いつか運命の人に出会うために -3-

「勝手な想像で狭量な人間にされるのは不愉快だわ」


 シルクのように艶やかな白色の長髪に、フレームの細い眼鏡をかけた女性がそこに立っていた。

 その風貌と冷たい物言いに、一瞬雪女を連想してしまった。


「ケイト……」


 ティアナさんの声が震える。

 この人がケイトさんか。ティアナさんとアマーシアさんのパーティのメンバーで、理屈屋だという。確かに、気難しそうな顔をしている。


「ど、どうして、ここに?」

「ふん……」


 長い髪をかき上げ、アゴを斜めに持ち上げる。すると、眼鏡に焚火の炎が反射してケイトさんの目が光に隠れる。

 微かにそっぽを向いたような格好で、ケイトさんは呟く。


「たまたま通りかかっただけよ」



 嘘、下手っ!?



「いや、こんなダンジョンの奥深くを、たまたま通りかかるなんてあり得ないだろう?」

「はぁあ? なんでないって決めつけるのかしら? え、なに? そんな法律でもあるのかしら? 『ダンジョンの奥深くにはたまたま通りかかってはいけない』って決まっているというの? へー知らなかったわぁ、参考までに第何条の何項か聞かせてくれるかしら?」

「いや、そんなのは決まってないけど……けどケイト、前に『一人の時は家から出たくない』って言ってたし……」

「いつ言ったかしら? ねぇ、いつ? 何年何月何日、『世界』にいくつめの異世界が統合された日?」

「もー、相変わらずケイトは理屈屋だなぁ」


 うるさそうに自身の両耳を塞ぐティアナさん。

 いえ、あの、ティアナさん。今のはただの屁理屈です。

 ……ケイトさん、クールな外見とは裏腹に子供っぽい人なんですね。


「ケイトも、ティアナのこと気になって覗きに来たのニャ?」

「はぁ? 別に気になってないし! 他人のお見合いを覗くのが単純に好きなだけだし!」


 んー、それはどうなんでしょう? もう嘘がバレバレなのは仕方ないとしても、どうせなら『覗いてた』の方を誤魔化しましょうか、人として! 倫理的に!


「私はただ……、パティエの一件からずっと塞ぎ込んでいたティアナが、ここ最近活発に行動するようになったから、もしかしたらトレジャーハンターに復帰する気があるんじゃないかしらって、ちょこちょこ見ていただけよ。料理教室に通っていた時とか、結婚相談所に登録に行った時とか、今日のお見合い用の服を買いに行った時とか、起床から就寝までの限られた時間だけね」


 ストーカーッ!?


 おはようからおやすみまで、暮らしをばっちり見つめられちゃってますよ、ティアナさん!?


「でも、これは仕方がないことなのよ。だって――」


 少し俯き、垂れた前髪の隙間から眼鏡越しにティアナさんを見る。


「あなたがその気になれば、いつでもダンジョンに潜れるように準備しておきたかったもの」


 そう言ったケイトさんの瞳には微かな照れがにじんでいて、こういうことを気軽に言い合える仲ではなかったのだろうなということが窺える。


 いつもそばにいる人ほどそうだったりするものだ。

 大切だからそばにいるはずなのに、一緒にいるのが当たり前になり過ぎて大切な言葉を口にすることを怠ってしまう。そんな期間が長くなればなるほど、改まって気持ちを伝えることが難しくなったりして……

 気恥ずかしさと、自分の思いだけが一方的に大き過ぎるのではないかって不安と、少しの恐怖と。

 言葉って、ちゃんと使ってあげないといざという時に出てきてくれないものだから。


「だから今日は、お見合いだって分かっていたのだけれど……」


 ティアナさんとダンジョンに潜りたい。

 そんな思いから、こっそりと後をつけてきてしまった。そういうことなのだろうか。


「……相手の男を排除すれば、なし崩し的にダンジョン探索に切り替わりそうねと思って」


 デンジャラスっ!


「分かるニャ」


 なんて素敵なサムズアップ!?

 忘れかけてましたけど、ここのパーティ、リーダーからしてとってもデンジャラスな集団でしたっけね!


「さぁ、ティアナ。そこの男の命が惜しいならば、今からダンジョン探索に行くわよ」

「人質がどうニャってもいいのかニャ?」


 いつの間にか僕の命が風前の灯火に!?


「トラキチ君を巻き込まないでおくれよ! そんなに探索がしたいなら、二人で行けばいいじゃないか! 私に構わないでくれ!」

「バカなことを言わないでちょうだい」

「そうニャ!」


 捨て鉢なティアナさんのセリフに、ケイトさんとアマーシアさんが視線を鋭くする。


「アマーシアと二人きりなんて、間が持たないわ。地獄よ」

「ティアナとは友達ニャけど、ケイトとはビミョーなのニャ」


 いや、そういう感じ分かりますけども!

 共通の知り合いがいなくなった途端会話が途切れてすっごい気まずい空気流れちゃう相手って確かにいますけども!

