いつか運命の人に出会うために -1-
会食も済み、お見合いはつつがなく進行している。
なのにそう思えないのは、僕が短パン一丁の半裸状態だからだろうか。……お見合い感がゼロどころかマイナスなんですよね、僕の中で。
「トラキチ君? どうかしたのかい?」
「あ、いえ……早く服が乾かないかなぁと、思いまして」
「あはは、もう見慣れたよ。気にする必要はないさ」
ティアナさんが見慣れたとしても、僕が見られ慣れていないんです……
というか、カサネさんもストールをスカート代わりにしているので、僕一人が半裸状態でちょっと心細いんですよ。
そんなカサネさんは、黙々とティーセットを片付けて、今は少し離れた岩の陰に身を隠している。
歓談タイムはいつものように見守るスタンスのようだ。
「トラキチ君は、結構見栄えや外聞を気にするタイプなのかな?」
「特別意識しているつもりはないですけど、最低限は……」
少なからず、お見合い相手の前なのにパンイチで平然としていられるような豪胆さは持ち合わせていない。
「隣に立つ方に恥をかかせてしまうのは、本意ではないですから」
「なるほど。相手のために自分の立ち居振る舞いを意識する、か。その発想には共感できるよ」
まぶたを閉じ、アゴを上げて、ここではないどこかの景色を見つめながらティアナさんが口角を持ち上げる。
「この人と肩を並べられるようになりたい。このメンバーに相応しい自分でいたい。仲間に誇ってもらえる存在で居続けたい。――そんなことばかりを考えてしまうんだよ」
まぶたの裏には、一体どんな風景が浮かんでいるのだろうか。
そこには誰がいるのだろうか。
ティアナさんは、今日僕たちに見せてくれたどんな表情よりも『いい顔』をしていた。
「素敵な仲間に恵まれたんですね」
「えっ? あ……まぁ、ね」
まぶたを開け、僕を見て、ハッと息をのむ。
そして気まずそうな顔をして、頬を掻きながら視線を逸らす。
「けど、昔の話だけどね」
昔の話、に……しようとしていませんか? 無理やりに。
少しだけ、胸が締めつけられる感覚がした。
そんな空気を変えるようにティアナさんは明るい声で問いかけてくる。
「トラキチ君は、銀細工職人の見習いだったっけ?」
ティアナさんは、明確なラインを引いている。
「ここから先は触れられたくない」という思いが、はっきりと見て取れる。
それに対し、僕はどう対処するべきなのか。まだ、答えは見出せない。
だから、保留する。
保留して、何気ないその問いに笑顔で返答する。
「はい、そうです。まだまだ駆け出しにも到達していない、雑用係みたいなものですけれど」
「そっかぁ。そうなると、私も何か仕事に就いた方がよさそうだね」
僕一人の収入では到底結婚生活は維持できない。
それは誰の目にも明らかだ。
そんな状態でお見合いをしているのだ。僕は随分無茶を言っているに違いない。
だからこそ、僕は出来る限り相手の意向に沿いたい。相手の望むものを、諦めさせたくはない。
「確かに収入は多くないですが、共働きを強要するつもりはありませんよ」
「なぁに、気にすることはないよ。体を動かすのは好きだからね、むしろ働いていた方が落ち着くくらいさ」
どんっと胸を叩き、「私が養ってあげるよ」と冗談めかして笑う。
その言葉に甘えるつもりはないけれど、なんとも頼もしい。
姉御肌で、竹を割ったような性格。こんななんてこともないやり取りからも、ティアナさんの魅力は十分過ぎるほど伝わってくる。
「やっぱり力仕事かなぁ、警備兵に志願するのもありかもしれないし、運送業でもきっとうまくやれるだろうな。いざとなったら……」
明るく未来の展望を語っていたティアナさんの口がふと止まる。
「……まぁ、どうとでも出来るさ」
「あはは」と楽しげに笑う。
笑ってみせるティアナさんだけれど、言葉の止まったほんの一瞬、ティアナさんの顔からは表情が消えていた。
その時のティアナさんの瞳は、ここじゃないどこかへ置き忘れてきた心を無意識に探しているような、寂し気な色をしているような気がした。
思わず口を突いて出そうになった。
