三章
お揃いのハーブティ -1-
カウンターに座りながらも、相談者様がいない時はつい手を太ももと椅子の間に挟んでしまう。そんな、寒い朝。
薪ストーブが懸命に室内の温度を上げようと努力していても、ずっと座りっぱなしの体はどんどん冷えていきます。
体でも動かしていれば、多少は寒さを誤魔化せるのかもしれませんが……
「寒いですね」
二の腕をさすりながら、トラキチさんが背中を丸めています。
毛布を……いや、それをしてしまうときっと連れ帰ってしまうでしょう。我慢です、トラキチさん。私も我慢しますから。
「温かいハーブティーをいれますね」
「助かります」
席を立ち、給湯室へ向かう私を、トラキチさんは見送ってくださいます。
その視線を感じつつ、私の足取りは心なしか軽やかになっていきます。
というのも、今日の私はいつもと一味違うからです。
毎度毎度わざとか無意識かは分かりませんが、ハーブティーを飲む度に私を微妙な気持ちにしてきたトラキチさんですが、今回ばかりは違います。違うはずです。
……ふふふ。
今日、私には勝算があるのです。
温かいハーブティーをいれ、いつものシュガーポットを添えてトラキチさんへお出しします。
いつものようにいそいそとシュガーポットの蓋を開けて嬉しそうに中を覗き込むトラキチさん。
けれど、いつものようにはいきませんよ。そのために、私はきちんと対策を立ててきたのですから。
備えあれば憂いなしという言葉があります。きちんと備えをしてきた私は、心にゆとりを持って、オモチャ箱を覗き込む子供のようなトラキチさんを見つめていました。
カラフルな角砂糖を眺め、そしておもむろに取り出した角砂糖を自慢するように私に見せつけてきます。
「見てください、カサネさん! こんな模様の角砂糖がありましたよ!」
自慢げに掲げられたその角砂糖は、緑と茶色と黒が絶妙に入り混じった、迷彩柄でした。
角砂糖にはあるまじき派手さ。必要のないカラフルさ。苦労して生み出すその労力に見合うほどの何かが存在するとも思えない、存在意義を問い質したくなるような、あり得ない、あるはずがないと思っていた柄。
知らず……私の頬が引き攣りました。
「今日はこれにします」
……なぜそれにするんですか。
…………なぜなのでしょうか。
………………なぜあなたはいつもいつも……
「迷彩柄なんて、こっちの『世界』にもあるんですね」
「えぇ、ありますよ。割とポピュラーでファッションにも多く取り入れられています。無論下着にもです。それを好む女性も多いのだそうですよ、私にはよく分かりませんけれどもね」
「えっと、カサネさん? ……なにか、怒って……ます?」
「いいえ、特には」
なんなのでしょうか、まったく。
なぜ引き当ててしまうのでしょうか。
これまで、一度だってそのような柄を選んだことはなかったでしょうに。
というか、そんな柄の角砂糖、今初めて見ましたよ。
トラキチさんに勝つためには、さらなる対策が必要なようです。……まったく、トラキチさんは……まったく。
人がせっかく、休日を潰してまで買いに行ったというのに。
普段手に取らないような柄ゆえに、相当な恥ずかしさを味わい、レジに持っていく際にはかなりの勇気を要したというのに……まったくの無駄骨ではないですか、もう!
ささくれ立ってしまった心を鎮めるために、私のティーカップにも角砂糖を一つ入れます。
白です。普通の角砂糖です。無駄な着色などしていない、ノーマルな角砂糖です。
砂糖なのだから白でいいのです。それなのにわざわざ、狙い済ましたように迷彩柄を選ぶだなんて、トラキチさんはまったく……
「あれ、カサネさん?」
「なんでしょうか」
「砂糖」
「……はい?」
「入れるんですね」
カップの中身を掻き回すティースプーンを持った手が止まります。
ハーブティーが波打ち、私の心もにわかに波を立たせます。
……真似していると、思われたでしょうか?
なんだか、無性に恥ずかしくなってきました。
最近は、もっぱら砂糖ありのハーブティーを嗜んでいたもので、ついいつもの調子で角砂糖を入れてしまいましたが……トラキチさんの前で砂糖を入れるのは、これが初めてでした。
「いえ……あの、これはその……」
鼓動が速くなります。
何か弁明をと思うのに、言葉がうまく出てきません。
違うんです。
真似をしたわけではなくて、私も遅まきながらに砂糖入りのハーブティーの魅力に気が付いただけで……あぁ、それでは結局トラキチさんの真似をしていることの否定にはなりません。
別にトラキチさんでなくても、他の誰かがそうしていたとしても、私は砂糖を入れてみるというチャレンジ精神を刺激されきっと同じ結論に到達していたことでしょう……いえ、それはさすがに感じが悪いですね。トラキチさんを非難したいわけではないのですから、トラキチさんを否定する意味など皆無なのです。
事実、トラキチさんがそうされていたから、私は試してみようという気になったわけで…………改めてそう考えると、恥ずかしさが倍増しました。四倍増です。
顔が熱いです。
薪ストーブが頑張り過ぎているようです。消した方がいいのではないでしょうか?
そうして、私が「たまたまです」と誤魔化すべきか、「何か問題でもありますか?」と開き直るべきか、「今巷では砂糖ありが流行っているんですよ」と嘘を吐き通すべきかを考えていると、トラキチさんは嬉しそうににこ~っと笑って、両手でカップを包み込み――
「お揃いですね」
――と、幸せそうな表情でハーブティーに口を付けました。
……そう、ですね。
えぇ、はい。
この状況は、客観的に見ると、そうとしか言いようがないですね。
おっしゃる通りです。一分の隙もなく。
なので、肯定をしておこうと思いました。
「……はい。お揃い、ですね」
なぜでしょう。
なぜ、こんなに恥ずかしい気持ちになっているのでしょう。
イタズラしようとしているところを見つかったかのような、人に言えないヒミツを知られてしまったかのような、この恥ずかしさは、一体……
悪意満載な所長のモノマネをしていた同僚の女性が、その直後背後からまさかのご本人様登場で真っ青な顔をされていましたが……あの時の彼女の気持ちは、このような感じだったのでしょうか?
……いや、たぶん違いますね。
彼女の顔は青かったですし、今のわたしの顔は…………たぶん、真っ赤です。
「今日は暑いですね」
「え? いや……結構寒いと思いますけど……」
「ハーブティーは温まりますね」
「それは、はい、そうですね」
ハーブティーのせいでしょう、今、私の顔が熱いのは。
きっとそうに違いありません。
ハーブティーに角砂糖を入れていることがバレるよりも、今日の下着の色を当てられる方が恥ずかしいに決まっています。
ですから、今私がアレ以上に恥ずかしがる理由などないのです。
以上の理由により、私の顔が熱を帯びているのはハーブティーの影響です。
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