諦観するわけ -4-

 やって来たのは、以前チロルちゃんの首輪を探していた時に数軒ハシゴしたお店のうちの一つ。

 日本で言うところの雑貨屋さんのような、ファンタジーで雑多な物が置かれているお店だ。

 当然、いかがわしいお店が並ぶ通りとは別のところにあるお店だ。


「可愛いお店ですね」

「師匠のお使いで一度覗いたことがあるんです」

「可愛い師匠様なんですね」

「いえ……師匠が使う物じゃないですよ」


 どう見ても女子受け狙いのふわふわもこもこ系の並ぶ店内に、あの師匠が愛用しそうな物は一つもない。


「少し見てみましょう」

「はい」


 僕に続いて店内へと入ってきたクーちゃんは、入店するなりきょろきょろと辺りを見渡している。

 見る物すべてが輝いて見えている。そんな感じで、目に映る物にいちいち反応を示している。


「見てください。もふもふのマフラーです」

「温かそうですね」

「向こうは、もふもふのスリッパですね」

「あれも温かそうですね」

「もふもふのティーカップもありますね」

「それは……どうなんでしょう?」


 需要、あるのかな?

 飲み口べっちゃべちゃになりそうなんですけど。


「はっ!? ……すみません、はしゃいでしまって」

「いえいえ。楽しみましょう」


 喜んでくれているなら何よりだ。

 それほど広くもない店内をゆっくりと見て回る。


「あ、クーちゃん。ぬいぐるみですよ」

「あぁ、そうですね」


 おや? と、首を傾げる。

 こういう可愛いものにはもっと食いついてくると思ったのだけど。


「あ……、すみません」


 僕が戸惑いを感じると、それを目敏く察知するクーちゃん。


「普通の女の子は、こういう可愛いのが大好きなんでしょうね」


 きっと、こうして人の顔色を敏感に察知して傷付かないように自衛してきたのだろう。

 なんとも悲しい能力の成長だと思う。


「動物って、危険なモノが本能で分かるようで、わたしは動物を近くで見たことがないんです。みんな、わたしが見るよりもずっと早く逃げ出してしまうので」


 山火事を察知し逃げ出す山ネズミのように。

 本物の動物を知らなければ、デフォルメされたぬいぐるみを可愛いとは思えないのかもしれない。


「わたしが触れられる動物は、みんな息絶えて冷たくなった亡骸だけですから」


 あ……


 脳裏に、鳥の亡骸を両手で包み込むクーちゃんの姿が浮かぶ。

 あれが、彼女にとって唯一動物と触れ合える場面なのか。


 命を持たないぬいぐるみは、命を失った動物を思い出させるのかもしれない。

 それじゃあ、可愛いとは思えない、よね。


「そうでした。手袋を探さないと」


 重い空気になるのを避けるように、クーちゃんはぽふっと手を叩いて狭い店内を移動する。


 そんな理由でぬいぐるみを可愛いとも思えないだなんて。

 生きた動物と触れ合ったことがないなんて……


 また、余計なお節介かもしれないけれど。

 もしかしたら、嫌がられるかもしれないけれど……


 出来ることなら、知ってほしい。


 僕は、こちらの世界の生き物なのであろう見たこともない動物を避け、馴染みのある動物だけをいくつかピックアップして棚から取り出し、クーちゃんを追いかける。


「クーちゃん」

「あ、トラくん。こっちとこっちだと、どちらの色が……」


 後ろから声をかけた僕に、二つの手袋を見せようと振り返ったクーちゃんは、すぐ目の前にいたアライグマに驚いて、言葉を止めた。


「『こんにちは、クーちゃん。ボク、アライグマのアライさん』」


 腹話術だ。

 いや、そんなきちんとしたものじゃない。ただのお人形遊びだ。


 子供の頃、姉に付き合わされてよくやっていた。

 ぬいぐるみの収集家でもあった姉の部屋にある二十種以上のぬいぐるみ、すべての声を担当したことがある。

 声や口調を微妙に変えるよう指示され、そのぬいぐるみの設定を考慮して幼いながらに頭を捻って必死に演じ分けていた頃が懐かしい。

 おかげで、ぬいぐるみに声を当てるのは得意になった。


 ちょこちょこと横に揺れて、時折両手をくいっと持ち上げる素振りをさせてみせ、首をこてんと傾けたりして、ぬいぐるみのアライグマを可愛く演出する。


