あとは若い二人に任せて -3-
ひっくり返された砂時計を前に、エリアナさんは慌てて立ち上がり、テーブルの上の知恵の輪を手に取る。
ガチャガチャと何度も輪を動かし……そんなんじゃ取れないんだけどなぁ……そして、砂の三分の二ほどが落ちたところで、正解を諦めた。
「くっ!」
力任せに両手を引き、知恵の輪を破壊する。
甲高い音と共に、知恵の輪の一部が破損して二つの輪が外れる。
「どうじゃ! そなたのように輪を外してやったぞ! これで文句はあるまい!」
苦しい言い訳だと自覚していそうな顔でエリアナさんが言う。
反論されれば盛大な屁理屈でこちらを言いくるめようと腹を決めたような顔で。
まぁ、そうするしか方法はないだろうなってことは、予想がつきましたけどね。
なので、僕は予定通りの言葉を口にする。
「では、今度は外した輪を元通り繋げてください」
「え……?」
「あれ? 僕やってみせましたよね? 外した輪をもう一度繋げて、それでワンセットなんですよ、知恵の輪って」
僕は確かに、一度知恵の輪を外してみせ、そして再び繋げてエリアナさんに手渡した。
そして、勝負の前にこう言ったのだ。
「僕がやってみせた通りに出来ればあなたの勝ち」だと。
「さぁ。もう残り時間はないですよ」
残りは一分もない。
砂時計を見て、焦り……絶望したような表情を見せる。
無駄だと知りつつ、破損した二つの知恵の輪を重ねて引っかけて……輪を落とす。
畳の上に知恵の輪がバウンドして、しばしカラカラと揺れた後完全に止まる。
それを確認した直後、エリアナさんは脱力したようにへたり込んだ。
「僕の勝ちですね」
そんな声に、エリアナさんは分かりやすく体を震わせる。
泣きそうな目で、僕を見る。
そんな瞳に見つめられ、僕は変わらず笑顔を浮かべて、二本の指を立てる。
「あなたには二つの選択肢があります。僕と結婚するか、……僕への無礼を認めて『あるモノ』を失うか」
「…………」
エリアナさんの唇が細かく震えている。
恐怖……なんてものを感じているのだろうか。僕みたいなひ弱な男に。
まぁ、感じているのであれば、それは自覚から生まれる罪悪感によるものだろう。
おのれの身勝手が他人を傷付けると突きつけられ、それを拒めなくなっている。逃げられないことへの恐怖。
座ったまま、すくんだように身動きしないエリアナさんに近付く。
迫る。
もう一度、体を寄せて、目を見つめ、顔を近付けて、……頬に手を触れる。
「ひぅ……っ!?」
掠れた悲鳴が漏れて、エリアナさんの頬を大粒の涙が伝い落ちた。
「も……申し訳…………ない…………ワタシは……そんなつもりは、なかったのだが…………そなたを…………トラキチ殿のことを……利用…………して……」
「では、約束のものをいただきます」
「待っ…………それは、大切な人のために…………」
頬に触れた手でアゴを摘まんで、顔をぐぐっと近付ける。
僕を振り解くことが出来ないエリアナさんは懇願するしか出来ない。
けれど、それすら届かないと悟るとまぶたを閉じ……助けを求めた。
「ゲルベルト…………助けて、ゲルベルト!」
その瞬間、僕の体が宙に浮いた。
襟首を掴まれ、強引に後方へと放り投げられた。喉が絞まって、息が詰まった。
畳の上を転がりふすまに激突して、外れて倒れてきたふすまで頭をしたたか打った。
まぁ、これくらいのことはされるだろうなってのは予測済みだけど、ちょっと痛いな……
ふらつく頭を二度振って前を見ると……出刃包丁が接近してきていた。
いやいやいや!
そこまでするのは予想外ですけども!?
「エリアナを、泣かせるヤツは俺が許さない!」
バジリスク族の板前さんが、真っ赤に染まった瞳をギラつかせて、僕に向かって包丁を突き出す。
僕が死ぬまであと五秒。
そんなすんでのところで凶刃を止めてくれたのは、カサネさんだった。
二枚重ねた座布団を盾代わりに、包丁に立ちはだかってくれた。
「相談者様に危害を加える者は、当相談所の規約に則り排除します」
そんなことを、事務的な声で言って……
「……お怪我はありませんか?」
とても優しい声で僕の心配をしてくれた。
「はい……ちょっと、びっくりしたくらいです」
本当は、背中も後頭部もぶつけて痛いのですが。
カサネさんの笑顔で痛いのは飛んでいった。
「…………では」
と、カサネさんは僕の前にしゃがみこんで、そして盾代わりだった座布団を今度は武器として使用した。
僕の顔に、座布団が二枚押し当てられた。そこそこの強さで。
「強引過ぎる求愛は、規則違反ではありませんが紳士的であるとは言いかねます。あまり褒められたことではありません」
……怒られた。
まぁ、強引過ぎたって自負はあるから反論は出来ないけれど。
「何か、理由があるのですよね?」
情状酌量の余地はあると、カサネさんは判断してくれているようで、僕に話す機会を与えてくれた。
カサネさんが立ち上がると、その向こうの二人の姿がはっきりと見えた。
怒り顔で僕を睨む板前さんと、その腰にしがみついて涙に目を赤く染めているエリアナさん。
まったく……
「最初からそれくらい素直になっておいてくださいよ、もう」
そうすれば、僕がこんな死にそうな目に遭うこともなかったのに。
……いや、やり方がマズかったというのはあるのだろうけど。
だから、僕に芝居心を求めないでくださいと事前に言ったじゃないですか。
そんなに引き出しがないんですよ、僕には。
ベタなことしか思いつかないんです、僕の浅い人生経験ではね。
「エリアナさん。好きなんでしょ? その彼のことが」
「へぅい!? な、なにを!? べ、べべべべ、別にワタシは、そーゆーんじゃ…………全然、違うというか、それほどでもないというか……だから、あの!」
この期に及んで、まだ意地を張りますかね。
「そして、板前さん。あなたもエリアナさんのことが好きだ」
「………………水菓子のご用意を」
逃げんの!?
この状況で!?
人に刃物まで向けといて!?
「……はぁ。じゃあ、好きにすればいいんじゃないですか」
水菓子を用意しに行くというのであればそうすればいい。
さぁ、さっさと出て行け。
「今度は立ち聞きしてないで、ちゃんと厨房戻って水菓子用意してくださいね」
板前さんをふすまの向こうへと押し出す。
そして、板前さんが何かを言う前にふすまを閉める。
君ら、何歳ですか……まったく。
けど、ここまで首を突っ込んだからには、最後まで見届けなきゃすっきりしない。だからもう少しだけ、拗れに拗れたこの二人のお世話を焼いてあげようと思う。
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