天職を辞したわけ -3-

「相談員さん、これを」


 言って、肩にかけていたストールを取り、カサネさんに差し出す。

 ティアナさんの丸い肩があらわになる。


「これを腰に巻いておくといいよ」

「いえ、しかし……、お見合いの主役であるティアナさんの衣装をお借りするわけには」


 もう片方の主役である僕は、短パン一丁というなんとも残念な姿になっていますけれどもね。


「気にすることはないよ。それに、ダンジョンでのピクニックなんだから、ダンジョンでのルールに則って行動するべきだよ」

「ダンジョンでのルール……ですか?」

「そう。ダンジョン内では単独行動を避ける。仲間と一塊になって行動するのが鉄則なんだ。一人離れて行動していると、罠にかかった時に救出が遅れるからさ。さっきみたいにね」

「う……っ」


 さっきみたいにと言われ、カサネさんが言葉に詰まった。

 確かに、カサネさんを一人にしてしまった結果、僕たちはカサネさんを見失ってしまったわけで、そこからもダンジョン内での単独行動が如何に危険か窺える。


「下手したら命の危険だってあるんだ。だから、ね。相談員さんもこっちに来るんだ。これは、経験者からの忠告――いや、命令だよ」

「ですが……」

「それにね」


 少しもったいつけるように言って、ティアナさんはにこっと笑う。


「私はこれまでずっとダンジョンに潜って生きてきた。その生き様に誇りを持っている――ってところをトラキチ君に見せつけて好感度を稼ぎたいのさ。協力しておくれよ、相談員さん」


 冗談めかしてそう言うティアナさん。

 頬が徐々に赤く染まっていく。

 チラッと僕の方を見て、すぐに視線が逸らされる。その直後、かーっと急速に赤みが増していく。

 自分の発言に照れたようだ。


「そうですよ、カサネさん。ここは経験者の意見に従いましょう」

「……そう、ですか」


 ようやく納得をし、というか、なんとか自分自身に言い聞かせるような感じで、カサネさんがティアナさんのストールを受け取った。

 召し替えを見ないように視線を外しておく。


 衣擦れの音がする中、カサネさんが申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。


「申し訳ありません。こんなオシャレなストールを、私が奪ってしまって」

「気にしない気にしない。ダンジョンでは助け合いが必要なのさ。それに、さ……こ、こういう格好も、なかなかにセクシーだろう? なぁ、トラキチ君」


 カサネさんに気を遣わせまいとおどけて見せるティアナさん。

 右腕を持ち上げて髪をかき上げ、セクシーに『しな』を作ってみせる。が、顔が真っ赤なので見ているこっちが恥ずかしくなってくる。無理はしないでくださいね。

 ……というか、そういう意味では、僕が一番セクシーな格好してるんですけどね。……ははっ。


「そろそろお弁当にしようか。と、言いたいところなんだけれど、……悩むよね」


 腕を組むティアナさんだが、言葉とは裏腹に口角が持ち上がっている。

 お弁当が楽しみで仕方がない。そんな感情があふれ出しているようだ。

 遠足前夜の子供のような表情をしている。


「トラキチ君の手料理も早く見てみたいが、私の料理も見せたい。ん~……トラキチ君は好きなものは最初に食べるタイプかな? それとも最後に取っておく方かい?」

「僕は、最後に取っておくタイプですね」


 そして、よく姉に横取りを……姉め。


「それじゃあ、トラキチ君のお弁当は最後にしよう!」


 指を鳴らしてティアナさんがそう決める。

 僕のお弁当は『楽しみ』に該当するらしい。


「それじゃあ、まずは私のお弁当を見てもらおうかな。ふふふ……自信作だよ」


 ティアナさんの道具袋の中から、紐で縛られた革袋が出てきた。

 あれがティアナさんのお弁当なのだろうか。


 じゃじゃん! と、得意げな表情でティアナさんが革袋から取り出したのは鮮やかな赤みを帯びる干し肉だった。


「塩加減が絶妙だと、料理の師匠がお墨付きをくれたんだ」


 思ってたのと路線が違う料理教室だった!?


「えっと……、冒険者用の料理教室だったんですか?」

「いや、『かわいい女子ご飯』というものを教える教室だったんだけどね、どうにもうまくいかなくてさ」


 うまくいかない?


「火力が強ければ早く焼けると思ったんだけど真っ黒になったり」


 さもありなん!

