天職を辞したわけ -4-
「次は相談員さんのお弁当を見せてもらおうかな。真面目そうだから、きっときちんとした中身だと思うんだ」
「真面目そう……ですか?」
「うん。お弁当にはその人の性格が出るからね。きっときちっとしたお弁当のはずだよ、相談員さんのお弁当は」
「……普通だと思いますが」
少し不服そうに、カサネさんは大きなバスケットの中から可愛らしいナプキンに包まれたランチボックスを取り出した。
少し大きめなそれは、きっと一人前ではないからなのだろう。
「お二人の分もありますので、よければ摘まんでください」
「もらってもいいのかい?」
「はい。とても美味しいので、是非」
大きなバスケットを差し出して「みなさんでどうぞ」というのは、勝手なイメージだけれどもとてもカサネさんらしいと思った。
だが、その後の自信に満ちあふれた発言は、少しだけカサネさんらしくないように思えた。
カサネさんは謙虚というか、自己評価が不当に低いというか、あまり自信を表に見せない人だと思っていたので。
けれど、その違和感の理由はすぐに判明した。
「『トカゲのしっぽ亭』という美味しい軽食屋さんでテイクアウトしてきました」
なるほど。それなら「とても美味しい」って評価も妥当だろう。なにせ、お店の味なのだから。
「あー、トカゲのしっぽ亭! 私も最近よく行くよ。美味しいよね、あそこ」
「はい。その上とてもリーズナブルで、栄養バランスの取れた食事がお手軽にいただけます」
「練習を兼ねて朝食くらいは毎朝作ろうと思ってはいるのだが、ついついあの店のベーグルを買ってしまうんだ」
「あの値段で手間と時間をカット出来て、プロの味がいただけるのですからその方が合理的と言うものです」
「分かる!」
「恐縮です」
ティアナさんが力強く手を差し出し、カサネさんがそれを握る。シェイクハンド。
固い握手を交わす女性二人は食を通して分かり合えたようだ。
要するに、カサネさんも料理は苦手らしい。
「トラキチさんもどうぞ。このお店のベーグルサンドは至高の逸品ですよ」
カサネさんが生き生きしている。
ハーブティーをいれに行く時の顔によく似ている。
美味しいものが好きなんだろうな、きっと。
「んっ!? これは、もっちりふかふかしていて、とても美味しいです」
「焼きたてはもっと美味しいので、今度是非お店の方に行ってみてください」
「それじゃあ、いつか都合のいい日に連れて行ってもらえますか? 場所が分からないので」
おまけに、僕はまだこの街の地理に詳しくはないので……きっと迷子になりそうですし。
「こらこら、トラキチ君!」
お店の場所が分かったら師匠たちにも教えてあげようかなと、そんなことを考えていると、ティアナさんから非難の声が上がった。
「デートの約束なら、お見合い相手の私としてくれないかな」
「わぁっ! すみません!」
うっかり!
三人でご飯食べてたから普通にカサネさんと会話してしまっていた。
なんて失礼なことを!
「す、すみません! お見合い中に、なんて失礼なことを……っていうか、この格好もかなり失礼だなぁ、もう!」
短パン一丁で上半身裸。
とてもお見合いでする格好じゃない。
……っていうか、女性の前でする格好じゃない。
「まぁ、その慌てっぷりを見る限り、悪意あっての行動じゃないことは分かるけどね」
「申し訳ないです……」
それはつまり、素で礼節に欠ける男だということで……穴があったら入りたい。
「それじゃあ、トラキチ君のお弁当を分けてくれたら許してあげよう」
「それは、もともとそのつもりでしたけど……」
「だろうね。トラキチ君ならそうだろうと思ったよ」
少し分かり合えた。そんな雰囲気を見せてくれるティアナさん。
不満は躊躇わず口にして、そしてすぐに仲直りできる。
そんな相手は、一緒にいてとても心地がいい。
「けどまぁ、プロが認めた私の干し肉と、プロが作った相談員さんのお弁当の後だ。相当ハードルが上がっていると覚悟しておくようにね」
そして、こういうちょっとした意地悪を言ってくる。
そんな関係は、なんだかくすぐったくて嫌いじゃない。
「そんなに期待しないでくださいよ。僕のお弁当こそなんの変哲もない平凡なものですから」
リュックからお弁当箱を引っ張り出す。
期待に目を輝かせるティアナさん。
カサネさんも興味深そうに見つめてくる。
さっきカサネさんを助ける際に放り投げたので中身が不安だ。どうか中身が片寄っていませんようにと祈りつつ、僕は蓋を開けた。
ほっ……よかった。無事だ。
僕のお弁当は至って平凡。
出汁で溶いた玉子焼きに、アスパラの肉巻き、一口サイズのチーズハンバーグに、女性に見せることを意識してタコさんウィンナーも入れてある。
彩りのプチトマトがポテトサラダの隣に寄り添っていてレタスの仕切りに包まれている。
二段目には俵型のおむすびがびっしりと詰め込んである。
具はシャケとツナマヨと明太子。……あったんだよ、マヨネーズも明太子も。びっくりした。
「お好きなのをどうぞ。……まぁ、僕の手作りなので、味は期待しないでほしいんですけども」
僕の料理スキルは中の下くらいだ。……いや、姉に鍛えられたから中の上くらいには成長したかな?
