意地っ張りな彼女 エリアナ・バートリー -2-


 今回お見合いをするお相手、エリアナ・バートリーさんは会場となるお店を指定してきていた。

 なんでも行きつけのお店らしく、カサネさん曰く美味しいと評判の料亭らしかった。


「……本当に料亭だ」


 似た何かではなく、僕が連れてこられたのは紛れもなく料亭だった。

 和の心漂う佇まい。

 格式の高そうな雰囲気も料亭そのものだった。


 異世界に料亭……?

 和食が出てくるのだろうか。


「あの、僕……仕事始めたばかりで手持ちがそんなには……」

「心配いりません。お店を指定する条件として、こちらでの飲食代金は先方様が持ってくださるというお約束になっていますので」

「え……それって、お見合い的にどうなんですか?」

「先方がそのように望まれているのですから、なんら問題はありませんよ」


 いろいろと、日本とは異なるらしい。文化とか、価値観が。

 日本だと、お見合い時の飲食代は男性側がお金を払うのが一般的だった。

 まぁ、最近は「結婚も決まってない相手に奢ってもらうのは嫌だ」という女性も多くなってきたようで、完全に割り勘としているところもあるとか。


 けど、飲食代が女性持ちっていうのは珍しいんじゃないかな。


「……お金持ち、なんでしょうか?」

「そうですね。龍族は由緒ある一族ですので、基本的に裕福であることが多いです」

「人間ごときに奢られるのはプライドが許さない……とか?」

「そこまで極端な方は……若い世代の方では、あまり多くないと思います」


 昔ながらの龍族はプライドが高いということらしい。


 そうか……

 一応覚悟はしてきたつもりだけれど……やっぱり不安だな、異種族間お見合い。

 今日、お見合いする人は、僕が普通に想像するところの所謂『人間』じゃないんだよな……

 よし。偏見を持たずにフラットな気持ちで挑もう。

 大丈夫。もうすでに一度リザード族の女性も見たし、失礼に取り乱したりはしない……はず。


 …………龍族、かぁ。


 脳内に、ものすごく獰猛そうなドラゴンの姿が思い浮かぶ。

 大きな口に、ずらりと並んだ牙。口からは炎がチロチロ見え隠れして、会った瞬間に「ぱくりっ!」と……ぞぉ……


 い、いや。

 お見合いをしようって出向いている人が、いきなり捕食してくるとかあり得ない。

 大丈夫だ。

 っていうか、失礼じゃないか。そんなこと考えちゃ。


 それに、カサネさんが紹介してくれた人だし。

 大丈夫。落ち着け……落ち着け…………


 手のひらに『人』と三回書いて、それを飲み込む。

 ……ふぅ。


「今のは、なんですか?」


 小さなノートを胸に抱き、カサネさんが僕の顔をまじまじと見つめている。

 おまじないが珍しかったようだ。


「緊張を解すおまじないです。まぁ、『人を飲む』っていうダジャレですけど」


 人を飲めば、人に飲まれることはない。つまり、緊張しないっていうダジャレだ。


「ダジャレ……ですか?」

「ははっ、理解できませんよね。故郷の風習なので、気にしないでください」

「はぁ……では、気にしないようにします」


 験担ぎやおまじないは、日本語を熟知していない人には難しいだろう。

 語呂合わせや言葉遊びがほとんどで、知らない人が見れば、まるで意味のない行動なのだから。


「では、中へ入らせていただきましょう。エリアナさんはすでにお部屋でお待ちですので」


 お部屋……個室なのだろうか。

 料亭の個室……日本にいた頃、小さな町工場で作業員をやっていた僕には縁のない場所だったなぁ。

 古風なお見合いと違い、最近のお見合いはフレンチやイタリアンなど、身の丈にあったお店で行われることがほとんどだった。

 僕みたいな一般人が無理して背伸びしても届かないような格式高いお店を利用したところで、そんな薄っぺらい見栄は却って人間の薄っぺらさが見えてしまうので逆効果だとか…………うぅ、薄っぺらい。どうせ僕は薄っぺらい小市民ですよ。

 いや、その自覚はあるから卑屈になることはないんだ。

 それよりも、気後れしておかしなことを仕出かさないように気を付けなきゃな。

 よし!


「カサネさん」

「はい」

「先にお手洗いへ行っておいていいですか!?」


 すごく緊張するから、出す物は出しておこうと思う。

 ほら、もし万が一、想像通りのドラゴンが出てきたら粗相しないと自信を持って言えないから。


「では、急いでくださいね。待ち合わせ時刻は間もなくですので」

「はい」


 カサネさんと一緒に、格式高そうな門をくぐり、店内へと足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 玄関で、人間サイズの爬虫類に出迎えられた。

 おぉう……、思わず叫びそうになった。


「まだ、異種族の方に馴染めませんか?」

「え、えぇ……まぁ」


 師匠一家はみんな僕と近しい外見をしているから。

『近しい』だけで、同じではないらしいんだけれど。

 けど、やっぱりこうも外見が異なる人種を見ると驚いてしまう。

 とはいえ、いい加減慣れないと失礼だよな……よし、ここはこういう『世界』、これが普通、驚く方がおかしい、慣れる、慣れろ、慣れた、もう慣れた…………よし。


「もう、大丈夫です」

「そう、ですか? 無理はなさらないように」

「はい。平気です」


 見た目がちょっと自分と異なるだけだ。

 僕たちはお店の店員さんとお客、そういう関係であり、それ以上でも以下でもない。急に襲われたりしない以上、怖がる必要はない。


「彼らは、バジリスク族という比較的おとなしい種族の方々です。怖がる必要はありませんよ」


 こそっと耳打ちをしてくるカサネさん。

 そんなやり取りを無言で見つめているバジリスク族だという店員さん。

 待たせちゃって、悪いなぁ。それに、目の前でわたわたしちゃって。……絶対、なんで驚いてるか分かっちゃってるよね?


