未知数な彼女 カサネ・エマーソン -4-

 確かに、カサネさんのドレスは随分と高価そうだ。

 カサネさんが付き添いだと考えるならば、主役はこれ以上のドレスを着てくると考えるのが普通だろう。あくまで、カサネさんが付き添いであるならば。

 だが、カサネさんが主役であれば高級なドレスであることになんの違和感もない。

 というか、この高級なドレスを上回る豪勢なドレスを着てくるようなお相手だったら、僕の衣装が完っ全に見劣りしますしね。


「僕はお見合いがあると言われてここに来ました。カサネさんは相談者に『会って』『話をしろ』と言われてここにいるんですよね?」

「は……はい」


 頭では分かっているのに、感情がそれを拒否しているみたいな戸惑いを見せながら、カサネさんが小さく頷く。


「だとすれば、僕とカサネさんがお見合いをすると、双方の条件を満たしていると思いませんか?」

「…………え? いえ、でも…………え?」


 パニック。

 カサネさんがパニック。

 おろおろ、うろうろし始めたカサネさんは小さな円を描くようにフロア内をさまよい、次第にロボットダンスのようなぎこちない動きを見せ始めた。


 落ち着いて!

 面白い動きしちゃってますから!


「あ、あの、カサネさん。カウンターの上のファイルに何か書いてませんか?」


 カウンターの上に置かれているファイル。あれはたしか、お見合いの時にカサネさんがいつも持ち歩いていたものと同じはずだ。


「見てみましょう」


 カウンターへ駆け寄って、カサネさんがファイルを開く。

 こそっと後ろから覗き込んでみると、そこには僕のプロフィール用紙と、カサネさんのプロフィール用紙が左右にそれぞれ挟まっていた。


 自然とカサネさんのプロフィールに視線が向かいかけ――たところで、「ぱたん!」とファイルが閉じられた。


「……あり得ません」


 どうやら、本当に僕のお見合い相手はカサネさんらしい。


「私は登録などしていないのですが……プロフィール用紙に記入もしていないのですが……スリーサイズを始めすべての情報が誤りなく完全に記入されていました…………所長の文字で……極めて個人的な情報までつぶさに……っ!」


 ファイルがちょっと「めこっ!」って音を立てて歪んだ。

 カサネさん……落ち着いてください。


「あ、あれ! 封筒がくっついてますよ」


 ファイルの裏側に、テープのようなもので封筒が貼りつけてあった。

 日本で見た茶封筒くらいの大きさで、横長の封筒だ。

 カサネさんの怒りを鎮めようと、そちらへ意識を向けかせる。


「なんでしょうか?」


 カサネさんが封筒を開けると、中から一枚の紙と、ちょっと引くくらいの金貨が出てきた。


 僕と同じように頬を引き攣らせ、カサネさんは同封されていた紙を開いて、そこに書かれた文字を読む。




『我が相談所の座敷童を、決して逃さぬように!

 あ、これ所長命令だから、遵守ね☆

 ※失敗したらプロフィール用紙を街中にばら撒くよ★』




「ふんぬっ!」


 カサネさんが、今までに聞いたこともないような声を出して手紙を破いた!?


「トラキチさん。このお金をすべて差し上げますので、二度とこの相談所に近寄らないでください。私は、この忌まわしいプロフィール用紙を焼却して灰を運河に撒いてきます」

「いや、たぶんですけど、プロフィール用紙はどんなに処分しても量産されると思いますよ?」


 所長さんが書いたんですよね?

 情報は掌握されているんですし、量産は容易いかと……


「では忌まわしい所長を焼却して灰を運河に撒いてきます」

「それは待ちましょう! 話が変わってきます!」


 カサネさんの意外な一面、見放題だなぁ。

 ……落ち着いてください。あの手の人物に振り回されるご苦労は想像に堪えませんけども! 理解できますけども! 何卒穏便に!


「とりあえず、どこかでお食事でもしませんか?」

「お食事、ですか?」

「はい。お見合い、という格式張ったものではなくても、僕と話をすればカサネさんは言いつけを守ったことになりますし」

「……そう、ですね。おそらく、経費はこのお金から出せということでしょうから、どのようなお店でも入れそうですけれど」


 確かに、お金は引くほど手元にある。

 むしろ逆に、カサネさんの衣装が高級過ぎて、そこらの大衆食堂には入りにくいくらいだ。


「分かりました。ご迷惑をおかけしますが、ご協力をお願いします」

「そんな。カサネさんと食事できるのは嬉しいですし」

「へ…………」


 カサネさんの動きが止まった。

 ……僕、そんな変なこと言いました?


「い、行きましょうか?」

「そ、そうですね! あ、でも、さすがにこの格好で表に出るのは憚られますので、着替えてきます」

「そうなんですか? 折角似合ってるのに、もったいなくないですか?」

「――っ!?」


 言った僕をキッと睨んで、くるりと背を向ける。


「ト、トラキチさんが、変に褒めるからです!」


 そう言って、つかつかとカウンターを越えて奥の方へと入っていく。

 あっちは給湯室とかがある方向だなぁ~と思っていると、ガチャガチャとドアノブを動かす音に続いてドンドンと扉を叩く音がして、数秒間静寂の後、「ドン!」と扉を強く叩く音がした。


 ……うん。

 ドア、開かなかったっぽい。

 着替え、出来なかったんですね。




 ドレス姿のまま不満そうな顔で戻ってきたカサネさんに手を差し出して、少しでも機嫌を直してもらいたいと願いながらエスコートを申し出る。


「カサネさん。レストランまでエスコートさせてください」

「いえ、そこまでしていただかなくても……」

「こういう時は、むしろ思いっきり振り切っちゃった方が恥ずかしくなくなりますよ?」

「………………では。お願いします」


 差し出した手に、カサネさんがそっと触れる。

 少しでも歩きやすいようにと歩幅を合わせて、優雅に歩き出す。

 相談所を出た瞬間、一瞬カサネさんが周りを警戒するように肩をすくめたが、安心させる意味合いでにこりと微笑むと肩の力を抜いてくれた。

 諦めがついたようだ。


「ところで、トラキチさん。どこへ向かうつもりですか?」

「そこはカサネさんにお任せします。僕、レストランに詳しくないので」

「…………締まりませんね」


 そう言われて、視線が合ったら、笑えてきた。

 カサネさんも笑っている。



 外に出てみれば小春日和で温かく、これならカサネさんがドレスで歩いても寒さに凍えることはないだろう。


「それじゃあ行きましょうか」

「えぇ、まいりましょう」



 こうして、僕たちのお見合いは始まった。






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