「トレジャーハンターを続けるという選択肢はありませんか?」と。
けれど、喉の手前でブレーキがかかった。
まず間違いなく、ティアナさんが触れられたくない部分は『そこ』だから。
過去の冒険譚や経験談は惜しみなく語ってくれる。
なのに、トレジャーハンターを続けたいという意志からは目を逸らす。言葉を濁す。答えをはぐらかす。
お見合いが始まって、すでに結構な時間が経過している。
けれど、ダンジョンの中はいろいろなことがあり過ぎて、ティアナさんの内面に目を向けている余裕はなかった。
ティアナさんが素直で人のいい、気持ちのいい性格の持ち主だということは十分わかった。
素敵なところをたくさん見せてくれた。見つけることが出来た。
そのたくさんの素敵なところに隠れて、ティアナさんの内心がよく見えなかった。
ただ感じられたのは――焦り。
そう。僕がずっと引っかかっているのはそこなんだ。
ティアナさんは、結婚を焦っている。
条件を緩め、ハードルを下げて、ストライクゾーンを限界まで広げて、そこに少しでも該当すれば結婚をしようとしている。そんな焦燥感を感じる。
僕に収入がなくても自分が稼ぐと言い、僕が頼りなくても守ると言ってくれる。
その上、自分に足りていないと思うことは身に付けようと努力をし、料理教室に通ったりもしている。
都合が良過ぎるんだ。
僕にとって。
自分の欠点は改善するが、相手の欠点は許容する。
ティアナさんの発想は、まさにそんな感じなのだ。
それは、焦りからきているものなんじゃないかと思えて仕方がない。
誰でもいい。どんな相手でもいいから結婚したい。
そして、この不安を少しでも払拭したい。
誰でもいいから私を助けてほしい!
そんな叫びが聞こえる気がして、僕は一歩を踏み出せない。
ティアナさんはとても素敵な女性だけれど――
僕が今彼女を選べば、彼女は自分の望みをすべて心の奥底に押し込め閉じ込めて封をし、その封の上に笑顔を張りつけてこの先の未来を生きていくことになる。
そんな気がする。確信に近い感覚で。
「あの、ティアナさん……」
だから、不意にこんな言葉が口を突いて出てしまった。
「手段と目的を混同していませんか?」
結婚はゴール。または新たなスタート地点と言われることが多い。
けれど時に、結婚は何かのための手段であることも多くある。政略結婚とか、偽装結婚とか、そういうのでなくても、自分の夢を追い続けるための手段の一つであったり……
ティアナさんは結婚がしたいんじゃない。
何かから逃れるための手段として結婚をしようとしているのだ。
「その人の境遇や事情で、どうしようにもないことはあるのかもしれません。けど、ティアナさんは……」
違いますよね?
瞳に思いを乗せて、そう問いかける。
「それが、本当にティアナさんの望む未来ですか?」
ティアナさんの目が、まっすぐに僕を見る。
「この結婚で、ティアナさんは幸せになれると、本当に思ってますか?」
あんなにも力強かったティアナさんの瞳が、不安げに揺れている。
苦しくても我慢して、無理やり飲み込んで、一滴も漏らさないように閉じ込めていた迷いや葛藤が、固く結ばれた唇を微かに震わせる。
もうすぐ吐き出してくれるかもしれない。
それを封じ込めようとするように眉根が寄せられ、けれど解放されたそうに瞳は潤む。
衝突する二つの衝動の狭間で、助けを求めるように僕に視線を向けるティアナさん。
縋るような視線を向けてくる彼女に、僕はそっと手を差し伸べる。
話してください。
そして、本当に望むものを教えてください。
そんな思いを込めて、言葉をぶつける。
「ティアナさんにとって一番大切――」
「……あっ」
ティアナさんだけを見つめ、ティアナさんのことだけを考えていた僕は、ティアナさんの視線が逸れたことは認識できても即座に対応が出来なかった。
脳の切り替えが追いつかなかった。
「ティアナを泣かせるニャアー!」
ゆえに、突然背中を襲った衝撃をもろに全身で受け止め、吹っ飛び、受け身すらとることが出来なかった。
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