いつか運命の人に出会うために -2-

 声が聞こえ、世界がぐるりと回転し、回転してるのは僕の方だと気が付いて、転がる体が止まり、くるくる回る視界が落ち着いて、僕を見下ろす仁王立ちの影を視認し、その仁王立ちの影の首根っこをティアナさんが掴んで僕から引き離し、「何やってんのさ、アマーシア!?」と叫んだなぁと思った後に、ようやく体に痛みを感じた。


「ぃいっ痛っ!?」

「えっ、遅いくニャい!?」


 首根っこを掴まれて猫のように背を丸めるその女性が驚いた声を上げる。

 いやいやいやいや!

 人間、パニックになったらこんなもんですから。

 ほら、相談者に危害は加えさせないって以前僕を素早く守ってくれたカサネさんでさえ、突然のことに目を丸くして対応できてませんから! 「え、何事!?」みたいな顔してますから! カサネさんに無理なら、僕だって無理ですよ! 尚一層、無理ですよ!


「すまない、トラキチ君! ケガはないかい?」

「え、は、はい……ちょっと、驚いただけで」


 謎の女性をぺいっと放り投げ僕のもとへ駆けつけてくれるティアナさん。

 本当は肘と膝と肩甲骨が痛いです。

 このヒリヒリ感は、たぶん擦り剥いてますね。

 けどこれくらいは平気な顔をしてやり過ごす。大人ですから、騒ぎませんとも。


「わっ! 擦り傷だらけじゃないか!」


 ん~ん! 服着てないから隠せない! カッコもつけられないや! んもう!


「ティアナ、一体ニャにしてんのニャ!?」

「それはこっちのセリフだ、アマーシア!」


 桃色のふわふわした髪の毛を揺らしてティアナさんに食ってかかる猫耳の女性。

 この人がアマーシアさんらしい。

 男女を問わず虜にしそうな可愛らしい美貌に、すらりとした体躯、細く長い尻尾に、嫌みではない適度な露出は女性らしさに拍車をかけておりとても魅力的だ。ティアナさんの言葉通りに『ぼぃーん!』としているからなおさら魅力に拍車がかかっている。

 そして、口を開く前に全力ダッシュからの飛び蹴りを食らわせてくる足癖の悪さは思慮に欠け、様々なトラブルを次から次へと呼び込みそうな危険な匂いがむんむんしている、まさに話通りの人物だ。


「ティアナが久しぶりにダンジョンに潜ったって情報を得たから全力で追いかけてきたのに……ニャんでこんニャ半裸の変質者に泣かされてんのニャ!?」

「なっ、泣かされてなどいない!」


『変質者』を否定してほしかったっ! まず何はなくとも、真っ先にっ!


「ニャにしてたニャ? ニャにされたニャ!?」


 僕の変質者疑惑がどんどん濃厚に……


「な、何も、変なことはしていない! 今は、トラキチ君とのお見合いの最中なんだ」

「お見合い~? …………ぅにゃっ、趣味悪っ」


 おぉう、ダイレクトで胸に突き刺さるっ。……泣きそうです。


「お見合いであの格好って……」

「あれは、私の短パンを貸しただけだ」

「お見合い相手の、女物のパンツを穿いて半裸ではしゃぐって……」


 とどまれ! 僕の悪印象っ!


「仕方なかったんだよ、それしか着るものがなかったんだから」

「全裸で来たのかニャ!?」

「んぁああ、もう! そんなことはどうでもいいんだよ、アマーシア!」


 どうでもよくないですよ!?

 僕の尊厳的に!


「なんであんたがここにいるのさ!?」

「ニャんでって、さっき説明したのに、相変わらずおバカなのニャ」

「あんたにだけは言われたくないっ!」

「絞まってる、絞まってるニャ! 的確にっ!」


 ティアナさんによる見事なネック・ハンギング・ツリーが炸裂している。

 両手で首を絞められつつ宙に浮かされたアマーシアさんは手足と尻尾をぱたぱたさせている。必死な形相で。


「けほっ。半年ぶりにティアナがダンジョンに潜ったって聞いたから、いても立ってもいられニャくニャって、追いかけてきたニャ。また一緒にトレジャーハントしたいニャ~って思って」

