挿話

仮装祭りに集う縁~トラキチ&カサネ~ 前編

★★トラキチ★★


 仮装祭りの日の朝。

 僕は多少の緊張感を持って、自室を出た。


「とらー! わんわんだお!」

「え……どこで覚えてきたの、その奇妙な鳴き声」


 告知通り、犬耳、犬尻尾、そして首輪をつけた『わんわんチロルちゃん』がリビングで僕を出迎えてくれた。

 犬っ娘、可愛い。


「チロルちゃん、世界一可愛い」

「だろぉ? さすが、分かってるなぁ、トラ!」


 大きな声に振り返ると、頭に禍々しい角を生やし、口から鋭いキバを覗かせた紫色の師匠がいた。


「……魔神、ですか?」

「バッカ、お前。これはどっからどう見てもダークドラゴンだろうが!」


 ダークドラゴン!?

 なんですか、その拗らせた中学生が好きそうなチョイスは?

 師匠って、あれですか? 旅行とか行ったら、龍が絡みついた剣のキーホルダーとかついつい買っちゃう感じですか?

 あ、今度提案してみよう。もしかしたら一部の層に受けるかも。


「今、銀細工のアイデアが一つ思い浮かびました」

「がははは! いいぞ、トラ。アイデアは職人の宝だ。いろんなものを見て、経験して、引き出しをどんどん増やしていくといい」


 僕の姿勢を褒めてくれる師匠。

 ただ、すみません……日本の観光地で見たお土産の丸パクリなんです……やっぱり提案するのやめておこう。

 良心の呵責が……


「そういえば、セリスさんは……」

「私はここよ」


 楽しげな声と共に、三階からセリスさんが降りてくる。

 ……降りてきたんですけどもっ!


「新妻の仮装、裸エプロン~♪」

「「ぶふぅっ!」」


 僕と師匠が同時に吹き出し、同時に咽た。

 チラッと見た瞬間、僕は即座に回れ右をしたので具体的にどんな衣装であったかは確認できていない。いないけれども……見てはイケナイものを見てしまった気がした。


「……あ、新しい細工のデザイン思いついたぜ」

「待ってください、師匠。今思いついたのって、全年齢対象ですか?」


 やめてくださいね。

 妻の裸エプロンを見て思いついた銀細工を工房で売るのは。


「やだ、もぅ、二人とも~。ちゃんと着てるわよ? 着てないように見えるだけ」

「いえ、あの、出来れば着てないように見えない衣装に替えていただけませんか?」

「そ~ぅ? 喜んでもらえると思ったんだけどなぁ」


 僕がそれで大喜びしたらマズいですよね!?

 分かりますよね!?


「じゃあ、私もチロルとお揃いのわんわんスタイルにするわ」


 そう言って、セリスさんが三階へ上がっていく。

 ……はぁ。びっくりした。


「なぁ、トラ……」

「見てませんので、大丈夫です」

「あぁ……なんか、スマンな」


 師匠が困り顔で頭を搔く。

 ちょっと奔放過ぎますよね、セリスさん。


「それで、トラ。お前のその格好はなんなんだ?」

「あ、これですか?」


 問われたならばお答えしましょう!


「これは、吸血鬼です!」


 黒いシルクハットに黒いマント。マントの内側は深紅で、マントの下にはタキシードを少し派手にしたようなシックな衣装を身に纏っている。

 チロルちゃんの首輪を見て回った時に偶然見つけて、「これだ!」って思ったんだよね。

 やっぱり、仮装っていえば吸血鬼は定番だからね。


「とら~、きょうも、おみあい?」

「違うよ!?」


 さすがに吸血鬼のコスプレでお見合いには行けない。

 いくらカサネさんに「衣装は自由でいいですよ」と言われても、こんなふざけた格好では行かない。


 結構思いきった仮装をしてみたつもりなのに、この『世界』では地味なようだ。

 ……地味、なのかな?


「みんな、おまたせ~。犬耳新妻の仮装~♪」

「ごふぅっ!」


 師匠が咽た。一人で咽た。

 どうにも『新妻』は譲れないらしいセリスさん。

 でも、裸エプロンじゃなくなったので問題はないように見える。ひらひらのエプロンを着た犬耳美女だ。

 その姿を見た師匠がものすごく恥ずかしそうにしているところを見ると……実際、新婚の時にそんな格好をしていましたね?

 羨ましいですよ、師匠!


