料理下手なわけ -3-
「あっ、あいたたた!」
お腹を押さえて蹲る。
……ちょっと芝居がかり過ぎている点には目を瞑ってほしい。芝居心なんか持ち合わせてはいないのだから。
「どうしたのだ、トラキチ殿!? ……まさか、料理に毒が? おのれっ! この店、燃やし尽くしてくれる!」
「わぁああ! 違います違います! 緊張! そう、緊張のせいです!」
危うく、多くのバジリスク族の人を路頭に迷わせてしまうところだった。
慎重に事を運ばなければ。
「僕、ちょっと神経が細いところがありまして」
「うむ、そのように見えるな。まぁ、ワタシにはそういうところも可愛く見えるがの」
「あはは……どうも」
下手なりに言い訳をして、一度この部屋を出る。
食事中に席を立つというのは失礼なことなのだが……
「もう一度、お手洗いに行っても……?」
「なんだ。またワタシを待たせると申すのか? 一分一秒を無駄にはしとうないと申したはずだぞ」
「えっと……じゃあ、これを!」
懐から知恵の輪を取り出す。
「なんであるか。これは?」
「知恵の輪というパズルです。繋がった二つの輪ですが、ある特殊な方法を用いると……このように取り外せるんです」
「ほう! 外れたな!」
僕が取り外した知恵の輪を、興味深そうに見つめるエリアナさん。
「それで、こうすると……はい、元通り繋がった状態になります」
もう一度二つの知恵の輪を繋げてみせると、エリアナさんの瞳がきらきらと輝き出した。
新しいオモチャを目の前にした子供の目だ。
「少し頭を捻ると答えが導き出されると思いますよ」
「なるほど、その名の通り知恵を使う輪なのだな。面白い。全能なる龍族の頭脳を見せてくれる」
わくわくとした顔で両手を差し出してくるエリアナさんに知恵の輪を託す。
歪な仕上がりだが、遊ぶことは出来る。実証済みだ。
「すぐに戻りますが、……また迷子になると困るので、カサネさんについてきてもらってもいいですか?」
「へ?」
僕からの指名に、カサネさんが目を丸くする。
まぁ、お見合いの最中に「トイレについてきてください」なんて言われたことないだろうからな。
「構わぬ。……ちょうど、しばし一人で黙考したいと思っていたところだ。気が散るので席を外すとよい」
「は、はい。では。失礼します」
一発で外れると思っていたエリアナさんだが、思い通りにはいかず、ガチャガチャと金属を鳴らして輪を弄くり倒している。うん。あの様子じゃもうしばらくかかりそうだ。
僕に呼ばれ、エリアナさんにまで退室するよう言われたのでは、カサネさんはついて来ざるを得ない。
カサネさんがそばに来るのを待って、僕は個室を出た。
もちろん、トイレに行くためじゃない。
本当に幸せな結婚を実現するために――
「いくつか質問してもいいですか?」
「質問、ですか?」
廊下に出て、少しだけ部屋から離れ、小声でカサネさんに問いかける。
そう。明らかにおかしいのだ、今回のお見合いは。
というか、エリアナさんは。
「エリアナさん、お見合いは何回目ですか?」
「それはお答えできかねます」
まぁ、個人のプライバシーを侵害するようなことは言えないか。
なら、言い方を変えて……
「もし、僕の推測が合っていたら、協力してください」
「協力、ですか? それはもちろん、私はトラキチさんのご成婚のために全力を尽くす次第で……」
「いえ、そうではなくて――幸せな結婚のための、ご協力です」
「……? 何が、『そうではない』のでしょうか?」
いつもクールな表情のカサネさんが、クールな表情のまま首をこてんと傾ける。整っている顔立ちと起伏の少ない表情が相俟って、お人形さんのように見える。
涼しげな瞳が僕を見つめる。
本当は、こういうことはカサネさんの仕事の邪魔をすることになりかねないから、やるべきではないんだろうけれど……
このままじゃ、やっぱりいけないと思うから。
「エリアナさんは、何度もお見合いをしていますね? しかも、お見合い中はとても楽しげでいい雰囲気であることが多い。まぁ、男性側が礼儀を弁えない不届き者であった場合は、その限りではないかもしれませんが……」
遅刻にイラついて湯飲みを粉砕してたし……嫌なことは嫌だとはっきり言いそうなタイプだから。
なのに、はっきりと言えない言葉を、彼女は抱えている。
「とにかく、エリアナさんほど器量のいい方ですから、相談所としてはいつ結婚してもおかしくないと思っている。時間の問題だと。……なのに、エリアナさんはいまだに誰とも結婚をしていない。この予想はあまり自信がないんですが……エリアナさんは、断るよりも断られる方が多いんじゃないですか?」
カサネさんの瞳が大きく見開かれる。瞳孔も、一回り大きくなっている。
どうやら、僕の推測は当たっていたらしい。
「規則があるのは分かります。けど、今の僕の推測が当たっていたのなら、協力してほしいんです。もうこれ以上、エリアナさんにつらい思いをさせないためにも」
「エリアナさんが……つらい思いをされている、と?」
「はい」
エリアナさんは無理をしている。
そうせざるを得ないから。
剛胆な性格から、その一時一時は楽しんでいるのかもしれない。
けれど、きっと……
「お見合いが始まる前と終わった後には、相当苦しんでいると思いますよ」
「理由を伺っても?」
「その確証を得るために、教えてください。エリアナさんがこれまで男性からお断りされた理由を」
無言のまましばし見つめ合う。
無表情に近かったカサネさんの眉間に微かな変化が表れ、一瞬だけ視線が右下に逃げたかと思うと、カサネさんは細く長い息を吐いた。
「他言はしないと、誓えますか?」
「もちろんです」
もう一度ため息を吐いて、懐から取り出した小さなノートをパラパラとめくっていく。
「一番多い理由は、味覚の不一致……平たく言えば、黒焦げの料理は食べたくない、ということですね」
「毎回やってるんですね、アレ」
「はい。ほぼ毎回」
ほぼに該当しないのは、お見合いが始まる前に男性が叩き出された場合なのだと、カサネさんは補足説明してくれた。
「叩き出した以外で、エリアナさんから断ったことは?」
「少々お待ちを…………ありませんね」
十数ページめくって文章を確認し、そう答えた。
一ページに何回分の情報が載っているのかは分からないが、結構な回数お見合いをしているようだ。
「そのお見合いは、すべてこのお店で?」
「はい。エリアナさんたってのご希望で」
「料理を担当される方は決まっていますか?」
「申し訳ありません、そこまでは……」
誰が料理を作るかまでは、さすがに調べていないか。
そんなものは、お店の都合だからな。
「あ、でも……」
情報は得られないかと思った矢先、カサネさんがデータではなく記憶から回答を引っ張り出してきてくれた。
「思い出せる範囲では、今日の板前さんが多い……いえ、すべてあの板前さんです」
「なるほど」
ということは、もう答えは一つだ。
「カサネさん。本当にすみません」
前もって、カサネさんに頭を下げておく。
「……何が、でしょうか?」
「この後、おそらくご迷惑をおかけすることになると思いますから」
「…………へ?」
戸惑うカサネさんに向かい、もう一度深く頭を下げて、僕は自分自身のバカさ加減に苦笑を漏らした。
まったく……
なにやってんだろうなぁ、僕。
でも、結婚は幸せなものでなければいけない。
結婚した瞬間も、そして、その先の長い長い結婚生活も。
僕が日本で百連敗した原因とも言える悪癖が、どうやらこの『世界』でも発現してしまったようだ。やれやれ、だ。
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