いつか運命の人に出会うために -5-

「あんた、いい男だね」


 パティエさんが優しい瞳でそう言ってくれる。


「……半裸でなければ」

「これには事情がありまして!」


 半裸め!

 今日はこの半裸がすべてを台無しにする!


「ティアナは相変わらず生活魔法が苦手なのね。ちょっと待っててね」


 何か呪文のようなものを唱えて、パティエさんが干してある僕とカサネさんの衣服へ指を向ける。

 淡い緑色の光が衣服を包むと、目に見えて綺麗に、そしてふわっと洗い立てのような質感に変わった。

 えっ、なにそれ!? 魔法!? 便利!


「もう着られるから、着替えてきなさい」

「ありがとうございますっ!」


 全身全霊、全力のお礼。

 パティエさん、マジ天使!


 僕とカサネさんは各々の服を手に、別々の岩場の陰に隠れて着替えた。

 服って尊い!

 衣食住の中で『衣』だけちょっと舐めていたけれど、大体後回しにしてしまっていたけれど、『衣』大切! 今後考えを改めます!

 体が覆い隠されるって、なんて文明的で素晴らしいことなんだろうか。

 これで、女性の前で恥ずかしげに背を丸めずに済みます。


 着替え終わって焚き火のそばへ戻ると、泣き止んだティアナさんが恥ずかしそうに俯いていた。

 その背中を、パティエさんが押している。


「ほら、言ってきなさい」

「いや、でも……やっぱり、やめておこうかなぁ、なんて……」

「今さら何を言っているのよ。さっさと、行ってきなさい!」


 ドンっと背中を押され、ティアナさんが僕の前へと突き飛ばされてくる。

 体勢を崩しながらも振り返るティアナさんに、パティエさんは人差し指を突きつけぴしゃりと言い放つ。


「言わなくても伝わるとか、理解してもらえるとか、そんなことを考えているうちはいつまでも恋愛初心者よ。自分にとって都合のいい展開を相手に押しつけちゃダメ。自分で動くの。自分で言うの。そこからすべては始まるのよ」


 恋愛の酸いも甘いも噛み分けてきた先輩からの助言が送られる。

 見た目は小学生だけれど、経験はきっとティアナさんよりも豊富なのだろう。的確なアドバイスだと思えた。


「いい、ティアナ? 男はね、待たせてはダメなの。隙があればとにかく与えて、与え尽くして、尽くして、尽くし尽くす、それが正しい男女の在り方よ」


 その在り方で大失敗したんですよね!?

 というか、その考え方は男をダメにする考え方ですよ!


「男には、お金を与え、自由な時間を与え、言われたことには『YES』で答え、手を上げられてもグッと我慢するの。そうすると、その後でとっても優しくしてくれるの。それが、真実の愛よ」


 DVだー!

 紛う事なきDV男にハマってしまう女性の典型だー!


 入りだけは的確なアドバイスだったのに……パティエさん、なんてダメ男製造機……


「あのぉ、パティエさん……」


 とにかく、これ以上恋愛初心者でまっさらなティアナさんに妙な思想を植えつけられては困るので、パティエさんを黙らせる。


「そんなに至れり尽くせりにする必要はないんじゃないでしょうか? ほら、恋愛って、対等なものだと思いますし」

「だって、そうしないと逃げていくじゃない!」


 そーゆー人ばっかり追いかけるからですよ!


「そんな人ばかりじゃないですよ。もっと優しくて素敵な男性もいますから」

「そんな素敵な人が、私みたいなババアに振り向いてくれるわけないもの……」


 と、見た目小学生の女の子がしょげている。

 ……ギャグにしか見えないのだけど、本人には深刻なトラウマなんですよねぇ、これ。


「えっと……パティエさんの実年齢は存じてないんですが、この『世界』には数多の種族がいますよね?」


 龍族は千年を優に生きるし、数百年生きる種族もザラにいる。

 僕たちみたいに八十年しか生きられない者もいるし、もっと短命な種族がいるかもしれない。だとすれば、この『世界』においての年齢というものはあってないようなものなのではないだろうか。


「失礼だったら申し訳ないんですが、パティエさんは、僕の種族から見るととても可愛らしい女性ですよ。容姿も可愛いですし、これだけの人に慕われているその生き方も魅力的です。たった一人の心ない男から言われた言葉なんか気にする必要ないですよ」


 日本に連れて行けば、パティエさんを「ババア」なんて言う人は一人もいないだろう。

 っていうか、パティエさんが『ババア』って……ストライクゾーンがどんだけ外角低めなんだ。

 常人には打てないコースだよ、そんなの。


「だから、パティエさんもこれから素敵な恋をしてくださいね。もっと真っ当な、我慢なんかしなくてもいい、わがままを『可愛い』と言ってくれるような、そんな相手と」


 パティエさんにも素敵な恋をしてもらいたい。そう願って笑みを向けると、僕の顔をじっと見つめた後で、パティエさんは小さくこくりと頷いてくれた。


「トラキチ君、だったわね」


 柔和に微笑んで、パティエさんはランドセルのごとき大きなザックから煌びやかな宝石を取り出す。


「私、お金なら持ってるのよ。仕事も家事もしなくていいわ、私が全部やってあげる。ほんの少しだけ束縛が強いかもだけど、あなたの望みならなんだって叶えてあげられるわ、きっと。どうかしら、私とか? ねぇ、どうかしら!?」

「ダメ男製造機フル稼働ですか!?」


 この人には、少々キツ目の矯正が必要かもしれない。いや、必要だ。間違いなく。

 願わくは、クセの強い四人での冒険中にひん曲がった恋愛観が彼女たちに根付きませんように。……まともな恋愛をしてください。本当に!


「パティエ、トラキチ君が困っているじゃないか。やめてあげて」


 ずいずいと接近してきていたパティエさんをひょいっと持ち上げて、ケイトさんへと放り投げる。

 そんな、ラグビーボールみたいに軽々と……


「ごめんね。パティエ、根はいい人なんだけど、ちょっと、アレで」


 便利な言葉ですね『アレ』って。

 ……ものすごくよく伝わりました。


「トラキチ君はいい人過ぎるから、すぐにあぁいう人に目を付けられてしまうよ。気を付けてね」


 あぁいう人って……尊敬する先輩なんですよね?

 まぁ、『あぁいう人』呼ばわりも致し方ない片鱗を見せつけられた直後なのでなんとも言いにくいですけれども。


「けど、パティエの言っていたことも分かるんだ『自分で動くことからすべては始まる』って……」


 喉元に手を添え、胸を押さえつけるようにして大きく深呼吸をする。


「まずは、謝罪から」


 そう言って、僕へと向き直る。

 酷く緊張したような面持ちで。


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