意地っ張りな彼女 エリアナ・バートリー -3-
部屋の前で深呼吸をして、ふすまを開けると、そこに凄まじい美人が座っていた。
ドラゴンを予想していたこともありギャップがものすごく、僕は数秒見惚れてしまった。
堂々とした威厳と気品を感じさせる黒髪の美人は、座っているだけで一枚の絵画のように完成された美しさと存在感を放っており、切れ長の瞳に見つめられるとしばらく呼吸を忘れてしまいそうなほどに圧倒されてしまった。
西洋風な顔立ちなのに、畳とふかふかの座布団が妙に似合っている。
どこか南の国の王国の貴族が着ていそうな煌びやかな衣服を、華美ではなく清楚に着こなしている。和服を着てもドレスを纏ってもきっとこの人なら見事に着こなしてしまうだろう。
そんな、完璧とも言える美女が僕を見つめている。
……この人が、お見合いの相手?
マジで?
この人なら、街を歩いて十秒もすれば誰かから求婚されるんじゃないだろうか。
石を適当に投げて当たった人と結婚するなんて無茶も、この人なら可能だろうとすら思える。
そんな美人が、無言で僕を見つめている。
…………あ、いや、なんだこの空気。
これは見つめているというより…………睨まれて、いる?
「……三分六秒」
「……………………へ?」
不意にもたらされた美しい声音に、一瞬脳が処理落ちしてしまい、僕は間の抜けた声で聞き返してしまった。
「三分六秒の遅刻だと言っておるのだ」
「えっ!? お、遅くなって申し訳ありません!」
思わず左腕に目をやり、「あ、この『世界』は時間の流れが地球とちょっと違うから腕時計外したんだ」と思い出し、とにかく何はなくとも頭を下げる。
遅刻は、社会人がもっともやってはいけないことだ。
一分だろうと一秒だろうと、遅刻は責められるべきマナー違反なのだ。
「謝れば済むという話ではない」
「それは、重々……」
「ワタシは三分六秒もの間退屈を強いられたのだぞ?」
「面目次第もありません」
「だから、のぅ? 三分六秒でワタシを楽しませてみよ」
「それはもちろ…………へ?」
「三分六秒でワタシを笑わせることが出来れば見合いをしてやろう。出来なければ、今日はここでお開きじゃ。よいな?」
「え……あの……っ?」
「よぉ~い、ぽん!」
そう言って、なぜかテーブルの上にあった砂時計をひっくり返す。
え? アレ三分六秒の砂時計なの? あるの、そんな中途半端なの?
っていうか、「ぽん!」ってなに!?
そこは「スタート!」とか「開始!」とか、せめて「どん!」じゃないかな!?
とか言っている間にどんどん砂が落ちていく!
ちらりと視線を走らせると、部屋の隅でこちらを見守っているカサネさんがいた。
カサネさんが仲裁に入らないということは、このミッションは自力でクリアしなければいけないということなのだろう。
自分で蒔いた種だからなぁ……
けど、三分六秒で笑わせろって言われても……
鉄板の笑い話を……ダメだ。アレはどう端折っても四分はかかる。
すでに三十秒ほど過ぎている。残り二分半……何かないか……何か……
脚の低いテーブルの上の砂時計が容赦なく砂を落としていく。
ふかふかの座布団に座りこちらを見つめる黒髪美人エリアナさんは、今にも飛びかかってきそうな殺気を纏っている。本当に怒っているようだ。
後二分、あるか、ないか……
いよいよ時間がない……もう、こうなったら思いつきで言ってしまえ!
何も出来ずに終わるよりか、盛大に滑り倒してでも行動する方がずっといい!
なんでもいい……何か、目に付いた物で…………座布団…………布団!
「ふっ……布団が、吹っ飛んだ!」
ぴ~ひょろろろろ~……
と、大空を舞う名も知らない鳥が室内を埋め尽くす静寂の中、遠慮なく声を響かせた。
残響が、空しく、物悲しい……
「…………くっ」
地獄の拷問すら生ぬるく感じそうな数秒間の沈黙を、エリアナさんの声が打ち破る。
「くははははははっ!」
天井を仰いで、大きな口を開けて大笑いしている。
「ふとっ、布団が……布団が、吹っ飛ん…………くひひひ! 吹っ飛んだって! くはぁ~っはっはっはっはっ! 苦しい! 死ぬ! 死んでしまう!」
ちょっとやそっとでは死なないと太鼓判を押された龍族の女性が笑い死にしそうになっている。
高そうな衣服の裾を遠慮なくぐしゃぐしゃにして畳の上に寝転がって、お腹を抱えてごろごろ転がっている。
「あ~……笑った。三日分くらい笑ってしまったぞ」
ふらりと体を起こし、伸ばした人差し指で目尻の涙を拭う。
氷のように冷たかった顔は紅潮し、温かみのある笑顔が浮かんでいる。
笑うと、本当に綺麗だ。
「んふふ……この勝負、そなたの勝ちだな。くふふっ……よかろう。遅刻の件は水に流して……ふひひっ……やろう……ぷくすぅ!」
まだ笑いが尾を引いている。
……何がそこまで面白かったんだろう?
自分で言っておいてなんだけれど、全っ然笑えない。
横目でカサネさんを見ると、ブティックのマネキンみたいな無表情で固まっていた。……困惑しているのだろう、きっと。
「名を名乗れ。聞いてやろう」
「へ? あ、はい」
テーブルに肘を突き、僕を指さしているエリアナさん。
意図するところを察し、テーブルを挟んだ向かいに腰を下ろす。正座だ。
「シオヤ・トラキチです。えっと、名前がトラキチです」
「そうか。ワタシはエリアナ・バートリー。エリアナと名で呼ぶことを許可してやろう」
龍族は由緒ある家柄だと、カサネさんが言っていた。
なるほど。エリアナさんの言動は確かに由緒ある家柄の人らしい振る舞いだ。
威風堂々としていて、上品で。これが取引相手とかならガチガチに緊張してしまったことだろう。
けれど、エリアナさんは違う。
威圧的な雰囲気はなく、悠然と構えていてもそれが圧迫感を与えることはない。むしろ感じるのは包容力とおおらかさ。
「さぁ、今日は楽しい見合いをしようではないか!」
何より、エリアナさんは、笑うととても好感が持てる優しい顔をしていた。
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