値段の付かない感謝の気持ち -2-
さて、憂鬱です。
お見合いを行った後は報告書を提出し、概要を口頭で所長へ伝えるのですが…………憂鬱です。
お見合い失敗の報は、いつも伝えにくいものです。
はぁ……緊張します。
あ、そうです。
たしかトラキチさんが緊張した時に効果的なおまじないをされていました。
それを真似してみましょう。
………………はて。
どのような内容だったでしょうか?
いろいろなことがあり過ぎてすっかり忘れてしまいました。
書き留めておくべきでした。
お見合い中はずっと、トラキチさんをもし飼うなら家飼いがいいか庭飼いがいいか、ベッドがいいかケージがいいかなど、そのようなことばかり書いては消していたので、ノートが真っ黒になった割に情報量が少ないです。
頼れるのは記憶……たしか、「ダジャレなので気にしないでください」とおっしゃっていたような…………ダジャレ…………ダジャレ……あっ、思い出しました!
記憶の中から引っ張り出してきたそのダジャレを、所長室の前で口にしました。
あの時のトラキチさんの口調をなるべく意識して――
「布団が吹っ飛んだ!」
…………
…………
…………緊張、解れたのでしょうか?
心なしか、解れたような?
そうでもないような?
……というか、言い知れぬ恥ずかしさが込み上げてきました。
違う意味で心臓がばくばく言い始めました。あぁ、恥ずかしい。何を口走ったのでしょうか、私は。
これは……トラキチさんにしか使いこなせない高度なまじないなのかもしれません。
慣れないことはするものではありませんね。
でも、不思議なもので、憂鬱な気分はなくなっていました。
トラキチさんの潔さを、ほんの少し分けてもらったような気分です。
やはり、少しですが効果はあるようです。
「……よし」
呼吸を落ち着けて、意を決し、ドアを開きます。
所長室の中には、天井付近にモナムーちゃんが漂っていて、いつもの定位置に座る所長がいて――
「やぁ、カサネ君。今日もしょぼくれたバストをしているね。成長はもう諦めたのかい? モナムーちゃんといい勝負じゃないか、君のバストは。あっはっはっ」
――神経を逆撫でしてきます。
魚を使って逆撫でです。
魚で逆撫でです。
「お見合い、ダメでした。では」
「待ちたまえ待ちたまえ! 報告は丁寧かつ詳細にだよ!」
私よりずっと年上の幼女がテーブルを飛び越えて私の腰にしがみついてきます。
やっぱり捕まった。
この所長、自分が結婚相談所の所長であることを忘れているのか、うまくいったお見合いの報告は聞き流すくせに、失敗し、破談になったカップルのお話が大好きで、どこがよくなかったのかを根掘り葉掘り、特に、ギスギスした空気になった時の話をしつこいくらいに聞いてくるのです。
そりゃあ憂鬱にもなります。
こちらは、相談者様と同様に心を痛めているというのに…………
「出前を取ろうか? 今日はこの後予定がないからね。じっくりたっぷりと聞かせてもらうよ~」
所長室の扉が閉じられ、私の長い長い夜が始まりました。
この次、トラキチさんに会った際には、忘れずに伺おうかと思います。
苦痛な時間が早く終わるおまじないを。
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