値段の付かない感謝の気持ち -1-
「申し訳ありませんでした」
今回の結果を受けて、私はトラキチさんに謝罪を述べました。
「謝らないでくださいよ。カサネさんは何も悪くないですから」
笑顔で両手を振るトラキチさん。
しかし、今回のお見合いの失敗は完全にこちらの不手際です。
エリアナ・バートリーさんには心に決めた人がいた。そうとも知らずにそのような方とのお見合いをセッティングしたのですから。
これでは、トラキチさんは最初から成功する見込みのないお見合いをさせられたことになります。
「申し訳ありませんでした」
「ですから……」
再度頭を下げた私に、トラキチさんは困ったような顔をしましたが、途中で声のニュアンスが変わりました。
顔を上げると、不意にトラキチさんが私の手を握ってきました。
――何を、なさるのでしょうか。
私が心臓に持病を抱えていたならば、あなたは今殺人犯になっていました。それくらいに、心臓が軋みを上げました。
「手、怪我してるじゃないですか!?」
言われて見てみると、確かに、私の右手からは微量の血液が流れていました。
気が付きませんでした。ちくちくするなぁ、とは思っていましたが。
「本当にごめんなさい!」
「いえ、トラキチさんに非はありません」
「いや、でも……本当にごめんなさい!」
「ですから……」
立場が一瞬のうちに逆転しています。
トラキチさんといると、よくこういう場面に遭遇して、少し戸惑います。
「あぁ! ここが日本なら、すぐにでもコンビニかドラッグストアに駆け込んで絆創膏を買ってくるのに……唾を付ければ? ……あんなのは迷信だ! 唾液には何万もの雑菌がいるんだから、悪影響だし、そもそもカサネさんの手を舐めるなんて出来るわけがないじゃないか!」
なんだか一人で頭を抱えて、抱えた頭を上下に激しく振り乱しています。
往来でそのような行為はやめた方がいいと、お教えするべきでしょうか? それとも、少し距離を取って他人のフリをするべきでしょうか…………視線が、少々痛いです。
「大丈夫です。この程度の傷、舐めておけば治ります」
「迷信ですよ、それ!?」
いえ、事実小さな切り傷は舐めておけばそのうち血も止まります。
これは事実に基づいた治療法です。
速やかに舐めて、大丈夫だと示すために手のひらをトラキチさんに向けます。
少し濡れて光る患部を見て、トラキチさんは視線を逸らしました。心なしか頬が赤く染まっています。
「あの、でも……僕のせいで怪我をさせてしまったことは事実ですし、何かお詫びを」
「いえ。私は職務規程に則り行動したまでです。トラキチさんに非はありません」
「けど、僕が勝手にやったことで、結果的に巻き込んでしまったわけですし」
「私はそのようには考えませんので、どうかお気になさらず。それに、何かしら物品を購入していただいても受け取ることは出来かねますので、お金が無駄になってしまいますよ」
贈り物を受け取ってはいけないという決まりはありませんが、私は相談者様からの贈り物を一律で受け取らないことにしています。
それは賄賂になりかねない危険性をはらみますので。
値段の高い物を贈れば優遇してもらえると、間違った情報が相談者様に流れては困りますので。
そのような説明をすると、トラキチさんはなんとか納得してくださったようで、「そうですか……」と呟きました。
「じゃあ、手作りならどうですか!?」
「手作り?」
そう言って、懐から銀色のブローチを取り出しました。
それは、どこか大豆のようなフォルムの鳥の雛をモチーフとした銀細工でした。
「僕が、初めて作った銀細工です。まだまだ下手っぴで、なんの価値もないので賄賂には当たらないかと……あ、でも、一所懸命作りましたので、ほんと、そこしか誇れるところがないしょーもないものなんですが……もしよければ…………あの………………カサネさんに、もらってほしい、です」
小さなブローチを、両手で包み込むように差し出してくるその様が、なんだかとても可愛らしくて、健気で、愛おしくて……思わず連れ帰って美味しいご飯と温かい毛布を与えて一晩中頭をなでなでしたい衝動に駆られました。
もしトラキチさんがリスで、ドングリをそのような格好で差し出してきていたのであれば、すぐさま連れ帰って先ほど考えた妄想のような行為をしていたことでしょう。
けれど、トラキチさんは人です。残念ながら小動物ではありません。
ですので……
「分かりました」
差し出された、その努力の結晶を、両手で受け取りました。
「トラキチさんのお気持ちを拝受致しました」
確かに、こう言ってしまうと申し訳ないですが、この銀細工には値段は付かないでしょう。
で、あるならば。
これくらいならいただいても問題はないように思えました。
「大切にいたします」
「はい。ありがとうございます!」
いつも謝罪ばかりのトラキチさんが、ここに来て全力の感謝を。
分かりません。
感謝は贈り物をいただいた方がするべきことなのに、贈り物をしたトラキチさんがどうして「ありがとう」なのか……本当に、不思議な方です。
「では、またお相手が見つかりましたらご連絡差し上げます」
「はい。お願いします」
広場まで来て、そこでトラキチさんと別れます。
この次は、もっとトラキチさんに相応しいお相手を見つけると約束して。
「今日、楽しかったです。では!」
手を振って去っていくトラキチさんは本当に楽しそうで……少しだけ救われました。
「……不思議な、人」
手の中の銀細工のひな鳥を指で撫でて、私は相談所へ帰りました。
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