当然、プロの味には遠く及ばない。
「それじゃあ、このハンバーグを……」
「私はタコさんを」
ティアナさんはお腹に溜まりそうなものを、カサネさんは可愛いものを選んだ。
こう言うとティアナさんに怒られるかもしれないけれど……イメージ通りだな。うん。
そして、ほぼ同時におかずを口にしたティアナさんとカサネさんは、これまたほぼ同時にぴたりと動きを止めた。
…………沈黙。
あれ?
口に合わなかった、かな?
「こっちも、いいかな?」
と、おむすびを指さすティアナさん。
もちろんと、僕は弁当箱を二人の前に差し出した。
ティアナさんは明太子を、カサネさんはツナマヨを手に取り、またしてもほぼ同時に一口かぶりつくと案の定ほぼ同時に動きを止めた。
そして、当たり前のようにほぼ同時に――自分のお弁当をしまい始めた。
「いや、ちょっと待ってください! みんなで一緒に食べましょうよ」
「すまない。これはお弁当ではなくただの保存食だった」
「申し訳ありません。これはお弁当ではなくただのテイクアウトでした」
「いえいえいえ! お弁当ですよ! みんな個性があって楽しいお弁当ですってば!」
「そんな気遣いは無用だ! ……いたたまれない!」
「私には努力が足りていませんでした。猛省します」
「大袈裟ですって!」
自身のお弁当をしまいこみ、鞄とバスケットをぎゅっと抱きしめる二人。そこにしまわれたものを隠すように、なかったことにするように、おのれの身で鉄壁の防御体勢を取る。
「ほら、料理はただの技術であって義務ではないですから、出来る人がやればいいんだと思いますし……」
「トラキチ君の手料理を食べてきゅんとした! 本来なら、それは私が君へ与えるべき感情だったはずなのに!」
そんな恥ずかしいことを大声で言われましても……どう反応したらいいのか。
いや、まぁ……女性の手料理にはときめきますし、食べさせてもらえるならそれはすごく嬉しいことなんですが、無理にでもやってほしいというものではないですよ?
あればいいなぁくらいの、オプション的なものといいますか。
「トラキチ君の手料理は美味しくて……けど、美味しい以上にきゅんとして……!」
「えぇ。きゅんとして……しゅんとしました」
「そう! 『きゅんっ』として、『しゅん……』となって、『むぁぁあああ!』だ!」
女性二人が意気投合している。
そんな大層なものではないんですが……
「しかも、これがトラキチ君にとって『平凡』とは……トラキチ君は、私よりもはるか上のステージにいるっ!」
そんなことないですってば!
ただの環境の差です!
僕もダンジョンに潜るような職業だったなら、ティアナさんの干し肉を羨ましいと思ってましたよ、絶対!
「ティアナさんの干し肉はとっても美味しかったですよ」
「けど、ときめきが……」
そんなことを呟いて口を尖らせるティアナさん。
気付いてないでしょうけれど、その拗ねた顔、結構きゅんとしますよ。
「ティアナさんの干し肉は絶品です。僕はまた食べたいって思いましたよ」
「そう……かい?」
「そうですとも」
料理なんて、やればやるだけ身に付くものだ。レパートリーはこれからいくらでも増やしていける。
それよりも、最強の一品を持っていることの方がすごい。その料理一本で勝負している料理人だってたくさんいるんですから。
ラーメン然り、チーズケーキ然り、食パン然り。専門店の逸品は、いつもどこでも大行列が出来るほどだ。
ティアナさんはもっと胸を張ってもいい。
「カサネさんのベーグルサンドも、とっても美味しかったですよ」
「では、店長にそう伝えておきます」
くそぅ。フォローが難しいっ。
「と、とにかく、みんなで食べましょう。折角のピクニックですから」
気を取り直し、お弁当を広げて三人でシェアして食べる。
玉子焼きが一瞬でなくなったので、きっと気に入ってくれたのだろう。
どんどんと僕のお弁当が減っていく。僕のお弁当だけが。
「干し肉をおかずに、ベーグルサンド食べよ~っと。あはは」
この組み合わせはとても美味しい。美味しいのに、なぜだろう……味が分からない。きっと、変な気遣いのせいに違いない。
もくもくと食べ進めながら、僕は思う。
お弁当、もっと僕が気を遣うべきだったのかもなぁ……
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