 そりゃそうなりますよ……


「肉を切れと言われたから急所を突き刺して抉り取ったら怒られたり……」


 食材は逃げも襲いもしてきませんから、そんな一撃必殺の攻撃はしなくていいんですよ!?

 普通に切りましょう!


「それで『何なら出来るんですか!?』と聞かれたから、ダンジョンに潜る前によく作っていた干し肉を作ってみせたら、『すごい! こんな美味しい干し肉初めてです! 教えることはもう何もありません!』って」


 授業料返してもらった方がいい案件ですね、それ!?

 何一つ身に付いてないじゃないですか!


 料理教室に匙を投げられたっぽいティアナさんだが、本人は至って満足そうだ。

 自慢の干し肉を食べやすいサイズに切り分けて、僕へと差し出してくる。


「食べてみてくれるかい?」

「では…………、美味しっ!?」


 干し肉というから硬くしょっぱいのかと思ったら、もちっとした食感の柔らかさで、一口噛むと肉の甘みが口の中に広がっていく。高級なステーキを頬張った時のような多幸感が口の中を埋め尽くしていく。


「美味しいですね、これ!」

「だろう? パティエもこの干し肉が好きでね。よく、私を嫁にしたいと言っていたものだよ。ふふふ」


 結局、新たな料理は覚えられなかったようだけれど、自分の得意料理が認められたことでティアナさんは自信を持ったようだ。

 この干し肉なら自信を持ってもいいと思う。お店が開けそうな美味しさだ。


「パティエたちはいつも褒めてくれていたけれど、仲間以外の人に受け入れられるというのは嬉しいね。ふふ、実はずっと緊張していたんだよ。美味しくないって言われたらどうしようって」


 安心したような顔で言うティアナさん。

 その感情には、僕も覚えがある。

 姉や両親、身内がどんなに「大丈夫」と言ってくれても、他人の目にどう評価されるのか不安な時がある。

 身内贔屓がことさら酷い家族だとは思わないけれど、それでも、やはり身内の評価は話半分で受け取ってしまう。

 そんな感覚なのだろう、ティアナさんにとっての仲間の評価というのは。


 その証拠に、ティアナさんは仲間の話をする時、すごくいい笑顔を見せる。

 仲のいい家族のことを思い出している時のように。

 トレジャーハンター時代の仲間がティアナさんにとって特別だということがよく分かる。


「また食べてほしいんじゃないですか? そんなに大好評だったなら」


 姉は僕が作る高菜のチャーハンが大好きだった。

 特別美味しいというわけではなく、よくある、平凡な――いや、平凡よりもちょっと劣るくらいのありふれた味だと思う。

 けれど、僕がそれを作ると姉は大袈裟なほど喜んで、その日は一日上機嫌だったりした。

 そんな姉を見るのが、僕は大好きだった。

 だから、隙あらば作っては食べさせていた。

 飽きもせず、毎回同じように喜んでくれるのが嬉しかった。


 だからきっと、ティアナさんも――


「あははっ……、それはちょっと、無理、かな」


 ティアナさんは寂しそうに笑った。


「私は、酷い人間だからさ……」


 唇からこぼれ落ちたその言葉が、僕には泣き声のように聞こえた。

 真意を確認しようかどうか逡巡する。そのわずかな間にティアナさんは表情を笑顔に戻し、次の話題へと移行する。


「あと、こっちのドライフルーツも好評だったんだよ。是非食べてみてよ。きっと美味しいから」


 ころころと笑って、黄色いドライフルーツを手渡してくる。


 可愛い子猫を見つけたのに手を伸ばす前にするりと逃げられてしまったような、なんとももやもやとした気持ちが残った。

 けれど、これは聞いてほしくないという意思表示なのだろう。

 追求はやめておこう。


「さっぱりした甘みで、美味しいですね。これはなんて果物なんですか?」

「テトーイの実だよ」

「聞いたことがない名前ですね。どんな果物なんです?」

「見た目はアパルパみたいでね、生で食べるとメルモミナみたいに酸っぱいんだ」


 くそぅっ、実質ノーヒント。

 僕はまだまだ、この『世界』の常識に疎いようだ。


「私のお弁当は以上だよ!」


 ぱんっと手を叩いてティアナさんは自信たっぷりに胸を張った。

 干し肉とドライフルーツ。

 きっと、長期間ダンジョンに潜る際の必需品なのだろう。なんとなくそんな気がした。


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