あとは若い二人に任せて -2-
「なんと女々しい男じゃ! 元から度胸のない男であるとは思ぅておったが、ここまで腰抜けだとは思わなんだわ! 呆れ果てて物も言えぬわ!」
固く握った拳をテーブルにぶつけ、怒りを発散させるように大きな肉の塊にかぶりつく。
和食とは程遠い、随分とワイルドな料理だ。
龍族に仕えていたバジリスク族の料理なのだと考えれば、まぁ理解できるけれど。
がつがつと、腹立ち紛れに肉を掻き込むエリアナさん。
人は、食事中には気が緩む。
政治家や有名人の失言は、大抵会食中にぽろっと口からこぼれ落ちるものだ。
「よくご存じなんですね、彼のこと」
「うむ。幼馴染でな。昔からあぁだったのじゃ!」
「そんな彼のことが、――ずっと好きだったんですね?」
「…………へ?」
ぽろり……と、肉がフォークからこぼれ落ちる。
口と目を大きく開けて、エリアナさんが僕を見ている。
なんて顔してるんですか。
分かりますって、そんな顔して、そんなに怒って、あの人が幼馴染だなんて白状すれば。
「気を惹きたくて当てつけていた」って、自白しているようなものですよ。
僕は笑顔を崩さない。
一方のエリアナさんは戸惑いを隠せない。
カサネさんは……ただ静かに事の成り行きを見守っていた。
「好きなんですよね、彼のことが」
「な……っ、だ、誰がっ! ……あのような、無愛想な偏屈男を……」
「じゃあ、僕とどっちが好きですか?」
「そ、そんなもの……ト、トラキチ殿の方が……その……素直で……分かりやすくて…………」
「好きだと?」
「う………………む、まぁ……」
「やったぁ!」
煮え切らないエリアナさんを置いてけぼりに、僕はぐんぐんとテンションを上げていく。
突然大声で叫び、諸手を振り上げて立ち上がった僕に、エリアナさんが若干引いている。
だが構わずに、テーブルを回り込み、エリアナさんの隣に座り、身を寄せ、手を握る。
「じゃあ、もう二人の間に障害はないですよね?」
「へ……あ、いや……」
「エリアナさんには、他に好きな人がいるのかなって思ってました。けど、それは僕の勘違いでした」
笑顔を崩さず、勢いに任せて、相手に反論の余地を与えず、僕は捲くし立てる。
エリアナさんの体が後退れば、その分だけ身を乗り出して。
エリアナさんの手を握っていた手を手首、腕、肩へと移し、ついには壁際にまで追い詰める。
「結婚に前向きな二人がお見合いをし、そして意気投合して、お互いをいいなぁって思っているなら、もう答えは出たも同然ですよね!」
「そ、そう……だな。でもまぁ話が飛躍し過ぎな気もしないでもない。まずはお互いをよく知るところからじっくりたっぷりと時間をかけて……」
「一分一秒を無駄にしたくないと言ったのはエリアナさんじゃないですか! 今決めましょう! 決められますよね? 真剣な気持ちでここに来たのなら」
「ま、まずは落ち着くのじゃ。そなた少し興奮し過ぎ……」
「カサネさん!」
涙目になってきたエリアナさん。
そんな彼女を無視して、急に話をカサネさんへ向ける。
他者を巻き込むことで、当事者であるはずのエリアナさんは取り残された気持ちになる。
大きな渦の中心に飲み込まれているにもかかわらず、自分の意志とは関係なく物事が怒濤の勢いで加速していく恐怖を、彼女は味わうことになるだろう。
「結婚前の接吻は、規約違反になりますか?」
「せっ!?」
エリアナさんが奇妙な声を上げるが、それも無視する。
「……ご本人様同士の合意のもとであれば……ただし、強引な好意は罰則に……」
「同意があれば、いいんですね」
にっこりと笑ってみせると、カサネさんは言葉を止めた。
僕に説教したり、僕を説得したりするようなことはしないようだ。
「というわけです。合意してくれますか?」
「ばっ、ばばば、馬鹿なことを申すな! ご、合意など出来るか!」
「でも、結婚するなら当然しますよね? たとえ結婚前でも」
「それは、結婚を誓い合った者同士であればの場合じゃ!」
「つまり、あなたは僕と結婚する気がないと」
冷たい声で言うと、エリアナさんの言葉が止まった。
呼吸を忘れたかのように、沈黙する。
「やっぱり、あなたは最初から結婚する気もないくせに、僕をその気にさせてからかっていたんだ。そうして、モテない僕を笑っていたんですね?」
「ち、違う! 決して笑ってなどは……!」
「龍族のエリアナ・バートリーさん」
「……っ!」
据わった目で、今にも泣き出しそうな瞳を睨む。
「約束通り、あなたが、これまで誰にも捧げなかった『あるモノ』をいただきます」
「ちょっ、待っ……!」
「では結婚を前提とする者同士、接吻にご同意いただけますね?」
「いや、それは……」
相対する者の表情がコロコロと変わると、人間はパニックを起こす。相手の考えが読めずに。
そして考えの読めない相手のことを人は「不気味」だと感じる。
不気味なものが眼前に迫ってくるのは、恐怖以外の何物でもないだろう。
そこで、一条の光明――逃げ道を提供する。
「では、勝負をしましょう」
身を引き、エリアナさんのパーソナルスペースから撤退する。
視界が広がることで、呼吸もスムーズに行えるようになるだろう。
けれど、主導権は渡さない。
引き続き、僕のターンだ。
こちらの土俵で、存分に踊ってもらう。
「僕がお渡しした知恵の輪。アレを解いてみてください。僕がやってみせた通りに出来ればあなたの勝ち。僕は何も言わずに引き下がりましょう」
ちらりと、エリアナさんの視線が知恵の輪へと向かう。
食事のためテーブルに放置された知恵の輪。
先ほど、どう足掻いても外せなかった知恵の輪。
だが、そこに懸けるしかない。
今のエリアナさんは。
「全能なる龍族の頭脳、見せてくださいよ」
あくまで笑顔で――見ようによっては見下しているようにも見えるであろう満面の笑顔で、そう告げる。
「…………よかろう」
「ただし、制限時間は、この砂が落ちるまでです」
言って、エリアナさんが用意していた砂時計を手に取る。
最初、僕がエリアナさんを笑わせろというミッションの制限時間を示していた砂時計。たしか、三分六秒だっけ?
「じゃあ、始めますよ」
「いや、待って……」
「よーい、ぽん!」
有無を言わさず、僕は砂時計をひっくり返してテーブルに置いた。
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