強くて弱い彼女 ティアナ・マッケンジー -3-
「きっかけは、アマーシアだった」
それはたしか、ティアナさんとパーティを組んでいたというキャットウーマンの女性の名前だ。おっちょこちょいな性格だったとか。
一体、そのアマーシアさんが何をしたというのだろうか……
「アマーシアは、トレジャーハンターとしては、正直、あまり褒められた人物ではなかった。能力が少々劣っていてね……注意力が散漫というか、大雑把というか、いい加減というか、危機管理能力が腐れ落ちているというか……」
凄まじい言われようだ……どんなおっちょこちょいをやらかしまくったんですか、その人は。
「戦闘能力は低いし、仲間を見捨てて一人で逃げるし、お宝をちょろまかすなんて日常茶飯事で、料理も出来ないし寝相も悪い。おまけに人の困った顔が大好きでしょっちゅう面倒くさいイタズラを仕掛けてきて、まとめ役のパティエに本気でブチ切れられて四度ほど命を落としかけたりするような娘で……」
デンジャラス!
何より身内がデンジャラス!
そんな凄まじい人たちとパーティを組んでいたんですね……
「けど、アマーシアは顔がよくて……女の私から見てもものすごく可愛くて、オマケに胸もぼぃーんと大きくて!」
……ティアナさん。『ぼぃーん』の手つき、やめてください。どう反応したものかと困ってしまいますから。
「ダンジョンの中ではなんんんんんにも出来なかった娘なのに、誰よりも早く……結婚をっ!」
「ご結婚されたんですか?」
「うん、……龍族の御曹司に見初められて」
おぉう、玉の輿。
龍族に嫁いだんですか。それは勝ち組ですね。
「それで、チーム内に不和が?」
「いや。アマーシアの結婚自体は、ただのきっかけに過ぎなかったんだ。私たちはトレジャーハントに夢中だったし、パティエ以外の二人は浮いた話すらなく、またその状況に焦りなど微塵も感じていなかったから」
パティエさんというのは、お姉さんポジションのまとめ役の人だっけ。
彼女には恋人がいたんだな。
そして、ティアナさんと、え~っと……理屈屋のケイトさんだっけ? ……は、別に恋人が欲しいとか思っていなかった。
うん。平和だ。
メンバーが一人減ったとはいえ、残ったメンバー間にはなんの問題もない。
「それで、アマーシアの結婚祝いに特大のトレジャーを贈ろうということになって、少々高難易度のダンジョンに挑んだんだ」
「まさか、そこで怪我を……?」
「いや。探索は困難を極めたが、私たちは無事にトレジャーを手に入れて生還した。怪我もなかった。ただ、時間がかかってしまった」
「結婚式に間に合わなかった、とか?」
「そもそも呼ばれていなかった」
呼びましょうよ、アマーシアさん!? 苦楽を共にした仲間でしょうに!
「そこで、新居にトレジャーを届けようと思ったのだが、誰も新居の住所を知らなかった」
教えましょう、アマーシアさん!
「仕方がないので、新居の情報を得ようとアマーシアの結婚式が行われたという教会へ向かったんだ」
そんな個人情報、教えてくれないような気がするんですが……
「門前払いだった」
ですよね!?
「次なる作戦を練るために、私たちは教会に併設されているラウンジへと向かったんだ……その時」
ぴたっ……と、ティアナさんの足が止まる。
つられて立ち止まり、二歩分多く歩いた僕はティアナさんを追うように振り返る。
ティアナさんの顔は幾分青ざめていて、苦しそうに歪んでいた。
拳が、強く握られている。
一体、何が……?
「教会で結婚式を挙げているカップルが目に入ったんだ。とても幸せそうに笑うその新郎は……パティエの彼氏だった」
……お、おぉう…………
「そ、それは……なんと言っていいのか……」
言葉に詰まる。
というか、言うべき言葉が見つからない。
しばしの沈黙の後、ティアナさんがダンジョンの壁に手を触れ、天井を見上げるようにして呟く。
「このようなダンジョンの創造主を、私たちトレジャーハンターは『魔神』と呼んでいる」
急にどうしたのだろうか。
話が随分と飛んだような……
「あの時のパティエの顔は、魔神そのものだった」
飛んでなかった、話。
「まぁ、ちょっと人には言えないあれやこれやがあって、パティエと彼氏は話し合いの場を設けたんだ。半月後に」
……それは、彼氏さんが退院するまでの期間、とかじゃないですよね? 気持ちを落ち着けるための冷却期間ですよね?
「会談は、筆談で行われた」
口の中切っちゃったんですかね!?
割と壮絶だったようですね、『人には言えないあれやこれや』!?
「そこでパティエが言われた言葉が……酷いものだった」
まるで自分のことのように、苦しげな表情を見せるティアナさん。
泣きそうとも違う、深く沈んだ表情で、その時の最悪の言葉を口にする。
「『お前もうババアじゃん。価値ねぇんだよ』――と」
それは、本当に最低の言葉で、又聞きしただけの僕ですら吐き気がするほど気分が悪くなる悪言だった。
それを、好きな人に面と向かって言われたパティエさんは、どんな気持ちだったのだろうか。
僕なんかには、想像もつかない。
「それから三ヶ月後、元恋人の退院を待って、正式に裁判が行われた」
入院が長引いてる……っ!
