天職を辞したわけ -2-

「あ~、なんだろう。顔が熱いなぁ」


 くるりと背を向けて、手扇で顔に風を送るティアナさん。

 大いに照れるそんな姿に、少しきゅんとする。


「参考までに聞かせてくれないかな、その、所謂、トラキチ君の好みのタイプというものを。こ、今後のことを前向きに考えるにあたって聞いておきたいというか……純粋に興味がある、というか」


 これは、好感触――なんだろうな。

 真剣に考えて答えないと。


「そうですね。一緒にいて楽しい人で……」


 僕の望む結婚像は、笑顔が絶えない明るくて温かい家庭。

 一緒にいればいつだって楽しくて、何よりも大切だと思える尊い大切な存在。

 そんな時間を、空間を、空気を一緒に作っていける人。それが僕の理想のタイプだ


 けれど、それは相手と僕、双方の協力によって生み出されるものだ。

 お淑やかな人でも、溌溂な人でも、のんびりさんでもせっかちさんでも、それは可能に違いない。双方の気持ちが同じ方向を向いてさえいれば。


 じゃあ、家庭という場所を取り払って、相手の女性を個人として考えた時――僕はどんな女性に惹かれるのだろうか。


 思い浮かんだのは、僕が心から尊敬する大切な人の後ろ姿で……


「自分の人生に誇りを持っている人――ですかね」

「誇り、を?」

「えぇ。これまでの人生を決して恥じない。これからの人生を決して悲観しない。自分の人生を、胸張って『最高だ』って言えちゃうような、そんな女性に惹かれます」


 ずっとそばで見ていて、心底羨ましいと思った。

 僕もいつか、そんな風に自分の人生を誇りたいと思った。


「まぁ、これは……理想のタイプというより、憧れなんですけれど」


 ある意味で、僕の目標でもある。

 それを相手に求めるのは酷かもしれない。

 けれど、そんな人がいたら……きっと僕はその人に夢中になる。


「……誇り」


 呟いて、ティアナさんの腕が不意に腰へ伸びる。

 そして、その何もない空間を指が撫でてまた、はっと息をのむ。


 そして、唇を真一文字に結んだ。


「お話の途中、申し訳ありません」


 不意に、僕たちの間に声が挟み込まれた。

 振り返れば、大きなバスケットを両手にぶら下げたカサネさんがこちらを見ていた。


「ハーブティーが入りました。冷めないうちに、どうぞ」


 焚火のそばにハーブティーが並んでいた。

 たった今用意が出来たというには整い過ぎているその光景を見れば、こちらの話が一区切りするまで待っていてくれたことがはっきりと分かる。

 なら、早くいただかないと折角のハーブティーが冷めてしまう。


「いただきましょう、ティアナさん」

「……へ? あっ、そ、そうだね。ありがとう、相談員さん」

「いえ」


 いつものように、静かに微笑むカサネさん。

 振り返り、カップのそばに移動しようとしたら、カサネさんが六歩遠ざかっていった。

 焚火の温もりがギリギリ届くかどうかという付近に正座して、大きなバスケットを抱え込むように太ももの上に置く。


 ……あのバスケット、太ももガードなんだろうな、きっと。


 短い裾を補っているのだろう。……サイドから白い太ももがチラリしちゃってますけども。見なかったことにして、見ないことにしておきます。カサネさんの健気な努力を無下にするわけにはいかない。


「あ。カサネさん。砂糖、ありますか?」

「あ、そうでした」


 大きなバスケットで裾付近をがっちりガードしたまますっくと立ち上がり、大きなバスケットで裾付近をガードしたまますたすたと歩いてきて、大きなバスケットで裾付近をガードしたままシュガーポットを渡してくれたカサネさんは、大きなバスケットで裾付近をばっちりガードしたまま遠ざかっていって、大きなバスケットで裾付近をがっちりガードしたまま再び正座した。

 あの……いや、何も言うまい。


 何事もなかったかのような顔で何事もなかったかのように振る舞うカサネさんにはあえて触れずに、シュガーポットからライムグリーンの角砂糖を一つ摘まみ入れる。

 カサネさんが「……またっ」と、呟いたのだけど……『また』って、なんだろう?


「ティアナさん、砂糖使いますか?」

「ハーブティーに? 入れるものなのかい?」

「いえ、好みですよ」

「そっか……トラキチ君が入れているのなら、私も入れてみようかな」


 ぐっと体を伸ばして、向かいに座ったティアナさんが接近してくる。

 地面に手をついて四つん這いになって近付いてくる様を、真正面から見るのは……ちょっと照れる。なんとなく、距離が近い感じがして……


 砂糖を一つ摘まんで、自身のカップに入れ、一周かき回してから口へと運ぶティアナさん。

 直後に「あまー!」っと、ひと声叫んだ。


「トラキチ君は甘党なのかな。こういうのが好きなんだね」

「いえ、特に甘党というわけでは……これは、故郷の風習といいますか……」


 っていうと、日本のみなさんから批判が来るだろうか?

 ハーブティー無糖派の人もいるだろうし。

 けど、誰も聞いてないから、いいよね。


「ん?」


 ハーブティーのカップを置いて、ティアナさんがカサネさんの方へと視線を向ける。


「相談員さんも砂糖を使うかい?」

「え、いえ。お気になさらずに」

「全然飲んでないじゃないか。君も砂糖を入れるんだろう」

「……えぇ、まぁ」


 振り返ると、カサネさんは大きなバスケットを抱えたまま正座していて、ハーブティーには手を付けていないようだった。

 ハーブティーが大好きなカサネさんが。


「トラキチさんはこちらを見ないでください」

「はいすみません!」


 そうか、あの格好だから自由に移動できないんだ。

 シュガーポットは今ティアナさんの目の前だ。つまり、僕を通り越さなければいけない。

 僕を通り越すということは、バスケットで裾の前を隠しても後ろからは丸見えで…………僕のせいかっ!? カサネさん、申し訳ない!


「あの、僕っ、ちょっと向こうの方の偵察を――」

「いいよ、トラキチ君」


 腰を浮かせた僕を、ティアナさんの声が制止する。


「偵察に行った先でモンスターに遭遇したら、トラキチ君に勝ち目はない」


 うっ……おっしゃる通りです。

 ふらっと離れるだけで命を落とす危険もある。ここはダンジョンなのだ。


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