未知数な彼女 カサネ・エマーソン -2-
「……なんなんでしょうね、あの娘は?」
食卓を騒がせてしまったお詫びをしようと振り返ると、師匠たち一家が一箇所に固まって硬直していた。
「……え? ど、どうしたんですか、師匠? セリスさん、チロルちゃんも」
「ど…………ど、……どう、って、お前……っ」
硬直が徐々に解れ始め、ガチガチに固まった口をなんとか動かすように、ぶつ切れの声を発する師匠。
セリスさんは今にも倒れてしまいそうな青い顔をしていて、いつも元気いっぱいなチロルちゃんまでもが呆然として口をぽか~んと開けている。
……なんか、とんでもないことでも起こってましたか、今?
「トラ……お前、大丈夫だったのかよ? その、アレを真正面から、あんな間近で浴びせられて」
「『アレ』、ですか?」
どれだろう?
「そうか……お前には分からなかったか。あの方がわざとそうしたのか、トラが単純に剛胆なのか……」
師匠が額に浮かんだ汗もそのままにアゴを摘まんで思考に耽る。
セリスさんが「仕方ないわよ。ほら、トラ君、龍族の姫様とも普通に打ち解けていたし」と、若干残念な子を見るような目で僕を見る。
チロルちゃんは電池が切れたかのようにぼへ~っとしたまま動かない。
「トラ。今のが誰なのかは知らねぇが、あの方は人じゃねぇぞ」
「え?」
人じゃない、ということは。
「
「あぁ、おそらくな。俺たちなんかじゃ想像も及ばない高位な御方に違いな……」
わなわな震える声で言いながら、その言葉の途中で師匠は思いっきり自分の頬を張り倒した。
「えぇっ!? な、何してるんですか、師匠!?」
「あぁ、いかんいかん。神威に当てられて、うっかり敬っちまった」
そういえば、之人神をむやみに敬うなとは、師匠が僕に教えてくれたことだ。
理解していても、目の前で見てしまうと心が無意識に跪いてしまうものらしい。
師匠が呆然とするチロルちゃんを抱き上げ、セリスさんに部屋へ戻るように促す。
セリスさんもその『神威』とかいうのにかなりやられているらしい。
……あの幼女、何したんだ、師匠たちに?
「明日会ったら文句言っておきますね」
「やめろぉー! 余計なことしなくていいから! 俺たちのことはなんんんにも言わなくていいから! いいな? 言うなよ! 触れるな! 忘れとけ!」
徹底して之人神とは関わり合いたくない。
そんな気持ちが見て取れる。
本当に之人神っていうのは恐れられているんだなぁ。
……そんな大層な人に見えなかったけどな、あの幼女。
「とにかく、むやみに敬うのはよくないが不興を買うのはもっとマズい。呼び出しがあったんだからそれには従っておく方がいい。万全の準備をして、指定された時間に遅れないように気を付けろ。三十分くらい早く着く方がいい」
えっ!?
でも、三十分も早く行くと、カサネさんの生着替えが…………ごくり。
「し、……仕方ない、ですよね。之人神の指示ですし」
「あぁ、仕方ねぇ」
「早く行くかどうかは、また明日考えるとして……今日は早く寝ます!」
決して、カサネさんのびっくりハプニングを期待しているわけではない。
これほどまでに憔悴している師匠たちを見て不安になっただけだ。
之人神の不興は買わない方がいい。
だから、早く行くことも出来るし時間ぴったりにも出来る、そんな猶予を得るために早く寝て早く起きる必要があるのだ。
というわけで、僕、寝ます!
夕飯もそこそこに、僕はベッドへと潜り込んだ。
妙にドキドキする。
まぶたを閉じればカサネさんの顔が浮かんできた。
もう会えないかもしれないと思っていたのに、もしかしたら会えるかもしれない。
そう思うと、なんだか心の奥の方がじんわりと温かくなった。
「……カサネさん」
呟けば、まぶたの裏のカサネさんが困ったような顔で微笑んだ。
「いつまでも私に頼らないでください」なんて、そんな文句を言いそうな顔だ。それでも、「仕方ないですね」とすべてを許してくれそうな笑みだ。
そんな見慣れた顔を思い浮かべているうちに、徐々に睡魔が体中に広がっていく。
沁み渡るように全身に行き渡り、同時に全身の力が抜けていく。
眠りに落ちる間際、カサネさんが直径1メートルくらいの小さな台の上に登る光景が浮かぶ。
台の隣には残り一分を示す電子タイマー。
助手の女性がカサネさんに青いビキニを手渡し、カサネさんの体を薄いカーテンで覆い隠す。
体の中程だけを隠す丈の短いカーテンの向こうから顔と足下が見えている状況で、カサネさんの生着替えが始まる。
電子タイマーが表示する残り時間がどんどん減っていって、ゼロになると同時に体を隠していたカーテンが「ストーン!」と落ち、着替え途中のカサネさんが胸元を隠しながらしゃがみこんで――
「キケーン!」
跳ね起きた。
もう、何よりも……
ものすごく鮮明にその場面を想像できてしまっていた僕の妄想力が危険極まりない。
……カサネさんが熱湯風呂チャレンジとか、するわけないのに。
「あぁ…………もう、眠れない」
まぶたを閉じれば、まぶしいほどに白い肌が脳裏に浮かんできそうで、僕は熱っぽくなった頭を振り、ベッドを抜け出した。
気持ちが落ち着くまで銀細工の練習でもしよう。
そのうち眠くなるだろう。
そんなことを思いながら無心で習作を重ねた。
気が付いた時には、窓の外は明るくなっていた。
……おぉう。
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