「そ、それじゃあ、出かけるか!」


 誤魔化すように大きな声で言って、師匠が先に一階へ降りていく。

 僕たちもそれに続いて、みんな揃って家を出る。


 近所の人たちもみんな仮装していて、そんなご近所さんたちと言葉を交わしながらすれ違う。

 誰もかれもが笑顔で、みんなこの仮装祭りを楽しんでいるのがよく分かった。


 よし。

 僕も楽しもう。


 初めての仮装祭りを師匠たち家族と過ごす。

 それはとても幸せなことだ。


 三歩引いて、師匠たち家族を眺める。

 チロルちゃんを間に挟み、手をつないで歩く一家は、とても温かく幸せそのものに見える。

 仲良し家族の中に僕を混ぜてくれている。こんなに嬉しいことはない。

 カサネさんに伝えたら「いいご家族ですね」と言ってくれるだろう。



 ……カサネさん、仮装祭り行くのかなぁ?



 カサネさんだったら、どんな仮装をするんだろう。

 ふと、空を見上げると、抜けるような青空にカサネさんの顔が浮かんで見えた。

 犬耳をつけて、もこもこの肉球手袋を振りながら犬の鳴き真似をするカサネさんの顔が。




『わんわん、だお』




 ――ごふっ!

 ……いけない。勝手な妄想なのに……可愛過ぎる。

 ちょっと見てみたい。


 街をぶらぶらしていたら、偶然出会えたりしないだろうか?

 大通りに出店が出るらしいし、そういうところに人は集まるし。

 もしかしたらカサネさんも……



 もし会えたら……



 そんなことを考えながら歩いていると、不意にシルクハットが何かにぶつかって転がり落ちた。

 後ろから、帽子の上の方を突かれたように、ポーンと飛んでいくシルクハット。


「あ、帽子が……」


 道に落ちて転がるシルクハットに手を伸ばすと、突然後頭部に違和感が――




 かぷっ。




「ぅほゎああああ!?」


 齧られた!?

 後頭部を齧られた!?

 僕、この感触知ってる!


「モナムーちゃん!?」


 振り返ると、やはりと言うか、見慣れたのんきな顔が浮かんでいた。

 ただ……仮装? してるの、かな?


 今日のモナムーちゃんは、横っ腹に『げっ歯類』と書かれた紙を貼っていた。

 ……いや、どう見ても魚類だし、仮装なのだとしたら、雑っ!


