一章

結婚相談所の登録者調書 -1-

【新規登録者・プロフィールシート】


 名:トラキチ

 性:シオヤ

 年齢:二十五歳

 性別:男性

 職業:銀細工職人見習い

 収入:転移直後のため未確定

 結婚へ向けての意欲:かなり高い

 世界統合及び転移による影響:一時的な記憶の混在あり

 結婚相手に望む条件:



 そこまで書いて手を止め、カウンターの向こうに座られている相談者様のお顔を見ました。


 彼が、結婚相手に望む条件は……


「トラキチさん」

「は、はいっ!?」


 名を呼ぶと、トラキチさんは妙に甲高い声で焦ったような返事をされました。

 何かおかしなことをしたでしょうか?


「あ、すみません……名字で呼ばれるものだとばかり思っていまして、名前で呼ばれたので、少し、驚きました」


 あははと、照れたように頭をかく仕草は、二十五歳という年齢にしては可愛らしく、個人的な意見で言えばとても好感が持てました。



『備考:仕草が可愛い』



 追記しました。


 リザード族のゲォマードゥルさんも、彼を見て「可愛い」と言っておられましたので、私の評価はさほど外れていることはないと思われます。


 彼、シオヤ・トラキチさんは、本日正午に当相談所へお越しになり、ご自身が如何に結婚に向けて意欲的かを熱弁され、非常に前向きに登録されるところまで来た段階で、記憶の混在が起こってしまわれました。


 おそらく、先ほど語られていた『こちらに来て親切にしてくれた銀細工職人に弟子入りしたんです』というお話や、『師匠の家に間借りさせてもらうことになったんです』というお話も、記憶から抜け落ちてしまっていることでしょう。

 世界の統合に巻き込まれた方には、よく見られる現象です。


「結婚相手に求めるものをお聞きしたかったのですが、その前にこの世界のことをもう少しご説明差し上げた方がよろしいでしょうか?」

「あ……そう、ですね。お願いします」


 記憶の混在が起こると、人は不安になり、様々な事象に戸惑いを覚えるようになります。

 そんな不安定な気持ちのままで、人生を大きく変えるかもしれない選択に決断を下すというのは困難なことです。

 ですので、記憶の混在が発生された方には、こちらから可能な限り情報をご提供し、精神的な安定をサポートさせていただく。それが、当相談所の行う『世界情勢ご案内サービス(基本無料)』です。


「まず、根本的なお話になりますが――かつて、この地には神がおいでになりました」

「神……様、ですか?」



『信仰心:篤い(無条件で様付けをされました)』



 神に関しては、好意的な方もそうでない方も大勢おいでになります。

 信仰の相違は不仲の元。

 個人の信仰心は、結婚相手を探すためには必要不可欠な情報です。


「神がこの地にまだおいでだった時代、世界は幾億もの異世界に分かれて存在していました。しかし、ある時神が『数が多くて管理がメンドイ!』と、異世界と異世界を区切っていた壁を取り払われました」

「そんな簡単な感じでですか!?」

「伝承では、そのようになっております」


 眉間をきゅっと押さえるトラキチさん。

 神の思考に理解が及ばなかったのでしょう。その頭痛には共感できるものがあります。

 私は、あまり神を信仰してはいませんので。


「そうして、複数の異世界が統合された『世界』、それがここなのです」

「つまり……全部の世界が合体した世界なんですね?」

「はい。ただし、各異世界のすべてを統合したわけではありません。様々な世界から少しずつ世界が寄せ集められ、徐々に『世界』は大きくなっています」


 そうして、異世界が『世界』へと統合される際、その場所にいた人間たちは強制的に『世界』の住人へと組み込まれます。

 言語の統一は神の手によって行われますが、その影響で脳に深刻な不具合が発生してしまう――それが、記憶の混在が起こる原因です。


「なるほど……。では、僕はもう元の世界には戻れないんですね」

「はい。おそらくですが、元の世界で強制的に生命活動を終了させられたのではないですか?」

「強制的に…………そうか。あれ、そういうことだったんだ」


 心当たりがおありのようです。

『世界』へ統合される場所と、元の異世界に残される場所があり、その二つで状況に齟齬が発生しないようにするための措置……で、あると聞き及んではおりますが、正直、神の考えることは理解しかねます。


 トラキチさんもそのようで、難しい顔をしてこめかみをぐりぐりと揉まれています。


「お茶をお出ししますね」

「え……あ、すみません」


 おかしな人です。

「ありがとう」なら理解できますが、「すみません」とは。

 一体、何に罪悪感を覚えられたのでしょうか。おかしな人です。


 精神を落ち着ける効果があるハーブティーをお出ししました。

 ついでに、私もご相伴に与ります。お茶は、一緒に飲むほど癒し効果が増すという研究結果も出ておりますし、私も喉が渇きましたので。


「いい香りですね」


 カップに鼻を近付けてすぅ……っと息を吸い込むトラキチさん。



『備考:仕草がとても可愛い』



 修正しました。


 物を口に含む前に香りを確認するのはなんとも小動物的で、可愛く映りました、私の目には。


「ん…………」


 ハーブティーに口を付けた後、トラキチさんの眉根が歪みました。

 お口に合わなかったでしょうか?

 確認のために自分用に注いだ同じハーブティーに口を付けます。

 こくり…………問題なく美味しいと感じます。


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