いつか運命の人に出会うために -4-
「考え過ぎなのよ、あんたは」
「……パ、……パティ……ェ」
涙に赤く染まったティアナさんの目が大きく開かれる。
アゴのラインが微かに震え、怯えたように半身が後方へ逃げる。
「ホント、いっつもいっつも一人で抱え込んじゃって……」
落ち着いたその声は、なるほど、ティアナさんが「姉のよう」と表現したのがよく分かるくらいに慈しみの想いが込められていた。
こんなにもクセの強いメンバーをまとめ、慕われているパーティのリーダー。
さすがに三度目ともなると驚いて勢いよく振り返るなんてことはしない。失礼にならないように、ゆっくりと、落ち着いた動きで振り返る。
ティアナさんが敬愛する女性、パティエさんと対面するために。
「バッカなんじゃないの?」
振り返った先には、小学四年生くらいの小さな巨乳美少女が立っていた。
「ちっさっ!? デカっ!」
「ひぃぃいい!? ちょっ、あなた、とんでもないことを口にしたわね!?」
「あたしらが言うと半殺しに遭うようニャ、パティエがもっとも気にしている二つのワードを両方言ったニャ! 叫んだニャ! たぶん死んだニャ!」
「ふゎぁああ、すみません、つい!」
振り返った直後、視覚に飛び込んできた情報が多過ぎて脳みそが処理落ちしてしまったようだ。目に映ったものをそのまま口に出してしまった。
いや、だって「落ち着いたお姉さん系の女性なんだろうな~」って振り返ったら、赤い髪をぼんぼりでツインテールにした女の子が立っていたんですよ?
真っ赤なジャンパースカートに赤いエナメルの靴、背中にはパンパンに膨らんだ大き目のザック。あのザック、もはやランドセルにしか見えませんって!
脳が一瞬のうちに「ちっさっ!?」って言葉を発信した矢先、その言葉を上書きするような勢いで暴力的な二つの膨らみが「どーん!」って網膜に焼きついて、自分の言葉を食い気味に「デカっ!」って言葉が……っ!
あれ、目の前が急に真っ暗に?
「落ち着きましたか?」
カサネさんの声が聞こえ、自分の顔に広げられたハンドタオルが押し当てられているのだと認識する。
あぁ、タオルで視界を遮られているのか。前にもこんなことがあったような……
「少々、視線が女性に対してあるまじき箇所に固定されていたようですので気を付けてくださいね」
「は、はい……すみません」
あまりの衝撃に、ちょっとフリーズしてしまっていたようだ。
なにせ、「ぼぃーん」と表現されたアマーシアさん以上に「ばぃーん!」だったから。さすが異世界……ロリ巨乳って架空の生き物じゃなかったんだ。
「気を付けてください、ね?」
「は、はい……すみません」
心なしか、僕の顔にタオルを押し当てているカサネさんの手に力がこもり過ぎているような気がする……うん、きっと気のせいだ。カサネさんがアイアンクローなんかするはずがない。僕の心の中にあるやましさがそんな錯覚をさせているに違いな……ぃたたた、ちょっと痛いです、カサネさんっ。
「まったく、男って生き物は……みんな同じところを見るのね。困ったものだわ」
呆れたような、大人びた声がタオルの向こうから聞こえる。
姿が見えなければ、すごく大人なお姉さんがそこにいるように錯覚してしまう。
しかし、タオルが顔から外されると、目の前に立っているのはランドセルっぽいザックを背負った小学生。
……この人、ティアナさんたちの『お姉さん的存在』で、元彼から『ババア』って言われた人、なんですよね?
……どこがババアなんですか。対極にいる存在じゃないですか。
「ティアナ。確かに私は、あの時悲しかったし、悔しかったし、傷付いたし、殺意を抱いたし、もういっそのことこの『世界』自体滅ぼしてやろうかと思ったわ」
デンジャラス!
やっぱりこの人が一番デンジャラス!
「いっぱい泣いた。泣いて泣いて、泣き明かして……少し手を汚した」
何しました!?
何か仕出かしましたか!?
いいえ、怖いので絶対聞きませんけども!
