分け合う -2-
「お待たせしました」
「いえ。こちらこそ、急にお邪魔してしまって……お仕事の途中だったのでは?」
「いえ、ただの練習ですから……」
強引な一家に家から追い出されて、僕は仕方なくカサネさんと入れるお店を探して大通りを目指して歩いていた。
……ちょっと気まずいんだよなぁ、なんだか。
自意識過剰なだけかもしれないけれど……前回のお見合いでカサネさんに反論したみたいになっちゃったことが気になって仕方がない。
確かに、あの時の僕は平常心ではなかった。
クレイさんが何かと、こう、いろいろ重なって……だから……
ちょっと、ムキになっていたんだろうな、きっと。
ちらりとカサネさんの表情を窺ってみるが、カサネさんはいつもと同じように落ち着いた雰囲気を纏っていた。
やっぱり、僕の一人相撲か。
「なにか?」
「へっ!? あ、いえ!」
歩きながら横顔を見ていると、不意にカサネさんの瞳がこちらを向き視線がばっちりと合ってしまった。
ごめんなさい!
勝手に横顔見てて、ごめんなさい!
「くぅ……」と、僕のお腹が鳴ったのは、まさにそんなタイミングだった。
……なんてタイミングで鳴るんだ、お腹!? ……もう、みっともないなぁ。
「ひょっとして、お昼まだなんですか?」
「は、はぁ……ちょっと、練習に没頭していまして」
本当は朝ご飯も食べてません。
「ちょうど、私も仕事にかまけてランチを抜いていたところです。何かしっかりと食べられるお店の方がいいですね」
僕に合わせてくれたのだろうか。
それとも、本当に食事もとれないくらいに忙しかったのだろうか。
……どっちにしても、申し訳なさが込み上げてきます。……ごめんなさい、カサネさん。
「ど、どこに行きましょうか? お勧めのお店はありますか?」
「そうですね……」
誤魔化すようにそう言うと、カサネさんは細いアゴを摘まんで黙考し始めた。
しばらく考えた後で、カサネさんが再びこちらへ顔を向ける。
「トカゲの尻尾亭へ行ってみましょうか?」
その言葉に、心臓が鳴った。
……あぁ。
勘違いだといいなって思っていたのに……
なんで、こんなことで、こんなに満たされた気持ちになっているのだろう。
「……イヤ、ですか?」
「いえ。行きましょう」
もう場所は知っている。
「連れて行ってくださいよ」なんて催促も出来なくなったお店だけれど、こうして一緒に行ける機会が巡ってきて、ほっとした。
今日行っておかなければ、なんとなく、一生あの店には行けないような気すらする。
「何が美味しいんでしたっけ?」
「ブルベリーベーグルが一番だと、私は思っています。他には……」
そんな会話をしながら大通りを抜ける。
そしてとかげの尻尾亭の前まで来て立ち尽くす。
『本日、諸事情によりお休み致します』
臨時休業……
ドアに貼られた紙には、休業を知らせる言葉と、来店した客に対する謝罪の言葉が所狭しと書き連ねられていた。
子供が書いたような丸っこい文字を見て、呆然とする。
「お休み……ですね」
「みたい、ですね」
どうしよう。
「また次の機会に」なんて、言えない。
だって、僕はもうお見合いを……
「トラキチさん」
名を呼ばれ、微かに息苦しさを感じる。
「また次の機会に」と言われたら、僕はなんと答えればいいのか。
「この次は、もっとずっと先になりそうです」と正直に言うべきか。
それとも「はい、またの機会に」と、社交辞令として笑って誤魔化すべきか。
どちらにせよ、僕の胸は今よりも一層締めつけられることになりそうだ。
カサネさんの唇が静かに開く。
覚悟を決めなければと身構える。
「残念ですが、諦めましょう」
「……え?」
「どこか他のお店を探しましょう」
「そう……ですね。はい、そうしましょう」
……ほっとした。
正直、カサネさんに嘘や誤魔化しを言わずに済んで、僕はほっとしていた。
けど、それと同時に、なんだか無性に寂しさを感じていた。
「こちらはどうですか?」
そう言ってカサネさんが勧めてくれたのは、落ち着いた佇まいのレストランだった。
店内はほのかに薄暗く、落ち着いたムードを醸し出している。
