あとは若い二人に任せて -4-
「……エリアナさん」
「う……ぐ………………いや、言いたいことは、分かっている……つもり、なのだが…………」
「そこに座ってください。正座です」
これからお説教をします。
あ、その前に。
「怖い思いをさせてしまってすみませんでした。でも、そうでもしなきゃ、あなたは自分の気持ちを素直に口にしなかったでしょ?」
彼以外の誰かと結婚するのは泣くほど嫌なんだって、自分でやっと気が付けたでしょう。
手荒い方法ですけど……千年も拗らせた片思いには、これくらいしなきゃダメだったんでしょう、どうせ。
「知恵の輪を見てください」
「あっ……、これ、壊して……すまない」
「いいんですよ。練習で作ったものですし。それよりも」
壊れた知恵の輪を指さして、そしてきちんと理解してほしいことを、丁寧に言葉にしていく。
「どうしていいのか分からなくなって、自棄になって、あなたはそれを壊した。そうしたら、それはもう二度と元には戻らなくなった。後悔した時にはもう遅かった。手の施しようがない、手遅れだった…………そうなっても、いいんですか?」
知恵の輪くらいなら、壊したって構わない。
けれど……
「こんな、あなたの大切なものを壊すためのお見合いなんか、今日を限りにやめましょうね」
片思いを拗らせて、どうしていいのか分からなくなって、自棄になって壊そうと、エリアナさんはしていた。
最初は、ちょっと当てつけるだけのつもりだったのかもしれない。
けれど、板前さん――ゲルベルトさんはそれでも反応を見せなかった。
だからムキになって、自棄になって、こんなことになってしまった。
「あなたは僕と結婚する気なんて最初からなかった。そうですね」
「…………申し訳ないと、思っている」
「なら、『あなたが、これまで誰にも捧げなかった「あるモノ」』をいただきます」
「そ、それは待ってほしいっ!」
唇を押さえて必死に訴えかけてくる。
大丈夫です。僕がもらい受けるのはキスではありません。
「あなたの『独身』をいただきます」
「…………どくしん?」
「今日、僕の目の前で、独身生活にピリオドを打ってください」
「はぁっ!?」
龍族は誇り高い一族らしい。
なら、約束を破るような『卑怯者』にはなりませんよね?
なんてことを笑顔で言ってあげると、「……そなた、底意地が悪いのぅ」と、睨まれた。
けれど、その直後に――
「…………けど、約束…………じゃし、の」
なんて、真っ赤な顔で言われては、怖さなんか感じない。
本当に、可愛いなぁ、この人は。
「しかし、嘘ならトラキチ殿も吐いておったじゃろう。結婚に対し真剣だなどと……」
「真剣でしたよ。あなたとゲルベルトさんの結婚に対して、真剣にそうなるように考えていました」
「……ワタシと、ゲルベルトの……じゃと?」
「はい。結婚する二人は、最高に幸せでないといけないと思うんです」
『この人こそは』と心に決めた二人が、幸せになるために選ぶ選択肢の一つが結婚だと、僕は思っている。
「本当に好きな人が別にいるのに、それに目を伏せて笑っているなんて、そんなの幸せじゃないじゃないですか」
少なくとも、僕はエリアナさんにそんな真似はしてほしくないと思った。
彼女には、いつも心の底から最高の笑顔を浮かべていてほしいと。
「し、しかし…………ワタシは、その……こんなに想ぅておるのに、あやつは……ゲルベルトはどう思ぅておるのか………………迷惑には、なりとぅないし……」
そうやって、千年以上もでもでもだってと足踏みしていたんですか?
どんだけ臆病なんですか。
まったく…………特別ですよ?
