いつか運命の人に出会うために -6-
「ごめんね、お見合いがこんなことになっちゃって……」
「とんでもない。とっても楽しかったですよ、ピクニック」
「ふふ……本当に。トラキチ君は優し過ぎる」
姿勢を正し、ティアナさんは深々と頭を下げた。
再び持ち上げられた顔からは、幾分緊張が抜けていた。
「今日はありがとう。間違いなく、君と過ごしたこの時間が私の人生をいい方向に変えてくれた。これからは迷うことも恐れることもなく、自分の人生を歩んでいける。君のおかげだよ、トラキチ君」
「いえ、そんな。でも、ティアナさんが前向きになれたのなら、僕も嬉しいです。誇りに思っちゃいます」
「うん。思ってほしい。そうだなぁ……もしいつか、私たちが歴史に名を残すような大物トレジャーを手に入れたら、その時はトラキチ君も盛大に誇っておくれ。『あれは、僕が見つけさせたんだ』ってね」
くすっと吹き出し、肩を揺らすティアナさん。
つられて僕の口からも笑いがこぼれて、二人して笑い合う。
「ダメだね、私は。結局、仕事にしか生きられない恋愛下手だ」
「いいじゃないですか、それで。幸せの形は一つじゃないんですから」
仕事にしか生きられない人もいる。
恋愛にしか生きられない人もいる。
仕事も恋愛も、両方に全力で生きられる人もいる。
誰が正しいなんて、誰にも決められないことですよ。
誰にも決められないんだから、自分で決めちゃえばいいんです。
『これが自分の幸せだ』って。
「それに、駆け出しの頃はみんな下手なものでしょ? 冒険だって、恋愛だって、きっと一緒ですよ」
焦らなくたって、これから上手くなるかもしれない。
上手くなる必要がなくなるかもしれない。
そもそも、恋愛に上手いも下手もない。
「ティアナさんは、お金儲けのためにトレジャーハンターをやっているわけではないですよね?」
危険を冒して結局空振り、そんなこともあるだろう。
お金を稼ぐのが目的なら、もっと別に楽で手堅いものがあるはずだ。
けど、そうしない。
誇りや名誉、達成感、一体感。そんな得難いもののためにティアナさんはトレジャーハンターをやっているのだ。
「だったら、簡単に手に入るようなものを安易に選んだりしないで、最高のトレジャーを狙うように、ティアナさんらしい最高の恋愛を手に入れてください」
いつの日か、「そのままの君が好きだ」という人に出会えるかもしれない。
もしくは、トレジャーハントよりも夢中になれる相手に出会うかもしれない。
はたまた、最高の宝石のようにティアナさん自身が誰かに奪い去られてしまうかもしれない。
「――何が起こるか分からないんですから、焦って妥協する必要なんかないんですよ」
「私を奪いに来る男性なんて、想像も出来ないけれどね」
あははと、ティアナさんは笑う。
「ないとは言い切れませんよ。今日だって、こうしてみなさんがティアナさんを奪い返しに来たんですから。ティアナさんは、自分が思っている以上にずっとずっと素敵な女性です。僕が保証します」
未来は可能性に満ちている。
そもそもこの『世界』にしたって、『絶対あり得ない』ような存在なんですから。過去の僕からしてみれば。
ティアナさんは少しだけ恥ずかしそうにもじっと身をよじって、また「あはは」と笑う。
笑った後で、鼻を鳴らす。
「本当に、お見合いが終わってしまうのが惜しいよ」
笑う口元とは裏腹に、ティアナさんの瞳にうっすらと涙が溜まっていく。
「今回だけは、いつか自分の選択を後悔するかもしれない。……けどね。ここで甘えたら、きっと私はトラキチ君の理想の女性にはなれない。それだけは確信できるんだ。だから」
ティアナさんが手を差し出してくる。
「私は、胸を張って誇れる人生を歩めるように前に進むよ」
恐怖から逃れるために飛び込んでしまった『逃げ道』。そこから今、ティアナさんは抜け出そうとしている。確かな足取りで。
そうすることで、痛みを伴うかもしれないと分かっていても。
そんな風に思ってもらえるなんて、なんて光栄なんだろうか。
今日、ティアナさんとお見合いが出来て本当に良かった。
「はい。応援しています」
まっすぐ投げかけられた言葉に、まっすぐ言葉を返す。
僕の目の前に差し出された、微かに震える手。
この手を取れば、このお見合いは終了する。
もしかしたら、もう二度と会うことはないかもしれない。
たぶん、会うことはないだろうと思う。
けど、もしどこかでばったり出会ったら、その時はきっと笑って近況報告なんかが出来ると思う。
それは、すごく嬉しいことだ。
いい関係だと思える。
「どうか、最高の人生を」
願いと祝福をこめて、差し出された手を握る。
握った瞬間、ぎゅっと、強く握り返された。
「ありがとう。君にも、最高の人生を」
最高の笑顔がそう言ってくれた。
これで、お見合いは終了。――そう思った瞬間、グイっと腕を引っ張られた。
体勢を崩し、前につんのめった僕の体を受け止めて、耳元でティアナさんが囁く。
「これが、君に言おうと思っていたこと……」
そんな前置きをして、ティアナさんが静かに息を吸う。
空気がこすれる音が耳元でして、そして――
「私の初恋は、トラキチ君だからね」
微風のような優しい声が耳を撫でて通り過ぎていった。
「それだけは、忘れないでね」
ふわっとした動作で離れ、後ろ手を組んではにかむティアナさん。
息がかかった部分が熱を帯び、妙に熱い。
きっと、僕は今真っ赤な顔をしているのだろう。
目の前のティアナさんといい勝負をするくらいに。
「じゃ、じゃあねっ」
恥ずかしさが限界を超えたのか、ティアナさんはくるりと背を向けるとそのまま駆け出してしまった。
僕たちを見守っていたパティエさん、ケイトさん、アマーシアさんの三人が何か言いたげな笑みを浮かべて、けれど何も言うことなく会釈だけを残してティアナさんを追いかけていった。
……恥ずかしさが増すので、そういうのはやめていただきたい。
「トラキチさん」
四人の足音が聞こえなくなるまで泉の畔に立ち尽くしていると、終了を告げるようにカサネさんの静かな声が聞こえた。
振り返ると、大きなバスケットを両手で持ったカサネさんが立っていた。
その姿は、ダンジョンに入る前のままで、ここでの大騒動が嘘だったような錯覚に陥る。
それと同時に、なんだかとってもほっとした。
「帰りましょうか」
「はい。帰りましょう」
言い知れない安堵感と共に言葉にした僕の提案に、カサネさんは静かに頷いてくれた。
「ですが……」
今まさに歩き出そうとしていた僕は、カサネさんの言葉に足を止める。
首だけをそちらに向けると、カサネさんは頬に手を当て、つばの広い帽子を被った頭を微かに傾ける。
「ティアナさん抜きで、無事に地上までたどり着けるでしょうか?」
「……はっ!? そうだったぁぁああああ!」
僕の絶叫に、ダンジョン内のオオコウモリが一斉に騒ぎ出してしまった。
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