 そこなんですか、さっきの「バカなことを言わないで」って!?

 仲良くしてくださいよ、同じパーティの仲間同士なんだから!


「誤解のないように言っておくわね。メンバーの誰とでもマンツーマンになれるのは、ティアナ、あなただけよ」


 パーティの柱じゃないですか、ティアナさん!?

 これもう、パーティが再集結していない理由は『ティアナさんがいないから』で間違いないですよね!? ティアナさん抜きで再集結とかあり得ませんね、これは!?


「だからティアナも一緒に行くニャ。パティエもきっと待ってるニャ」

「そんなこと、あり得ない!」


 パティエさんの名前に、過剰なほど反応を示したティアナさん。

 彼女がここまで強固に拒み続ける理由は、どうやらパティエさんとの間に何かがあったからのようだ。


 ティアナさんが見せていた結婚への焦りも、ことあるごとに腰に手が向かってそこに存在しないナイフを探してしまうような未練も、全部そこに理由が……

 知りたい。

 知って、ティアナさんの本心を確認したい。


「ティアナさん、教えてくれませんか。パティエさんとの間に、何があったのかを」


 それを知らなければ、今回のお見合いは是も否も答えは出せない。そんな気がした。


「……すまない、トラキチ君。それは……それだけは、言えない……っ」


 しかし、引き結ばれた口は堅く閉ざされ、答えは返ってこなかった。


「あ、そう。言いたくないのなら聞かないことにするわ」

「そうニャ。別にそこまで興味もニャいしニャ」

「……きっと、聞けばみんな私を軽蔑する……私は、それほどまでに酷いことを……だから、言うわけには……」

「えぇ、構わないわよ。聞かないから」

「キョーミが失せてきたニャ~」

「本当に、人としてどうかというような悪行を……っ!」

「はい。じゃ、解散」

「帰るニャ」

「しかしそこまで言うなら、特別に! 今回だけ特別に話してやらないわけでもない!」

「聞くわ」

「聞くニャ」

「実は……」


 はーなーしーはーじーめーたー!


 いや、もう、さすがというか……よく分かってますね、ティアナさんの性格。

 やっぱ共有した時間ってすごいんだなぁ。絆だよ、これ、もう、一種の。


「私は、パティエを尊敬していた。憧れていたと言ってもいい。パティエのあの事件があった時、相手の男を本気で憎んだ。ここが『世界』でなかったら――そんな物騒なことも考えた」


 ティアナさんのいた世界ではそういう仇討ちのようなものは普通に行われていたのだろうか。

 この『世界』のルールに則り思い留まってくれてよかった。ティアナさんの手を、そんなことで汚してほしくはない。


「パティエを気の毒に思ったし、慰めたいと思った。けれど、何も出来なくて、自分が歯がゆくて、もし代われるなら――」


 悲しんでいる人、苦しんでいる人を見ているしか出来ない時、どうしても考えてしまう。「代われるものなら代わってあげたい」と。


「代われるなら――そう思った時、私は恐怖したんだ。急に怖くなった。パティエが抗えない『悲しみ』に、私はどう向き合えばいい? パティエですら心が痛いとあんなに泣いているのに、それが私だったら……私はどうなってしまうんだ……って」


 けれどそれは、「絶対に代われるはずがない」という確信が心か脳の片隅で嫌な安心感となっているから出てきた言葉なんじゃないか……そんな可能性は否定できない。


「そして、私は…………パティエに……パティエに対して、思ってしまったんだ…………『あんな風にはなりたくない』と……っ!」


 だから、ティアナさんはそんな自分に気が付いて、そんな自分を嫌悪した。

 固く握られた拳は、今にも自身の顔を殴らんばかりに猛り狂っている。

 食いしばった奥歯が音を鳴らすのは、恐怖に震えているからかもしれない。

 大きな瞳からは、堪えきれなかったのであろう涙があふれ出していた。


「ずぅう……っ!」っと、湿った音が器官を押し広げ、ティアナさんは胸に溜め込んだ息を一気に吐き出した。


「私はっ、パティエが一番苦しんでいる時に、恐怖に負けて逃げ出したんだ! パティエの前から! 大切な……仲間を、見捨てて…………っ!」


 その思いの重さに、本気度に、後悔の念の強さに、僕はかける言葉を見失った。

「そんなことないですよ」

「考え過ぎですよ」

「きちんと話し合えばきっと」

 そんな無責任な言葉をかけられる雰囲気ではなかった。


 アマーシアさんもケイトさんも、ティアナさんの抱え込んだ苦悩の大きさに言葉をかけられないでいる様子だ。

 もし、今のティアナさんに言葉をかけられる人物がいるとするなら、それは――



「まったく……そんなことで悩んでいたなんて」



 きっとパティエさん本人しかいない。

 そして、おそらく前二人がしたような、同じような展開になるのだろうと予想した通りに背後から声が聞こえてきた。


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