「僕、姉がいるんです」
僕は、たぶん……シスコンなんだと思う。
姉弟仲はよかったし、弟としてうちの姉は胸を張って誇れるようなすごい人間だと思っている。尊敬もしている。
あの人みたいな生き方は、そうそう出来るものじゃない。
彼女はとても素敵で、とても強かった。
「姉の初恋の人は、小学校の頃の担任の先生でした。年齢差は二十。エリアナさんにはピンとこないかもしれませんけど、寿命が八十年の人間にとって、二十という年齢差は大きいんですよ。でも、姉は真剣だった」
姉は卒業式の日に、その担任の先生にプロポーズをした。
当然断られたけれど。
「そんな姉がですね、大学を卒業する歳に結婚することになったんです。そのお相手は、なんとその元担任の先生だったんですよ」
振られても、姉は諦めなかった。
むしろ、振られてからが姉の真骨頂だった。
自分を磨き、隙あらばアプローチして、ずっと『好き』の気持ちを持ち続けた。
「そして姉は、頑なに首を縦に振らない彼にこう言ったんです。『あなたは幸せ者です。なぜなら、世界で一番あなたを愛している女が、世界で一番の幸せ者になる過程を、世界で一番近くで余すことなく見守る権利を得たのだから! ただし、どんなに頑張っても一番にはなれませんけどね』……って」
そうして、姉の初恋は何度も何度も敗北を乗り越えて、十年という歳月をかけて幸せのゴールへとたどり着いた。
「エリアナさんは、少しだけ姉に似ている気がします。豪快で、笑顔が素敵なところなんかが、特に」
だから、どうしても――
「幸せになってほしいんです、あなたには」
あふれるほどの愛情はすでに持っているでしょう。
なら、あとはほんの少しの勇気。
「さぁ、甘い水菓子を持ってやって来るゲルベルトさんに、もっと甘い思いを伝えましょう」
「し、しかし………………いや、そうだな」
壊れた知恵の輪を握りしめ、エリアナさんは今にも泣き出しそうな真っ赤な顔で力強く頷いた。
「そなたの姉君に似ているのであれば、無様な姿は見せられぬよな。そなたの大切な姉君の名を汚すような醜態は」
逃げ出さないための言い訳を手にして、エリアナさんは腹をくくる。
そうして、立ち上がって――ふすまの前に立つ。
程なくして、ふすまが音もなく開かれて……
「お待たせしました。水菓子をお持……」
ゲルベルトさんが、目の前に立ちはだかるエリアナさんを見上げて固まる。
数秒間、お互いに無言で見つめ合い、そして――
「ゲルベルト!」
「…………」
目尻に涙を浮かべて、エリアナさんが動き出した。
震える唇を噛みしめ、そして、心の中でくすぶり続けていた本音を、声の限りにぶつける。
「ワタ、ワタシを…………ワタシを好きだと言えぇぇええええ!」
おぉう……丸投げだぁ。
告白、相手側にぶん投げた。
そんな理不尽な告白に、ゲルベルトさんは。
「私はまだ、修行中の身……エリアナ様の隣に立てるような男では……」
「くどい! 乞われたことにだけ応えよ!」
膝を突いたままのゲルベルトさんの胸倉を掴み上げ、炎と共に叫び声を上げる。
鬼気迫る気迫。けれど、その顔は失恋に怯える少女のようで……
ゲルベルトさんが戸惑いの表情を見せ、そして、表情を引き締めた。
「一目会ったあの瞬間から、すべての時間をあなたのためだけに生きていました」
胸倉を締め上げるエリアナさんの手を取り、もう一度膝を突く。ただし、今度はまっすぐに前を向いて。
「はるか昔より、あなたをお慕い申し上げておりました。私の生涯を、あなた様だけのために使わせてください」
騎士のように片膝を突いて、エリアナさんの手を取って誓いを立てるゲルベルトさん。
……あ、顔が真っ赤だ。
そんな告白を受けても、エリアナさんは瞳に涙を溜めるだけで何も言わない。
唇が何かを言いたげに震えているが、言葉は出てこない。
それが何を意味するのかを、ゲルベルトさんは察したようで、立ち上がり、今度は両腕を広げる。
「……好きだ、エリアナ」
「ワタシもぉぉおおお!」
エリアナさんが胸に飛び込んで、人目も憚らずに泣き始める。
あぁ、よかった。
ちゃんと結ばれるべき二人が結ばれて…………ま、僕はこれで百一連敗ですけどね。
「トラキチさん」
そっと、背後から声をかけてくるカサネさん。
二人の邪魔をしないように声の音量は控えめだ。
「……どう、しましょうか?」
進行役が戸惑ってしまうほど、予想外の展開だったようだ。
まぁ、それはそうか。
お見合いに来た男が、相手の女性の恋愛を成就させたんだから。
「そうですね。引き上げましょうか」
もう、ここで僕たちが出来ることはないだろう。
だから、よく耳にはするものの、一度も口にしたことがないあのお決まりのセリフを、僕は口にした。
「あとは若い二人にお任せして」
二人の世界を壊さないように、そっと静かに、僕たちはお見合い会場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます