしたら、僕はなんてことを……
「す、すみません。もしかして、嫌、でしたか?」
「いえ、とても美味しかったですし、分け合うという行為はとても嬉しかったですよ」
よかったぁ!
怒ってなさそうだ!
「とても美味しくて、えっと……首がもげ落ちました?」
「ほっぺたが落ちる、です」
美味しい料理を食べただけでそんな大惨事を巻き起こさないでください。
いや、まぁ、ほっぺたが落ちるのもある意味大惨事ですけども。
「やはり、メモを取りたかったです。使ってみたい言葉が多過ぎて、言葉が混ざってしまいます」
残念そうな、でもどこか楽しそうな顔でカサネさんが言う。
……はて。『もげ落ちる』なんて言葉、どこで出てきたかな? そんな慣用句に心当たりがないんですが。
ニュアンスで理解しているらしいカサネさんは、これからもいろいろと面白い間違いをすることだろう。
それが間違いだと気付けるのは、日本から来た僕くらいだろうな。
僕だけが理解できる、カサネさんのお茶目な失敗談、か。
なんだかそれって、すごく贅沢だ。
「トラキチさんと同じ世界の方は、みなさんこのような言葉をご存じなんですか?」
「どうでしょう。国によっていろいろ文化は違いますし、同じ国の中でもあまり詳しくない人もいますし」
そんなことを言いながら、ふと佐藤さんのことを思い出した。
僕と同じ事故に巻き込まれた、日本で僕の担当をしてくれていた相談員さん。
佐藤さんも、僕と同じようにこの『世界』に来ているのなら、佐藤さんにもカサネさんのお茶目な言い間違いは理解できるだろう。
独占ではないことに気付き、ちょっと残念なような……でも、カサネさんの言い間違いを聞いて冷静な顔で眉間にシワを寄せる佐藤さんを想像すると、なんだかおかしくなってきた。
もう一度会いたいな。
会って、迷惑をかけたことを謝って、そして……今の僕を見てほしい。
カサネさんも一緒に連れて行って、今の担当者さんなんですって紹介して――
『苦労するでしょう、塩屋さんの担当』
『そうですね。トラキチさんはお見合いをまるで見当違いな方向へ発展させますから』
『こっちでもそんなことしているんですか、塩屋さん?』
『向こうでもそんなことをしていたんですか、トラキチさん?』
――あ、ダメだ。
二人から揃ってお説教される未来しか想像できない。
カサネさんと会わせるのはやめておこう。
……なんて。
もう、僕がカサネさんと会えるのも、今日で最後なんだろうけどね。
「どうかされましたか?」
「いいえ。料理、楽しみですね」
けれど、カサネさんが自分で決意したことだ。
僕が何かを言うことでその邪魔をしてはいけない。
寂しいけれど、僕はそれを受け入れなくちゃ。
それに、もう会えないはずだったのに、こうして今一緒に食事を楽しめるんだから、その幸運に感謝して、今という時間を目一杯楽しみたいと思う。
この時間を、目の前に座るカサネさんの表情を、しっかりと心に焼きつけるために。
「トラキチさん。今日も一口ずつ交換しますか?」
「同じ料理ですよ?」
「あ、そうですね……、もったいないことをしました」
別の料理を頼んでシェアすればよかったと、そんなことを言う。
僕とのシェアを嫌がっているようには見えなくて、とりあえず前回の一口食べますか事件は失礼に当たっていなかったと確信が持てた。よかった。
「一口分を交換するという行為にも驚きましたが、それがあんなにも特別なものだとは思いませんでした」
「特別、ですか?」
「はい。おそらく、普通に注文して一皿を食べ尽くすよりも、一口だけ食べる方が美味しく感じられるんです。あの後食べた魚料理は、トラキチさんからいただいた鳥料理と比べると美味しさが数段落ちましたから。一口分だけという希少性が特別感を生んでいたのだと推測できます」
「カサネさんにいただいた魚料理も、すごく美味しかったですよ?」
「それは、一口分だから、ですよ」
確信を持っているような顏でカサネさんは持論を展開する。
もし、相手の物を一口もらうのがそのように美味しさを増す効果を持っているのだとすれば、姉がことあるごとに僕の食べ物を一口分強奪していた理由も分かりそうな気がした。
ただ意地汚いだけだと思っていたのだけれど、カサネさんが言うと、不思議と意地汚さは感じられなかった。
それどころか、そう思ってくれていることをちょっと嬉しく感じた。
「私も、そのような効果があると知り、目からウロゴンが落ちる思いでした」
「ウロコですよ」
どこの怪獣ですか、ウロゴン。
目からそんなものが落ちてきたら大パニックですよ。
小さな言い間違いにほっこりした気分でいると、店員さんが二人分の料理を運んできた。
「お待たせいたしました。ウロゴンのロティ、ジャロンビアーニュソースかけでございます」
「ウロゴン、いたぁっ!?」
「これが目から……」
かなり分厚く切られたロースト肉を、カサネさんが興味深そうに見つめている。
こんな分厚い肉は目から落ちてきませんよ。
しかし、まさか存在しているとは、ウロゴン……
かなり分厚いけれど、ナイフで簡単に切れるほどに柔らかく、口に含めば甘い脂の味がじゅわっとあふれ出てくるかなり美味しいお肉だった。
ジャロンビアーニュは、おそらく柑橘系に近しい果実なのだろう。さわやかなソースが肉の脂っこさをうまく緩和し、くどさや重さを美味しさに昇華させている。300グラムくらいペロリといけそうだ。
「美味しいですね」
「はい、とても。舌鼓を乱打しています」
「そんなに勢いよく叩かなくても……」
「それほど美味しいという表現です」
カサネさんは、アレンジが好きな人なのかもしれない。
……料理をする際は、是非ともレシピ通りに作ることの重要性を説いてあげたい。ウチの姉みたいになってしまう前に。
ウチの姉が如何に毎回毎回妙なアレンジで食材に無体を強いてきたのか、カサネさんにその罪深さを説こうと思っていると、「くすっ」と、カサネさんが口元を押さえて笑った。
「私は『慣用句』が下手なのでしょうね。けれど、今、とても楽しいです」
間違った使い方をしても、僕がそれを理解して訂正する。
そんなちょっとしたことが、すごく楽しく感じるのだと、そんなことを言う。
僕が感じていた、カサネさんの言い間違いをもっと見ていたいという感情に似たものを、カサネさんも感じてくれていたのだろうか。
だとしたら、嬉しいんだけれど。
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