「本当に優しくて、穏やかで、面倒見のいいお姉さんだったのにな……はは…………価値がないとか……」
歪な弧を描く口元は、くだらない世間の価値観を嘲笑しているかのようだった。
確かに、若い女性の方がいいという男性は多くいるけれど、だからといって口にしていい言葉とそうでない言葉がある。
「そんな非常識なダメ男に残りの人生を預けずに済んだと、前向きに思ってもらえるといいんですが……」
僕には、「そんなクズと縁が切れてラッキーでしたね」なんて冗談でも言えなくて、そんな言い回しになってしまった。
何様だよ、会ったこともない人に、偉そうに――と、そう思ったから。
それでもティアナさんは、そんな僕に弱々しいながらも優しい笑みを向けてくれた。
「すべての人が君のようなら、この世界から悲しみなんてものはもっとなくなるのだろうね」
「そんなこと……」
この世界には悲しいことが多過ぎる。
こんな気休めみたいな安い言葉では到底補いきれないほどに。
「だから……なのだろうね。私も焦ってしまってさ……今になって必死になっているんだよ。料理を覚えたり、結婚相談所に登録したり……みっともないよね」
あははと、まるで自分を嗤うように口元を歪める。
ティアナさんが自分を恥じることなど、何もないのに。
そう思ったら、口から言葉が自然とこぼれ落ちていた。
「『私は自分の決断を決して恥じない』」
「……え?」
「『ぼろぼろに泣いている今の顔を、明日からまた性懲りもなく努力し続けるであろう自分を、私は、決してみっともないなんて思わない』」
「トラキチ……君?」
脳裏に刻み込まれた言葉。
僕が迷いそうになった時に、何度となく前に進む勇気をくれたその言葉を、ティアナさんに教えてあげる。
「『自分が幸せになるために努力する姿を、誰にも、自分にだって嗤わせたりしない』」
「…………」
「姉の言葉です」
言葉もなく、じっと僕を見つめるティアナさんに向かってそう言葉を追加する。補足だ。
僕が考えた言葉じゃないんです、残念ながら。
何度目かの玉砕をした時、姉がぼろぼろ泣きながら、でも決して俯かずに前を、上を睨みつけて言った言葉。それが、さっきの言葉だった。
ただの強がりで、負け惜しみで、泣いている自分への言い訳だったのかもしれない。
けど、僕にはそう言い切った姉がカッコよく見えた。
本当にそうなんだろうなって、思ったんだ。
「ぼろぼろになって、へろへろになって、くったくたになるくらい努力しないと手に入らないような、そんな最高の幸せだったんですよ、姉が欲していたのは。そんじょそこらに転がっているような、安易に手に入るような幸せじゃ満足できない人でしたから」
美味しいデザートやご褒美旅行みたいな、手軽に味わえる幸せもきっと素晴らしいことなのだろう。
けれど、何十億の中のただ一人。たった一人の人間の愛情を独占したいというのは、難関大学に合格するよりも、トップアイドルになって脚光を浴びるよりも、高額宝くじに三年連続当選することよりも難しい――ことがある。
そんな途方もない幸せを欲していた姉は、敗北を、傷付くことを、みっともないなんて思わなかった。
僕も、姉をみっともないなんて思ったことはなかった。
「打ちのめされても、這い蹲って這い上がって、結局姉はその幸せを手に入れましたから。努力は尊いですよ。僕はそう思います」
報われないことだってある。
けれど、だから努力をやめるなんて選択肢は姉にはなかった。
報われないことが千回続いても、たった一回報われたのなら、姉の努力は何一つとして無駄ではなかったのだろう。
「だから、ティアナさんは全然みっともなくなんてないです。むしろカッコいいですよ。何かを得るために努力できる人は。新しい扉を開いて、そこに飛び込んでいける人は。カッコいいです」
知らないことを始めるのはとても勇気と体力と精神力が必要になる。
それを始められたのだから、ティアナさんが恥じることなんか何もない。むしろ誇るべきことだと思う。
「努力ってすごいんですよ。結果が出るまで、いつまでもし続けられるんですから」
誰かに邪魔されることも、止められることも、続けることを咎められることもない。
一生だって続けることが出来る。
「それって何気にすごいことだと思いませんか?」
「ははは……、ポジティブだね、君は」
「姉の影響です、きっと」
姉は特別美人だったわけではない。スタイルが抜群だったわけでも、頭脳明晰だったわけでもない。料理も掃除も裁縫も最初は何も出来なかった。歌と運動は平均以下だった。
けれど、姉は努力をした。
必要だと思うことは、本当に必要なのかにかかわらず、なんだって習得しようとした。
誰に言われるでもなく、自発的に、そして自分が納得できるまで努力し続けて、姉はついに一番欲しかった幸せを手に入れてみせた。
努力をすれば報われるのだということを、僕に証明してみせてくれた。
「努力は報われるって知っていたら、努力するのが楽しくなるでしょ?」
正しいかどうかも分からずにもがくのは苦しいけれど、それが正しいと確信できるのであれば、人はそれを続けられる。はじめの一歩を踏み出せる。
「だから僕はラッキーなんですよね。いい姉に恵まれて」
「では、私もラッキーなのかもしれないな」
笑みを浮かべた後で、少しだけ真剣な表情を見せて、ティアナさんは僕に言った。
「君に出会えて」
そして、照れくさそうに頭をかいて「ははっ、……なんてね」と照れ隠しにおどけてみせた。
その表情は、先ほどよりも少し柔らかくなっていた。
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