仮装祭りに集う縁~トラキチ&カサネ~ 後編
★★トラキチ★★
大通りは、すごい人出だった。
人の多さはハロウィンというよりも、初詣のようだ。
あぁ、祇園祭がこんな感じだったかな。
それにしても……
「みんな、すごく凝った仮装をしてるんだなぁ」
大通りに集まっている人は、みんな個性的な格好をしていて、眺めているだけで楽しい気持ちになってくる。
ふと見ると、上半身が銀色のオオカミになっている男の人が大通りで女の人をナンパしていた。
……すごい。特殊メイクかな? 本物のオオカミみたいだ。
とか思っていると、その向こうをとても大きなロボットが通り過ぎていった。
ロボット!?
全身メタリックなシルバーで、4~5mはあるだろうか。
気になるのは、そのロボットがひらひらしたワンピースのようなものを身に纏っていることと、頭にかんざしのようなものを貼りつけていること。
なんだろう……女性ロボなのかな?
あと、指先にカエルが張りついてるけど、気付いてるのかな?
「ホント、いろんな仮装がありますね」
様々な仮装に感嘆の息を漏らして師匠たちの方へ振り返ると――師匠たちがいなかった。
はぐれた!?
しまった……
チロルちゃんに「人がたくさんいるから、はぐれちゃダメだよ~」とか言った張本人がまんまとはぐれてしまった!?
まいったなぁ。
これだけの人出じゃ、師匠たちを探すのも一苦労だ。というか、もう不可能なのでは?
不安が胸に広がっていく。
あれ?
もしかして、今、僕……泣きそうになってる?
どうしよう……どうしよう、どうしよう……
いっそのこと泣き出して「し~しょ~!」と叫べば見つけてくれそうな気もしないではないけれど……そんな時に限ってカサネさんに出会いそうな気がするっ!
よし、落ち着こう。
カサネさんの顔が脳裏に浮かんで、ちょっとだけ落ち着いた。
さすがカサネさん。この場にいなくても僕の心の安寧を守ってくれる。
そうして落ち着いた時、こんな会話が耳に飛び込んできた。
「わたしとお揃いの仮装ですね。ルーガルーですか?」
「わんわんだお!」
この声は、チロルちゃん!
人混みをかき分けて、声がした方へ向かうと、チロルちゃんが三人の女性に囲まれて犬尻尾を自慢していた。
「チロルちゃ~ん!」
「あ~! とら~!」
「よかった! 僕、迷子になっちゃって、ちょっと泣くかと思ったよ」
「よしよし、とらには、チロルがついてるからね~」
「なんか、反対じゃないカナ? この光景」
「いえ、妙にしっくりきていますし、彼らの関係はこれで正しいのでしょう」
太い尻尾を生やして、ふやけたお餅みたいなものがついた棒を無数背負った小柄な女の子と、スレンダーなプロポーションにドキッとさせられる白い仮面をつけた女性が僕を見てそんな会話をしている。
いけない。まずは、チロルちゃんを見つけてくれたお礼をしなくては。
「あの、ありがとうございました」
「いえ。わたしたちは何もしていませんよ」
そう言って微笑みかけてくれたのは、ツーサイドアップにした栗色の髪がよく似合う、息をのむほどの美少女だった。
そんな美少女が、犬耳をつけている。
犬耳美少女だ!
「これが、今日本で一番人気があるアニメのヒロインです」と言われても納得してしまいそうな完璧な造形美。
萌え要素の詰め合わせ。全部乗せ。欲張りセット!
思わずガン見してしまうという失礼を働いてしまった。
――と、犬耳美少女が僕を見てにっこりと笑みを浮かべた。
両手をパンと鳴らして、晴れやかな声で言う。
「参拝者ですね」
アレ、僕もしかして初詣の行列に迷い込んでる!?
ハロウィンというより初詣っぽいなぁ~って思ったけど、まさか!?
「ちがうよ~! とらはね、さんぱいしゃじゃないんだよ~」
チロルちゃんが僕の前に立って、犬耳美少女に言う。
両手を振り振り、僕の仮装について説明をする。
「とらのかそうはね、ふるいオケツマシーンなんだよ!」
「『旧
衝撃の事実!
僕の吸血鬼の仮装は古いオケツマシーンだと思われていた!
って、古いオケツマシーンってなに!?
「……むにゅ」
僕の渾身の訴えには反応を示さず、チロルちゃんがふらりと体を揺らす。
「あれ? 眠たくなっちゃった?」
「……ぅん」
僕のマントをぎゅっと握って目を擦るチロルちゃん。
これはマズい。
眠ったチロルちゃんを背負いながら師匠たちを探すのは難しい。
きっと、チロルちゃんとはぐれてすごく心配しているだろうし、先に工房に連れて帰るのも気が引けるし、その後チロルちゃんを残して師匠たちを探しに戻るのも心配だし……
「あぁ、どうしよう……」
「なんだか、お困りなの」
「エスカラーチェさん。なんとかなりませんか?」
「やってみましょう」
仮面の女性がフラッと人混みの中へと紛れ込み、姿を消す。
そして、一分ほど経った頃――
「ご両親を見つけてきました」
「おぉ! トラ! チロル~!」
「よかったわぁ、二人とも無事で」
――師匠とセリスさんを連れて戻ってきた。
すごいですね、仮面の人!?
えっ、僕師匠たちの特徴話してませんよね!? どうやって見つけてきたんですか!?