「けどね、そのことであんたたちを恨んだりしたことなんて一度もないわ」
「けど、私はっ…………パティエみたいになりたくないって……っ!」
「そんなのお互い様よ。私だって、ティアナみたいな不器用者になりたくないし、ケイトみたいな偏屈者にもなりたくないし、アマーシアみたいなバカには死んでもなりたくない」
「あたしだけニャんか酷くニャい!?」
アマーシアさんの訴えはその場にいる全員にスルーされた。
きっと、こういう関係性なのだろう。大体分かってきた。
「でもね、だからって誰かを疎ましく思ったことはないし、今も変わらず大切な仲間だと思っているわ。一人で抜け駆けして結婚したバカを除いて」
「ニャんか恨まれてるニャ!?」
報・連・相の大切さがよく分かる事案ですね、うん。
「あなたもそうでしょ?」
「パティエ……」
「私が嫌い? 惨めで情けなくて、軽蔑する?」
「そんなことない! そんなわけが、あるはずない」
「なら、また仲間になれる。ううん。今もずっと仲間のままよ」
「パティエ……っ!」
ティアナさんの瞳から、滝のように涙があふれ落ちていく。
心に重くのしかかっていた後悔と罪悪感が昇華されたのだろう。
大きな体を震わせて憚ることなく涙を流すティアナさんに対し、パティエさんは小さな両腕を広げて受け入れる姿勢を見せる。
「おいで、ティアナ」
「いや、パティエは小さいから中腰で抱きつくのはしんど……」
「……来いや」
「パティエー!」
ティアナさんが飛び込んでいった。中腰で。
……パティエさんの本性がチラ見えしてましたけど、今。
「そういうわけだから、お見合い相手さん」
大きなティアナさんの体を包み込みながら、パティエさんが僕の顔を見上げてくる。
「この娘、返してもらうわね。まだあなたにあげるわけにはいかないのよ。失礼は百も承知。だから、責任はすべて私が取るわ。どんな報いも受けるから、今回のことは諦めてちょうだい」
すごく大人な、少々身勝手ではあるが、仲間を思いやった誠意の感じられる言葉。
ただ、見た目が小学生だから無性に可愛らしい。ずっと可愛らしい。背伸びしてる感がして、子供っぽさに拍車をかけている。
あんな幼い顔でこんな言い方されたら、父性本能刺激されまくりで大抵のことは許しちゃいますって。
何より、僕なんかよりもずっとずっとティアナさんのことを大切に思っているっていうのが分かり過ぎるから……僕は無条件降伏状態ですよ。
「大丈夫です。今、ティアナさんに必要なのは僕ではなくみなさんの方ですから」
僕は逃げ場所。
みなさんは帰るべき場所。
どこに居るのがティアナさんにとって幸せかなんて、考えるまでもない。
「それにですね、僕のいた世界ではこういう物語が定番なんですよ」
映画なんかでよくあるパターンだ。
「結婚式当日に、運命の人が花嫁を迎えに来て連れ去ってしまうってヤツ。まさか自分が体験できるなんて思ってもいませんでした」
それが、残される方だっていうのが、なんだか僕っぽくて笑える。
「ぐす……っ、けど、トラキチ君……には……すごく、迷惑かけて……失礼で……私は……」
「いいんですよ、ティアナさん」
泣きじゃくりながら、必死に僕へと言葉を届けてくれるティアナさん。
頼れるお姉さんキャラはどこへやら、無性に可愛く思えて、自然と頭を撫でていた。
よしよし。もう泣かなくていいからね、と。
「焦る必要なんてないです。冒険の話をしている時のティアナさんはとても素敵でした。その魅力は、きっといつか運命の人に伝わります。無理して、自分を変えて、相手の望むように自分を曲げる必要なんてない。ティアナさんらしいティアナさんが一番だっていう人に、いつかきっとめぐり会えますよ」
だって、ティアナさんの周りにはティアナさんを必要としている人がこんなにいるじゃないですか。
クセは強くても、みんなティアナさんを大切に思ってくれる素敵な人たちですよ。
そんな素敵な人にこんなにも思われているんですから、ティアナさんは自分を変える必要なんてない。
「これまでの自分を、そしてこれからの自分の人生を、どうか誇りに思ってください」
「うん…………あはは、そしたら、トラキチ君の理想の女性に、なれるかな」
「はい。諸手を挙げて『素晴らしい』って絶賛しますよ」
「ふふ……ありが……と、…………ね」
ティアナさんの顔がくしゃりと歪み、あふれる涙を隠すようにパティエさんの胸に顔を埋める。
大きな膨らみの向こうから「わーい、わーい、理想の女性だ、わーい」なんて、おどけた言葉が涙に揺れながら聞こえてくる。
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