強くて弱い彼女 ティアナ・マッケンジー -1-

 快晴。

 真冬の寒さの中にあって木漏れ日の暖かさが肌に心地いい、よく晴れた日の朝。

 大きなリュックに、いつもよりも動きやすいスポーティーな格好をして、年甲斐もなくふわふわ浮き立つ心で集合場所へとやって来た僕が連れてこられた場所は――



 ダンジョンだった。



「えぇぇ……」

「こちらは、初心者向けのダンジョンで、『迷いの迷宮』と呼ばれています」

「呼ばれちゃってるんですか……」

「はい。本日は、ここでピクニックを行いたいと思います」

「えぇぇ……」


 大きめのバスケットを両手で持って、つばの大きな帽子を被ったカサネさんが、「これから高原に向かいますよ」とでも言わんばかりの爽やかさで告げる。

 というか、つば広の帽子要らないでしょう……ダンジョンの中、日差し入ってきませんし。

 いや、メッチャ似合っていて可愛いんですけども。


「行ったことのない場所がいいとおっしゃっていましたので」


 確かに一度も足を踏み入れたことはないですけども……今後も二度と踏み入れる予定もないんですよねぇ、ダンジョン。


「ちなみに……モンスターとかは……?」

「それは大丈夫です」


 僕の不安を取り除くような笑顔を浮かべて、カサネさんが断言してくれる。


「強過ぎず弱過ぎない、頃合いのモンスターばかりが出現すると評判のダンジョンです」

「弱過ぎていいんですよ!? いや、むしろ出なくていいくらいなんですけども!」


 僕、このあとの生涯を通して「ちっ、手応えのねぇダンジョンだぜ」とか絶対言わないですから! そんなワイルドな人生を送る予定、皆無ですからね!?


「あはは。本当に小動物みたいだね、君は」


 慌てふためく僕を見て、バカにするではなくその滑稽さを笑っている快活そうな女性。

 彼女が、本日の僕のお見合い相手、元トレジャーハンターのティアナ・マッケンジーさんだ。


 赤茶けた長い髪を右側のサイドで結び、肩口に垂らしている。結び目には大きな黄色い花の飾りがついている。

 左側には前髪を垂らしていて、左の目元付近までを覆い隠している。

 ふわりとしたワンピースドレスの上にストールを巻き、腰には真ん丸いフォルムの道具入れがぶら下がっている。ウエストポーチというより道具入れと呼ぶ方が相応しい、革製の丈夫そうな入れ物。ダンジョンに向いていそうなのはその道具入れくらいなもので、それ以外は高原のピクニックに行くようなオシャレな軽装だ。全体的にひらひらしている。


「あの、ティアナさん」

「何かな、トラキチ君」


 ティアナさんは先ほど、僕を一目見るなり「本当だ! すごく可愛いな!」と発言し、問答無用で僕の頭を撫でまわしてきた。

 ……「本当だ」って。カサネさん、僕のことどんな風に紹介したんですか?

 それ以降、ティアナさんは僕に対し弟にするかのような態度で接してくる。

 悪意はないようなので構わないんですが……


「抱っこかい? 構わないよ。ほれ」


 ……ちょいちょい、ペット扱いが混ざってる気がするんだよなぁ……気のせいであると思いたい。


「いえあの、そうではなくて」


 抱っこは固辞し、不安要素について質問をしておく。


「そんな軽装で大丈夫な場所なんですか、ここは?」


 ティアナさんの格好は、モンスターがうろつくダンジョンに潜るような装備ではない。

 軽装というレベルでもない。オシャレな街でウィンドウショッピングでも楽しみましょうかって雰囲気のオシャレ着だ。

 ダンジョンよりも、駅前の待ち合わせ場所に立っている方がはるかに似合う風貌だ。


 ということは。

 そんな装備でこのダンジョンに来ているということは。

 このダンジョン、モンスターはいるにはいるけれど、駅前のハトのように人間が近付けば怖がって逃げていく、そんな気の弱いモンスターばかりなのかもしれない。

 そんな期待を込めてティアナさんの返答を待つ。


「ん~……さすがにこの装備だといろいろ厳しいかもしれないな」


 儚い願いが砕け散った……厳しいんだ。


「けど、今日はほら……お見合い、だからね」


 照れて、後ろで手を組んでつま先でもじもじ地面に文字を書いたりして、とても可愛らしいところ悪いんですけど、命の危機ですよね!? 「まぁ、可愛い」とか言ってる場合じゃないですよね!?


