料理下手なわけ -1-
「それでは、お見合いを始めさせていただきます」
部屋の隅に座っていたカサネさんがテーブルの前まで来て、向かい合う僕とエリアナさんの側面に座り直す。
こうしていると、カサネさんがお誕生日席に座っているようにも見える。
まぁ、お見合い的には仲人席なんだけれど。
「始まる前に終わらなくて、ホッとしました」
そんな、本音っぽい言葉は僕の方へ視線を向けて。
「すみません」と、カサネさんとエリアナさん、それぞれに頭を下げる。
「よい。もう許したことだ」と、エリアナさんは剛胆に言い放つ。
竹を割ったような性格は、見ていると非常に心地よい。
こういう人とだったら、ケンカしてもすぐに仲直りできるんだろうな。
怒った時は溜め込まず分かりやすくぶつけてくれて、そして、気が済んだらさっぱりと許してくれる。
どちらに非があるケンカだろうと、この人となら乗り越えられるだろうと、素直に思えた。
「まぁ、ちょっとイライラして湯飲みを粉砕してしまったがな」
『割った』『壊した』のレベルをはるかに超える、まさに『粉砕した』と呼ぶに相応しい粉状になった元湯飲みであったものがテーブルに放置されている。
……口喧嘩までなら、なんとかなりそうだ。
「では、簡単にお二人のプロフィールを紹介させていただきます」
向かい合う僕たちに向けて、カサネさんが双方のプロフィールの説明を始める。
まずは相談員であるカサネさんが話して、エリアナさんと個人的に話をするのはその後になるようだ。
アレ言うのかな? 「あとは若い二人にお任せして」って。
……ないか。たぶん、僕の方が年上だろうし。たぶんカサネさんが一番年下だ。
まさか、「あとは年寄り同士でどうぞ」とは言わないだろう。
それにしても、エリアナさんは大人っぽい。いくつくらいなんだろう? 年上かな?
……っと。女性の年齢を気にするのは失礼か。
やっぱり少し緊張しているっぽいな。お茶を飲んで落ち着こう。
「エリアナ・バートリーさんは、龍族の女性で、年齢は千二百二十五歳です」
「ごふっ!」
お茶、吹いた。
「大丈夫ですか、トラキチさん?」
「ごほっ……あ、はい……ごほっごほっ……すみません」
びっくりした。
想像をはるかに超えた年上だった。
年の差カップルで「一回り違うんです~」とかって話はままあることだけれど…………百回り上か。
「年上は好まぬか?」
「いえ。そんなことないですよ」
「トラキチさんは『世界』へ来てまだ半月も経っておられないんです」
僕の失礼に対し、カサネさんがフォローを入れてくれる。
異種族の方と会うこともほぼ初めてで、寿命の差に驚いただけだろうと。
「そうか。人族はたしか、百年しか生きぬのだったな」
「百年生きれば、大往生ですね」
「そうか……では、ワタシは確実に遺されるのだな」
悪気がなさそうなその言葉に、僕の心は一瞬ざわついた。
遺される……
「まぁ。共に過ごした時間が楽しければ、その記憶は何千年経っても色褪せず、思い起こす度に幸せをもたらしてくれる。寂しくはなかろう」
強がりではなく、本心からそう思っているような声でエリアナさんは言う。
遺されるのは、寂しくないと。
僕は……寂しい。
この人なら……
長寿の龍族であるエリアナさんなら、僕を独り遺してどこかに行ったりはしない……だろうか。
「ただし、そうなると一秒たりとも無駄には出来ぬな。共に過ごすすべての時間を最高のものにしなければもったいない」
豪快な笑顔でそう言って、そして、僕を見つめてこう付け足した。
「ゆえに、三分六秒も時間を浪費させようものなら、即離婚だぞ」
言い終わると同時に白い歯を覗かせて「くふふ」と笑みをこぼす。
イタズラが成功した子供のように、無邪気に。
あぁ……
この人、いいなぁ。
自立した大人で、気遣いが出来て、それでいてきちんと向き合ってくれる。
この人となら、笑いの絶えない温かい家庭が築けそうだ。
「シオヤ・トラキチさんは人族の男性で、二十五歳です」
「二十五とは、奇遇だな。端数はお揃いではないか」
端数……
二十五って、端数ですか?
僕の全人生……端数……
「しかし、若いなトラキチ殿は」
うっ、ヤバイ!
名前を呼ばれてドキッとしてしまった。
僕、かなり意識してる、エリアナさんのこと。
「ワタシが二十五の頃なんて、まだオシメをしていたぞ」
「ごふぅっ!」
何か変なものが気管に……っ!