「予約はしていないのですが、構いませんか?」と、カサネさんは慣れた様子で店員に告げる。
「もちろんでございます」と、壮年の店員が柔和な笑みを浮かべて僕たちを案内してくれる。
店内にはそれなりにお客さんがいて、みな思い思いに料理を楽しんでいる。
ただ、テーブルとテーブルの間隔が広くあけられており、そばを通らない限りは会話も聞こえてこない。
周りを気にせず、自分たちの空間を楽しむことが出来るだろう。
「こちらへどうぞ。ただいまメニューをお持ちします」
貫禄たっぷりに、店員はゆっくりとお辞儀をして僕たちの席から離れていった。
僕たちが案内されたのは店の奥、距離があるので圧迫感は一切感じないが二面を壁に囲まれた四つ角の一角だった。
壁側をカサネさんに譲り、僕はその向かいに座る。
「いい雰囲気のお店ですね。以前に来たことが?」
「いえ、初めてです。お店の前の花壇が綺麗に整えられていましたので、このお店なら間違いはないかと判断しました」
カサネさん曰く、店の前が美しく整えられているお店は、それだけ余裕がある証拠なのだそうだ。
確かに、店員が走り回って店が回っていないようなお店じゃ、店の前まで気を回せないだろう。
僕にも、これくらいの知識や決断力があれば、クレイさんを無駄に歩き回らせることもなかったんだろうな。ダメダメだ、僕。
そんなことを考えて、ふと思った。
もしかしたら、カサネさんも避けようと思ったのではないだろうか。食事処を探してうろうろ歩き回ることを。
トラブルに見舞われた、あのお見合いの日を思い出さないように。
なんとなく、そんな気がした。
「…………」
「…………」
カサネさんは、少しだけ俯いてテーブルを見つめている。
カサネさんもしゃべらないし、僕もいい話題が見つけられず口を閉じている。
周りの会話が聞こえないよう配慮された落ち着いた店内は、声や物音はするけれどその内容は聞き取れない。
もう少し賑やかな店であれば、無言の時間も幾分気が紛れたかもしれないけれど……沈黙が重い。
とりあえず何か話そう。
当たり障りのない話題で……「なんだか随分久しぶりな気がしますね」みたいな出始めで、あのお見合いの日から一ヶ月ちょっとをどんな風に過ごしていたのかを聞いてみようか。
うん、そのあたりが無難だと思う。
よし……
「「あの……」」
勢い込んで口を開けば、カサネさんと声がぶつかってしまった。
くっ、タイミング……っ!
「どうぞ」「いえ、お先にどうぞ」と互いに譲り、また黙ってしまう。
結局、見かねたカサネさんが口を開いてくれた。……リードされてばっかりだ。
「ご報告したいことがあります。……二点」
控えめなピースのように伸びきっていない指を二本こちらに向けて、カサネさんは窺うように僕を見る。
伺いますと頷くと、カサネさんは小さく息を吐いた。
「実は、相談所、なのですが、私……」
「お待たせいたしました。こちらメニューでございます」
話の途中で、僕たちの前にメニューが差し出された。
言葉を遮られたカサネさんは、眉を曲げてそのメニューを受け取る。
僕も受け取り、開く。
木の板に数枚の紙が挟まっていて、オードブルやメイン料理といった具合に種類ごとに料理の名前が記されている。
「……私は、魚のランチにします」
「じゃあ、僕はこの鳥のランチを」
「かしこまりました」
慇懃に礼をして、店員が下がっていく。
話の腰を折るようなタイミングでいきなりメニューを差し出してくるなんて、そこまで格式高いお店ではないようだ。
ランチもお手頃価格だったし。
「話、途中になっちゃいましたね」
「……そう、ですね」
メニューと一緒に出されたグラスの水をこくりと飲んで、カサネさんは少々不機嫌そうに唇を尖らせる。
「なんのお話でしたっけ? 相談所が、何か?」
「いえ……」
もう一度水を飲んで、カサネさんがこちらに顔を向けた。
表情が微かに変わり、話題を変えようとしているのが分かった。
おそらく、これから話されるのは二点あるというもう一方の話題だろう。
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