「どの口が言う!? あんたのせいでウチのパーティは……っ!」


 言いかけて、口を閉じる。

 ギリっと奥歯を鳴らして、固く拳を握り、言葉を飲み込む。


「……あたしのせい、かニャ?」


 とぼけている風でもなく、無神経な発言とも違う、とても寂しそうなアマーシアさんの問いに、ティアナさんは沈黙し…………小さく首を振った。


「違う……。きっかけは確かにアマーシアだったけれど、原因は……」


 そう、直接の原因となったのは、彼女たちのリーダー、パティエさんの彼氏の裏切り結婚――


「……私だ」


 それは予想外の言葉で、自然と視線がティアナさんの表情を窺う。

 そして、目が合った。


 背負いきれない罪を悔いる重罪人のような面持ちで、ティアナさんはゆっくりと言葉を吐き出していく。

 苦しそうに。途切れ途切れに。


「私は、もう……みんなと共にいる資格が、ない……パーティを、組める、はずも……ないっ」


 それが、ティアナさんの見せる翳りの正体。

 ティアナさんの心に刺さった棘なのだろう。


「私は……っ」


 しゃべり始めてすぐ、喉に言葉が張りついたような引き攣った音が漏れた。

 道具袋から水袋を取り出し、口を付けて、大きく喉を鳴らす。

 そして、深いため息を吐いてから、ティアナさんが再び口を開く。

 今度は落ち着いて。ゆっくりと。


「私は……あのメンバー以外とパーティを組むつもりはない。みんなは最高で、最強で、あのメンバーとパーティを組めることが、私の誇りだった。だから、他の誰かとパーティを組んでダンジョンに潜るなんて選択肢は初めからなかった」


 ティアナさんにとって、かつての仲間は特別で、唯一無二の存在だった。

 それが分かり過ぎるくらいの、悲痛な表情を見せる。


「いや、今、違うメンバーでダンジョン入ってるニャん?」


 腰っ!

 話の腰折るのやめませんか、アマーシアさん!?


 分かりますよね?

 こういう、軽~い感じのピクニック的なのは除外して、本気の探索に行くならって話ですよ!

 分かりますよね!? 行間読みましょう!


「……これは、お見合いで、ピクニックだから……このダンジョンは初心者向けで、トレジャーも獲られ尽くしているし、探索の余地もない面白みもないものだからあのメンバーで行くような場所じゃないし、トレジャーハンターとしてなら絶対に見向きもしないような場所だと思ったからこれは例外というか…………」

「話長くてよく分かんニャい」

「これは別!」

「都合いいニャ」

「うっさい! 黙って聞く!」


 言葉で組み伏せるのを諦めて、猫耳をぐりぐり押さえつけて強制的に地べたへと座らせた。

 きっと、かつてこんな光景が幾度となく繰り返されていたのだろう。


「とにかく、私はみんな以外とパーティは組まない。……だから、もう二度とダンジョンには潜らない」

「ニャんでニャ? またみんニャで一緒に潜ればいいニャ」

「無理だ……」

「無理じゃニャいニャ。みんニャ集めればいいニャ」

「きっと集まってはくれない」

「そんニャことニャいニャ」

「そんなことなくなどない」

「そんニャことニャくニャくニャくニャいニャ」


『ニャ』多いっ!

 わざとですか!?

 聞く人の気を散らさないと死んじゃう病気か何かですか!?


「あたしは、またみんニャでダンジョン潜りたいニャ。みんニャでトレジャーハントしてる時が、一番楽しいニャ!」

「だったら、なんで結婚なんかしたのさ!? なんでパーティを抜けた!?」

「抜けてニャいニャ! ちょっと結婚して、ちょっと姿をくらませただけニャ」


 アマーシアさん、『ちょっと』のスケールがデカ過ぎです!


「そんなことされたら、抜けたと思うだろう!? 実際、そう思ったし!」

「それは……ごめんニャ」


 しゅんと項垂れ、猫耳がぺたりと寝る。

 面と向かって、素直に頭を下げる。それは誠意ある行為に見えた。

 ティアナさんもアマーシアさんの行動が意外だったのか、勢い任せに怒鳴っていた口が止まっていた。


「実は、あたしの祖国が長年隣国と戦争してて、戦況が危うくなりかけてたから、手頃な龍族の男を捕まえて身内に引きずり込んどいて、よきタイミングで仕掛けてちょちょっと侵略防いできたニャ」


 だから、『ちょっと』のスケール!

 そんな壮大な理由があったんですか!? 確かに、龍族を親族に引き込めば侵略も止まりそうですけども! この『世界』の王族ですからね!


「で、数日前にようやく戦争が終結したから、一休みがてらにちょっとだけまったりニャ結婚生活満喫したところで、もう用済みニャってことで離婚手続きに入ったとこニャ」


 そこの『ちょっと』だけは正しい意味の『ちょっと』ですね!?

 なに、この悪女!? 龍族を手玉に取ったの!? 怖い!


「祖国のことに、みんニャを巻き込んじゃいけニャいと思って……黙ってたニャ……ごめんニャ」


 何も言えない。

 僕はもちろん、ティアナさんも、何も言葉にすることが出来ない。


「迷惑かけてごめんニャ。どうか許してほしいニャ。そして、またあたしと一緒に……」

「だからっ、一緒には、……無理なんだ」


 音が鳴りそうなほどに固く握られた拳。

 ティアナさんの顔には、絶望感がにじんでみえた。


「私がアマーシアを許しても、……みんなが私を許さないよ」


 自分で自分を責める。

 ティアナさんは、今にも泣きそうな顔をしていた。


「パティエも、ケイトも、きっと私のことを許さない。きっともう、私のことなんて……」

「勝手に決めないでくれるかしら」


 その時、まるで木枯らしのような、頬を刺すような冷たい声が聞こえてきた。

 ティアナさんとアマーシアさんがばっと勢いよく視線を向け、僕も遅れて振り返る。


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