「『クーちゃんは手袋を探しに来たの? じゃあ、手袋に詳しいお友達を紹介するね。おーい!』」


 そうして、アライグマに代わりおサルのぬいぐるみを手に持つ。


「『まいど! ワイはテナガザルのナガイでおま。手ぇに関することやったら、なんでも聞ぃたってや~』」


 似非関西弁である。

 ……こういうの入れていかないととても演じ分けできないんだよ。


 そんな僕の一人人形劇を、真ん丸お目々で固まったまま見つめていたクーちゃんは――


「……くすっ!」


 ――口を押さえて笑い出した。


「ナガイさん……可愛い」

「『ホンマに? おおきになぁ!』」


 クーちゃんが、テナガザルのぬいぐるみの頭をそっと撫でた。

 とても楽しそうな微笑みを浮かべて。


「それじゃあ、ナガイさん。どちらがお勧めですか?」

「『せやなぁ、こっちの方が安いで!』」

「……安い?」


 しまった!

 なんだか、関西の人って安い物が好きって勝手な思い込みがあったから……ちょっと役になりきってしまった。


「『お~い、ナガイさ~ん』」


 折角のお見合いデートなのに、安物を押しつけるわけにはいかない。

 きちんと見て、どっちがクーちゃんに似合うか判断しなければ。

 そのためには、もうすでに出来上がってしまったナガイさんのキャラから離れなければ。


 というわけで、三体目のぬいぐるみと交代だ。


「『コーディネートに関しては、この店一番のオシャレさんであるボクに任せてよ』」


 そう言ってやって来たのは、50センチくらいはある大きめのクマのぬいぐるみだった。

 ……って、僕が持ってきたんだけどね。


「『せやな! ほな、あとは任せるで!』『任されたよ~』」


 二役同時もお手のものだ。

 サルとクマのやり取りを、すごく微笑ましそうな、けどどこか真剣そうな目で見つめるクーちゃん。

 ナガイさんが退場すると、小さく手を振っていた。

 感情移入してるなぁ。


「『こんにちは、クーちゃん』」

「こんにちは。あなたはどなた?」

「『ボクは……』」


 クマだから『クーちゃん』といきたかったところだけど、思いっきり被っている。

 クマダさん?

 ……うん、僕、実はネーミングセンスないんだよね。

 日本の名字しか浮かんでこない。


「『さて、ボクの名前はなんでしょう?』」


 困った時は丸投げだ。

 姉にそう教わった。実際、僕はしょっちゅう丸投げされていた。


 そんな無茶振りにも、クーちゃんは「ん~……そうですねぇ」と、真剣に悩んでいる。


「……クマキチ、さん?」


 それはまた……なんとも反応に困るお答えで……

 けど、こういう時って否定はしない方がいいよね、絶対。

 まぁ、クーちゃんが付けてくれた名前だし、いっか。


「『だ~いせ~いか~い!』」

「やったぁ!」


 ぱちぱちと手を叩いて喜ぶクーちゃん。

 クマキチさんも一緒になってゆっさゆっさと喜びを表現する。


「では、クマキチさん。どちらの手袋がお勧めか、選んでください」


 そうして差し出されたのは濃いベージュの手袋と、淡いパステルブルーの手袋だった。

 現在、クーちゃんが身に着けているのは深い茶色の手袋だ。

 というか、全体的に暗めの色が多い。

 きっと、自分には暗い色しか似合わないと思っているのだろう。

 けど、選択肢に明るいパステルブルーが入っているということは、こういう色も身に着けてみたいという感情の表れなのだろう。


 なら、背中を押してあげてください、クマキチさん。


「『ボクなら断然、こっちの青い方をお勧めするね』」

「えっ……で、でも……わたしに、似合います、か?」

「『もちろんだよ! きっとよく似合う。クーちゃんは笑うと木漏れ日のように温かい雰囲気になるからね』」

「温かい……わたしの、笑顔が?」

「『うん。だから、明るい色の方が似合うと思うよ』」


 手に持った淡いパステルブルーの手袋をじっと見つめて、小さな決意をしたように頷いて、クマキチさんに笑みを向ける。


「それじゃあ、こっちにしてみます」


 その笑顔は柔らかくて、深い森に差し込み辺りを明るく照らす木漏れ日のようだと、僕は思った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る