いや、だって、想像してしまった……オシメ姿のエリアナさんを。僕的感覚の二十五歳の姿で。
「大丈夫か、トラキチ殿。ほら、茶を飲むのだ」
「す……ごほっ、……すみません」
湯飲みを目の前に進められ、それに口を付ける。
……くぅ、異種族お見合い、難しい。
咽てろくに話せない僕に代わって、カサネさんが僕の情報をエリアナさんに伝えていく。
「トラキチさんは、現在銀細工職人さんのもとで見習いとして修行中です。収入は安定していませんが、誇りある素晴らしい職業であると思います」
カサネさんが師匠の仕事を褒めてくれている。
なんだか、それがすごく嬉しかった。
「うむ。収入などはどうでもいいのだ。仕事とは志が大切であるからな。正味の話、金であればワタシがいくらでも稼げるのでな」
由緒ある家柄の龍族。
それはつまり貴族の家柄だということなのだろう。
僕が一生かかっても稼げないような収入を数年で稼いでしまったりするのだろうな。きっと。
「トラキチさん。エリアナさんはこの街の護衛をはじめとした、治安維持のお仕事に携わられています。人々の安寧と街の平和を守る尊いご職業です」
「それはすごい、ですね」
圧倒されるような仕事内容だ。
彼女がこの街を守っている。そう思うと、尊敬の念しか湧いてこない。
「なに。もとよりこの辺りは龍族の領土であったからな。当時から付き従ってくれていたコカトリス族やバジリスク族共々、変わらぬことを続けているだけだ」
「それでもすごいです。きっと、数えきれないくらい多くの方に感謝され、尊敬されるお仕事なんでしょうね」
「や、やはは! いささか褒め過ぎだ、トラキチ殿は。……ふぅ、少し暑いな、今日は。相談員殿。窓を開けてはくれまいか?」
「かしこまりました」
頬を染めて手扇で首元に風を送るエリアナさん。
カサネさんは音もなく立ち上がり、壁の小窓を開け放つ。涼しい風が室内へと流れ込んできた。
日本は真冬だったけれど、こちらは晩秋かというような気候だ。
風が心地いい。
あれ?
そういえば、バジリスク族って。
「ここって、バジリスク族がやっているお店なんですよね?」
「うむ。連中は代々手先が器用でな。料理に秀でた者が多かったのだ。それで、料理店をしてみてはどうかと持ちかけたところ、このような人気店を作り上げてしまったのだよ」
「エリアナさんが勧めたんですか?」
「ワタシ『も』、勧めたな」
ということは、何人かの龍族が勧めたのだろう。
そして、古くから龍族に付き従っていたバジリスク族の人たちはその言いつけを見事に実現させてみせたと。
「忠義に篤い人種なんですね」
「うむ。……いささか、融通が利かな過ぎるところも、あるのだがな」
あれ?
……なんだろう、この感じ。
「しかしまぁ、料理の味は一級品だ。期待してくれていい」
「はは、楽しみです」
今、一瞬エリアナさんが見せた表情が気になって、その戸惑いをありきたりな愛想笑いで誤魔化してしまった。
少しだけ罪悪感。
すでにエリアナさんの表情は明るさを取り戻していて、憂いはどこにも感じられない。
だからこそ……あの一瞬の翳りが、気になった。
「失礼します」
ふすまの向こうから渋い声が聞こえ、室内の空気が――張り詰めた。
ゆっくりとふすまが開かれ、先ほど僕たちを出迎えてくれたバジリスク族の板前さんが部屋へと入ってくる。
膝を突いて、しずしずと。
入り口でしっかりと頭を下げて、料理の載った盆を引き入れる。
わ、わびさびの心だ。まさか、日本から見て異世界にあたるこの『世界』でそれを目の当たりにするとは。
「まずは、前菜をお持ちしました」
「うむ。時間通りだな」
「ありがとうございます」
渋い声の板前さんは、一向に視線を上げず、料理をじっと見つめている。
お客さんと視線を合わせるのは失礼にでも当たるのだろうか。わびさびの心、奥が深い……
とか思っていると、前菜を並べている途中で板前さんと目が合った。
咄嗟に笑顔を作って会釈する。
「…………あ」
慌てた様子で、板前さんが会釈を返してくる。
それを見咎めたエリアナさんが、いたずらっ子のような顔で板前さんに声をかける。
「どうだ? ワタシの見合い相手殿だ。事がうまく進めば、ワタシの伴侶殿となる御方だ。何か感想はないか?」
「……いえ。私の口から申し上げることは、何も」
カリッ――
と、不思議な音がした。
音の出所を探ると、どうやらそれはエリアナさんの口からのものらしかった。
……歯ぎしり?
「誠実そうな、良き殿方であろう? それでいてユーモアもあるのだ。先ほどもな、非常に愉快な話を聞かせてもらってなぁ、いや、あれほど笑ったのは久しぶりだった」
どこか勝ち誇ったような顔で僕の自慢話を始める。
その様は、まるで……
「……それは、ようございました」
まるで……
「此度の出会いが、良きご縁でありますことを。…………では」
俯いたまま、深く頭を下げて板前さんは入ってきた時と同様に、静かに部屋を出て行った。
それを見送るエリアナさんの顔……
そう、それはまるで……
拗ねている少女のふくれっ面、そのものだった。
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