お揃いのハーブティ -2-
「ところで」
話題の転換です。
本日は、この次のお見合いの打ち合わせをするために、わざわざトラキチさんにお越しいただいたのです。ハーブティーに砂糖を入れるかどうかなど、そのような雑談をしている場合ではないのです。
心なしか、いつもよりも甘く感じるハーブティーを一口飲んで、本来の目的である打ち合わせを始めます。
初回、前回と、どちらも先方のご要望によりお店を決定いたしました。
今回は、トラキチさんの好みに合わせようかと思っています。
そのためにも、トラキチさんは何が好物なのか。どのようなものに興味を惹かれるのか。
そのあたりのことを伺いたいと思います。
「トラキチさん。ご趣味は?」
「え、予行練習ですか?」
そういうわけではないのですが。
なんだかそのような雰囲気になってしまいました。
難しいですね、相手を知るということは。
ここはもう、単刀直入に尋ねてみることにしましょう。
「次回なんですが、どこか行きたいところはありますか?」
お肉が美味しいお店でも、お魚が美味しいお店でも、はたまた野菜やフルーツが美味しいお店でも構いません。
指定のお店がなければ、条件に合うお店を私が探し出してみせます。
「どんなところでも、構いませんか?」
「はい。可能な限りご希望に沿うようにいたします」
「じゃあ……」
そうして、トラキチさんは遠慮がちにご自身の希望を述べられました。
「ピクニックに行きたいです」
また、なんて可愛い回答を……
「ピクニック、ですか?」
「はい。お互いにお弁当を持ち寄って、おかずの交換とかして」
この上もなく楽しそうに、そんな展望を語ります。
身振り手振りを交えて、それが如何に素晴らしいかを説くように。
「お弁当なら、お互いの家庭の味も分かりますし、きっとその人の人となりも表れると思うんですよね。見た目にこだわる人なのか、味にこだわる人なのか、もしくは豪快に何も気にしない人なのか」
「お料理が苦手な方でしたら、どうしますか?」
「下手なら下手でいいんです。下手なのをカバーしようと努力するのか、開き直るのか、なんとか誤魔化そうと躍起になるのか……ウチの姉も、実は料理はそこまで得意じゃなかったんです」
ふと、トラキチさんが遠くを見つめます。
ご家族のことを語られる時は、いつもこのような表情をされています。
ここではない、どこか遠くを眺める、……少しだけ寂しそうな笑顔。
「僕も、一度お弁当を作ってもらったことがあるんですけど……ふふふ」
「どんなお弁当だったんですか?」
「ご飯とお肉でした。味のない」
「味のない……お肉、ですか?」
「はい。で、カバンの中から大量の調味料が。瓶ごと」
「瓶ごとですか?」
「えぇ。焼肉のタレにゆずぽん、おろししゃぶしゃぶのタレ、わさびマヨネーズ、辛味味噌、梅肉ドレッシング……などなど」
指を折り、無数の調味料を羅列するトラキチさん。
その顔が、どんどん明るく楽しげに変化していきました。
「『お肉は何をかけても美味しい』というのが姉の持論でして。『おかずは一種類だけどいろんな味を楽しめる、こんな豪華なお弁当はないでしょう?』って、帰ってから自慢げに言われました」
なんともシンプルで、悪く言えば手抜きのような内容であったようなのですが、トラキチさんはその時のお弁当を、とても好意的に記憶しているようで――
「ちょっと恥ずかしかったんですけど、クラスですっごいウケて、僕もすっごい笑って、……で、悔しいかなこれがまた美味しくて。最高のお弁当でしたね」
――技術ではなく、想いがトラキチさんを満たしたのだろうなと、そんな推測が容易に出来ました。
「分かりました。先方の方にお伝えしておきましょう」
「あ、でも、ピクニックとか嫌がられますかね?」
「それを嫌がらない方をお選びします」
こんなに素敵な提案に忌避感を覚えられる方は、おそらくトラキチさんとは相性がよくない方なのでしょう。
トラキチさんは独特ではありますが、とても穏やかでおおらかで、折に触れて可愛らしい。そんな素敵な男性です。
彼の魅力を理解できないという女性は少なからずおいででしょう。
けれど、それを理由にトラキチさんが性格を変える必要はないのです。
トラキチさんの魅力に気付かれる女性もまた、少なくない数存在するでしょうから。
「それじゃあ、行き先は相手の方の好きなところにしてください」
「どこかご希望はないんですか?」
「僕、この街のことまだあまり知りませんから。知らない場所に行けるのも楽しいですし」
なるほど。
見聞を広めるためというのは分かります。
けれどおそらく、ピクニックというご自分の意見を押し通したから、せめて行き先は相手の好きな場所へという配慮なのでしょう。
そんな、さりげない気遣いが、なんともトラキチさんらしいなと私は思うのでした。
「分かりました。では、お相手の選考が済みましたらまたご連絡差し上げます」
「よろしくお願いします」
それからしばらく打ち合わせとも雑談とも取れる会話をし、ハーブティーを飲み干したところで、トラキチさんは席を立たれました。
トラキチさんを見送り、再び自席に戻って登録者リストを引っ張り出してきます。
ピクニックが好きそうで、トラキチさんの好みに合致する女性。
それでいて、第三者視点で見た時にトラキチさんとつりあいの取れる女性を探します。
トラキチさんの好みは、強い人、頼れる人、面白い人、一緒にいて飽きない人。
好奇心旺盛でありながらどこか抜けていて、少し臆病な、まるで小動物のようなトラキチさんらしい理想像です。
そして、トラキチさんが行ったことがないような場所に連れて行ってくれるような女性……
「あ、この人はどうでしょうか?」
とある女性に目が留まりました。
この女性なら、トラキチさんが絶対に赴かないであろう場所に案内してくれそうです。
「かつて、攻略不可能と言われた『火龍の谷』に潜入してお宝を手に入れたことがある最高ランク冒険者集団の一人、元トレジャーハンターで、好きな場所はダンジョン――よし、この人に連絡してみましょう」
そうして、次のお見合い相手は決定したのでした。
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