「あ、あの……」
「エスカラーチェさんは、すごい人なんですよ」
「は、はぁ……」
なんだか、それ以上深く突っ込んではいけない気がして、僕は素直にお礼を述べるに留めた。
「本当にありがとうございました」
「いいえ。困った時はお互い様です」
「何かお礼を」
「お気持ちだけで十分ですよ。では、仮装祭りを楽しんでくださいね」
ぺこりと頭を下げて、犬耳美少女は仮面の女性と溶けたお餅のオブジェを背負った少女と共に人混みの中へと消えていった。
不思議な人たちだったなぁ……
「トラ、悪い。チロルが寝ちまったから俺たちは先に帰るぞ」
「じゃあ、僕も」
「トラ君はいいの。折角のお祭りだもの。もう少しぶらぶらしてくるといいわ。チロルが起きた時に食べられる甘いお菓子を買ってきてくれると嬉しいわ」
そう言って、お小遣いを握らせてくれる。
まぁ、今みたいな出会いもあるし、一人でもう少しお祭りを楽しむのもいいかな。
「では、お言葉に甘えて」
「おう。気を付けてな」
師匠たちを見送って、僕は一人、不思議な人でごった返す大通りを歩き出した。
☆☆カサネ☆☆
所長とはぐれました。
……強引に連れ出しておいて、迷子になるとは。どういう大人なんでしょうか、あのお子様は。
大通りの人出に疲れて、近くのお店で一休みしているのではないかと、いくつかの店を覗いて回ったのですが、どれも空振りでした。
午前中までという約束でしたが……
「もうすぐ日が暮れますね」
せめて見つけてから「帰ります」と宣言して帰路に就こうと思ったのですが……もういいでしょうか?
明日、職場で「日暮れまで探しました」と訴えれば叱責されることもないでしょうし、奇っ怪な制服が導入されることもないでしょう。
「ではせめて、夕飯になりそうなものを買って帰りましょうか」
ずらりと並ぶ出店は、軒先に明かりを灯し薄暗くなった道を煌々と照らします。
こうして眺めると、なんだか幻想的ですね。
……まぁ、この光景が見られただけでもよしとしましょうか。
本当は、トラキチさんの仮装を見てみたかったのですが……
「あれ。カサネさん?」
「へ?」
トラキチさんの顔を思い浮かべた直後、トラキチさんの声が聞こえて思わず声が漏れました。
振り返ると、黒いマントとシルクハットを纏ったトラキチさんがいました。
……おや?
犬耳と首輪のはずでは?
「あれ? 仮装祭り……です、よね?」
私とトラキチさんは互いの姿を見て、ほぼ同時に小首を傾げ合いました。
こてんと、互いに右側に。
「あの、カサネさん。仮装は……」
「あ、分かりますか? 仮装は初めてですので、あまり上手ではないかもしれませんが」
「してるんですか、仮装!?」
していますが?
見てください、このメガネを。
くいっ!
「えっと……メガネっ娘の仮装、とか?」
「いえ、副所長の仮装です」
「身内!?」
「いえ、上司ではありますが血縁関係にはありません」
決して身内ではありません。
とても頼りになる上司ではありますが。
「それはそうと、トラキチさん。首輪を買っていませんでしたか?」
「あぁ、それならチロルちゃんがつけていましたよ。カサネさんにも見せたかったです。とっても可愛い犬っ子だったんですよ」
えぇ、見てみたかったです、とっても可愛い犬っ子になったトラキチさんを。
「チロルさんは?」
「寝ちゃったので、もう帰っちゃいました」
「……ということは、今は首輪が空いていますよね?」
「は?」
借りてきてつけるというのはどうでしょうか?
というか、二つ買えばよかったのではないでしょうか?
もしかして……
「お一人様一つ限り、だったのですか?」
「何がでしょうか?」
手に持っているフランクフルトを見て、「これですか?」とおっしゃるトラキチさん。
それではありません。首輪です。
もうこの際、なんの仮装でもいいので首輪だけつけていただけないでしょうか?
「トラキチさんの仮装……」
それは、先ほどトカゲのしっぽ亭にいた男性店員さんと似た衣装で、その方に伺ったので存じ上げているのですが、トラキチさんも同じ仮装をされているのでしょう。
「参拝者ですね」
「えっ、この『世界』ではこういう格好で初詣する風習があるんですか!?」
『はつもうで』というものに聞き覚えはありませんが、おそらくこの『世界』にはない風習でしょう。
どうやら、あの彼とは別の仮装なようです。
「なんの仮装なのですか?」
「これは、吸血鬼です。美女の生き血を吸う怖いモンスターなんですよ」
両手を広げて「がおー」と言うトラキチさん。
なんですか、その可愛い仕草は。
首輪の出店がないか探しに行きそうになってしまったではないですか。
「カサネさんはどなたかと一緒なんですか?」
「相談所の所長と……強引に連れ出されたのですが」
すっかり忘れていましたけれど。
「午前中にはぐれて、ずっと探していたにもかかわらず見つからないのでもう帰ろうかと思っていたところです」
「え、それじゃあ、あんまり出店見られてないんじゃないですか?」
「そうですね」
大通りを歩いた時も、出店ではなく人混みを見ていました。
「それじゃあ、帰る前にちょっと見て回りませんか?」
「……よろしいのですか?」
「はい。カサネさんがよければ、是非」
なんということでしょう。
そんな予定などなかったというのに、期せずしてトラキチさんと仮装祭りを回ることになりました。
トラキチさんが首輪をつけていなかったことだけは残念ですが――
「では、よろしくお願いします。トラキチさん」
――その夜、私はとても楽しい時間を過ごしました。
所長が強引に連れ出してくれたから、と言えなくもないので。明日の朝に伝えようと思っていた苦情は四割減させることにしました。
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