「けどまぁ、引退したとはいえ、私も熟練者だ。こんな初心者向けのダンジョンで後れを取ったりはしないよ。安心してくれたまえ」

「たまえと言われましても……たまいたくても、たまいにくいんですよね……」

「ふふふ。臆病だな、トラキチ君は。そういうところも興味深い」


 なんだか知らないけれど、随分と気に入られているようだ。

 僕も、ティアナさん自身に不満なところは、今のところないんだけど……行き先が不安でそれどころじゃないんだよね……


「一応、護身用にこれをプレゼントしておこう」


 そう言って、ティアナさんが革のケースに入った小さなナイフを二つ差し出してきた。

 僕と、カサネさんの分だ。

 こんな小さなナイフでモンスターに対抗できるとは思えないが……ないよりははるかにマシだ。まず心持ちが変わる。……丸腰は不安過ぎる。


「では、ありがたく頂戴します」

「あはは。堅いって。安物なんだからもっと気軽でいいよ。ほら、相談員さんも」

「いえ。相談員は相談者様から贈り物をいただくわけにはいきませんので」

「いや、これはもらっておきましょう!? 命にかかわることですし!」


 まさか、こんな場面でも相談員ルールが適用されるとは。

 とても難色を示すカサネさんだったが、「じゃあ、借りるということで」という僕の説得で、ようやくナイフを受け取ってくれた。


 おかしい……

 楽しいピクニックのはずだったのに、なぜこんな苦労をしているんだろうか、僕は……


「ところで、カサネさんってダンジョンに潜ったことはあるんですか?」

「ありません」


 でしょうね。

 一度でもダンジョンに潜ったことがあったら、きっとそんな両手が塞がるような大きめのバスケットは持ってきませんよね。


「もしモンスターが出たら私がなんとかするから、トラキチ君はなんの心配もせずにピクニックを楽しむといいよ」


 それが出来ればどんなにいいでしょうか。


「さぁ、行こう! いざ、ピクニックへ!」


 一人張り切るティアナさん。なんだかとても楽しそうだ。


「ハーブティーを持ってきましたので、いつでも言ってくださいね」


 訂正。

 カサネさんも楽しそうだ。

 ハーブティー持ってきたんだ……ポットかな?

 まさか、ダンジョンの中でお湯を沸かすとか言い出さなければいいけれど。だって、ダンジョンって洞窟だから換気が……あれ? 大丈夫なのかな?


 なんにせよ、僕以外の女性二人は非常に前向きなようだ。

 僕がビビり過ぎているだけなんだろうか?

 いや、でも、モンスターが出るんだよ?

 せめて、一度帰って装備品を整えさせてもらいたい。……まぁ、ロングソードとか鋼の鎧とか、今の僕に扱えるとはとても思えないけれど。


「地下五階層に泉の湧く広場があるんだ。そこを目指そう」


 ティアナさんが先頭に立ち、ぽっかりと口をあけるダンジョンの入り口へと進む。


「その泉の水は飲めるのですか?」

「あははっ、まさか。飲んだら即死だよ」


 ……楽しげな会話風に、なんて恐ろしい情報をもたらすんですか。

 飲めば即死の泉のほとりでピクニックって……


「じゃ、死なないように気を付けて、楽しいピクニックに出発だ!」


 腕を振り上げて先を進むティアナさんの後を追いかける。

 お見合いだからだろうか、僕を先に行かせようとするカサネさんをなんとか先に進ませる。

 いくら初心者向けとはいえ、そして僕がどうしようにもなく役に立たないのは承知の上で、それでもカサネさんに殿しんがりを任せるわけにはいかない。

 それくらいのことは、僕にだって分かる。


 ……とはいえ、泣きそうになるくらいに怖い。

 どうか、凶悪なモンスターに遭遇しませんように。



 ものっすごくびくびくしながら、僕は人生で初のダンジョンへと足を踏み入れた。






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