「あの……すみません」

「いえ。『世界』ではよくあることです。どうかお気になさらず」


 任侠映画の主役みたいな渋い声で、バジリスク族の店員さんは言う。

 表情が乏しいところとか、ちょっと無骨な雰囲気とか、ものすごく職人さんっぽい。案内係よりも板前さんが似合いそうだ。……勝手なイメージでしかないけれど。


「お席へご案内します。こちらへ」

「あ、すみません! その前に、お手洗いはどこですか?」


 歩き出しかけた格好で止まり、二秒ほど僕を見つめた後で店員さんはゆっくりと腕を伸ばした。


「この廊下の突き当たりを左に進んだ先です」

「じゃあ、カサネさん。先に行っていてください」

「お待ちしなくても?」

「大丈夫です。すぐに向かいますから」

「お部屋はこの廊下の先、『ヒメユリの間』になります」

「はい。ありがとうございます」


 バジリスク族の店員さんの言葉を背に、僕はトイレに向かう。

 相手の方を待たせないためと……一回頭をリセットさせたかったから。

 大丈夫と言い聞かせても、どうにも間近で見ているとぞわぞわするというか……実は、爬虫類ってそんなに得意じゃないんだよね。


 廊下を進み、軽く迷い、トイレへとたどり着く。

 清潔な便器が並んでいる。

 驚くことに、『世界』には下水が整備されていた。

 異世界というとどうも中世ヨーロッパの街並みを思い浮かべてしまうけれど、下水が街中に張り巡らされているおかげで、ここ『世界』ではトイレは屋内に設置するのが基本なのだと師匠に教えてもらった。

 生活していく上で切っても切れないトイレ事情に悩まされる必要がないことに、改めて感謝せずにはいられない。

 ただし上水道は整備されていないようで、洗面台のそばには水瓶が置かれていた。手水鉢のような感じだ。

 そして、その隣には鏡。……鏡はあるんだよね。

 この『世界』の文明は、地球基準で考えちゃダメなんだと思う。


「しっかりしろ、僕」


 鏡に映る自分の顔を見つめる。

 勝手な先入観で初対面の人を怖がったりしちゃダメだ。

 逆に考えれば、僕たちのような顔を「怖い」「気持ち悪い」と思う人たちだっているはずなんだ。

 けれど、僕はそんな扱いを一度も受けていない。

 それが普通。そうでなければ、異種族の共存なんか出来っこない。


「慣れろ、僕。受け入れるんだ、この『世界』を」


 結婚がしたくてしたくて、結局出来なかった。

 セスナに衝突された時は、もうこのまま死ぬのかと一瞬諦めたりもした。


 それが、違う世界だとはいえ、もう一度チャンスをもらったんだ。

 くだらないことで躓くわけにはいかない。



 僕には、結婚をして幸せな家庭を築く義務がある。



 何より、失礼じゃないか。

 会う前から不安でびくびくするなんて。


「決めた。僕はもうびくびくしない」


 たとえ、部屋に入った途端目の前にドラゴンが現れたとしても。

 お相手の方の全長が10メートル近くあったとしても。

 笑う度に口から炎が「ぼー!」って出たとしても!


 ……いや、炎は勘弁してほしいかな。危険だし。


「よし! 行こう!」


 気合いを入れてトイレを出て、胸を張って廊下を歩いて……迷った。

 ……あれぇ?


 どうやら厨房の前まで来てしまったようで、中から板前さんの怒声が聞こえてくる。


「テメェ、なんだその包丁捌きは!? 食材に敬意を払えねぇなら料理人なんかやめちめぇ!」

「へい! すんません!」

「謝ってる暇があるなら魚を捌けぇ! 鮮度は毎秒落ちていくんだぞ!」

「へい!」


 ……職人の世界だ。

 そろっと覗き込むと、厨房の中にはバジリスク族が十数人行き交っていた。

 うわぁ……バナナワニ園思い出すぅ。


「……あれ?」


 厨房の中で作業をする複数のバジリスク族の中に、一人見覚えのある人がいた。

 バジリスク族で顔見知りなんて一人しかおらず、すなわちそれは先ほど僕たちを出迎えてくれた店員さんだった。

 ……板前さんだったのか。

 でも、ならなんで出迎えなんか?


「……ん?」

「あ……」


 とかなんとか思っていると、店員さんと目が合った。


「迷われたんですか?」

「えぇ、まぁ……」


 表情が読めない顔で僕を見つめ、店員さんはすっと腕を持ち上げる。


「向こうの廊下の先です」

「あ、すみません」


 頭を下げて厨房を離れる。

 そんな僕を、店員さんがじっと見ていた。

 やっぱり珍しいのかな?


 時間をロスしてしまったので、少し急ぎ足でヒメユリの間を目指した。






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