 何も言わず、のんきな顔で空へと昇っていくモナムーちゃんを見送る。

 期待と不安が同じくらいに大きく渦巻き、僕の初めての仮装祭りは始まった。






☆☆カサネ☆☆


 仮装祭りの日の朝は、とても憂鬱な目覚めとなりました。


「かーさーねーくーん! お祭り行ーこーお~ぅ!」


 今日は休日だというのに、なぜか玄関の向こうから所長の声が聞こえてくるのです。

 きっとこれは夢です。私は寝ぼけているのです。

 悪夢です。

 寝ましょう。……すやすや。


「まだ寝ているのかな? じゃあ、不法侵入するとするか」


 そんな不穏な声が聞こえたかと思った次の瞬間。


 ――ガチャ。


 飛び起きてドアノブをグッと掴みました。


「おやおや? なんだなんだ、起きているじゃないか、カサネ・エマーソン君」

「いいえ。私はまだ悪夢の中に囚われているのです。そうでなければ、こんな非常識なことが起こるはずがありません」

「人生とは驚きの連続なのだよ、カサネ君。さぁ、今日という日を素晴らしい一日にするためにも仮装祭りへと繰り出そうではないか!」

「慎んでお断り致します。そもそも、私は仮装祭りに参加する予定はありません」

「そうか、ならば仕方ないね」


 キッパリと断るとさすがに諦めたのか、所長はドアノブから手を離しました。


「君が付き合ってくれないのなら、相談所の制服をハイレグビキニに変更するとしよう。明日から」

「……午前中だけしか付き合いませんからね」


 諦めて、ドアを開けました。

 この所長は、やると言ったら本気でやる人なのです。

 私のせいで、相談所全員に迷惑をかけるわけにはいきません。


 制服がハイレグビキニなんかになってしまったら……男性相談員ももれなくその制服を着る羽目になってしまいます。

 この所長は、やると言ったらやる人なのです。


 ここは、私が半日を犠牲にすることで厄災を回避する選択をするしかないようです。

 しかし、所長と二人で仮装祭り……


「一切心が躍りませんね」

「おやおや。カサネ君は素敵なメンズとお出かけしたかった感じかな?」

「いえ、単純に子供の面倒を見るのが億劫なだけです」

「子供嫌いの女子はメンズ的には評価が低いらしいぞ。それに私は子供ではない。大人なレディだ。問題はなかろう」


「かっかっかっ!」と、奇妙な笑いを漏らし、嫌な予感しかしない大きな包みを押しつけてきます。

 聞きたくはないのですが、念のために尋ねます。


「これは?」

「君の衣装だ。どうせなんの準備もしていないと思ってね。気を利かせて用意しておいたよ」

「では、こちらは所長が着てください」

「カサネ君! 君は私に、こんな卑猥な衣装を着ろと言うのかい!?」

「まったく同じ理由で拒否させていただきます」


 念のために中身を尋ねてみれば、『新妻のコスチューム』だと言われました。

 裸エプロンという衣装だそうです。

 裸エプロンとはなんでしょう? エプロンを着けているのに裸なのでしょうか?

 ハゲヅラのようなものでしょうか? カツラなのに髪がない、みたいな。


「それに、仮装の準備は出来ています」

「へぇ、意外だね。カサネ君は仮装祭りに行くつもりだったのかい?」

「いいえ。いざという時のための備えです」

「そんな奇っ怪な『いざ』なんて起こりはしないだろう」

「今現在起こっているのですが?」


 用意しておいてよかったです。

 本当は、仮装をして人混みに紛れれば、こっそりとトラキチさんの仮装を見ることが出来るのではないかと思ったのです。

 大通りには出店が並ぶそうですので、多くの人がそこへ集まることでしょう。

 人が集まる場所で、目立たないように身を潜め、道行く人を観察していれば、偶然見かけることくらいは出来るのではないかと……


 ただ、同僚に当日の人出を聞いて諦めました。

 当日、大通りに集まる人の数は優に五万を超えるとか。


 ムリです。

 そんな群衆の中からトラキチさんを見つけ出すなんて、出来るはずがありません。

 というわけで、用意はしたものの着ることはないだろうと思っていた仮装の衣装を、これから着ることになってしまいました。

 ……組織に属するというのは、時に理不尽な目に遭うものです。


「じゃあ、着替えを手伝ってあげよう」


 などと言ってスカートをめくってきた所長をロープで縛り、玄関の外へと放り出し、手早く着替えを済ませました。

 いつもと違う服装は、なんというか……少し不安になりますね。

 おそらく、似合いはしていないでしょうから、笑われるかもしれません。

 まぁ、今日だけの衣装です。気にするほどのこともないでしょう。


「着替え終わりまし……着替え終わっていませんか?」


 玄関を開けると、所長の服が替わっていました。

 おかしいです。

 玄関の外は屋外だというのに、所長はどこで着替えたのでしょうか?

 集合住宅ですので、玄関のすぐ外は往来ということはないのですが……この人には羞恥心というものがないのでしょうか?


「……恥知らず」

「開口一番、酷い言葉が飛び出してきたね!? 『可愛い』とか『似合います!』って言葉を期待したのにな」


 いや、まぁ、可愛いは可愛いと思いますが。


「なんの仮装なんですか、それは?」

「魔法少女ぷりてぃ☆モナムーだ!」

「……………………へぇ」

「感想が湧いてこなかったのかな!? 随分黙考して、結局何も思い浮かばなかったのかい!?」


 聞き及びのない種族です。

 きっと、そういう人がどこかにいるのでしょう。


「それで、君の方はなんの仮装なんだい?」

「見て分かりませんか?」


 比較的分かりやすいと思ったのですが。


「副所長の仮装です」

「まさかの同僚かぁ……」


 いえ、上司ですよ?

 副所長ですし。


 パンツスーツがよく似合う、面倒見のいい女性です。

 なので、パンツスーツを着て、胸にはコサージュをつけています。

 そして注目すべきは、このメガネです! くいっと持ち上げると知的な印象を見る者に与えられる優れたアイテムです。


 くいっ!


「いかがでしょう?」

「うん、なんというか……君はある意味では期待を裏切らないね。毎度期待を裏切ってくる」


 何を言っているのかさっぱり分からなかったのでさらっと聞き流し、私は仮装祭りの日の半日を人身御供として過ごす決意をしたのでした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る