第16話 アルトさん合流

 ──どさりと音を立てて、九人目のアマゾネス・エルフが倒れた。

 最初はデコピンの一撃で沈んだツインテールの娘をなじっていた観客も、今は言葉を無くして立ち尽くしている。

 何故なら、その後も僕はほぼ一撃で決着をつけていたからだ。


 ぽつりぽつりと「あの人間の少女は何者だ」なんて声が聞こえてくる。いや、僕は男なんですけど。

「まさか、ここまで強いとは思いませんでしたよ……」

 自由への挑戦、ラスト一人はカートさん。

 今までの僕の戦いを見ていながら、顔色一つ変えていないのは、さすが部隊を率いる隊長といったところだろうか。

「君の子種からは、すばらしい強さの子供ができるでしょうね」

 うふふと微笑んで、彼女は舞台に上がってくる。

 う、ううん……そういう考え方は好きじゃないなぁ。

 もっとこう……愛し合った結果というか、なんというか……。


「子供には難しいでしょうけど、個人の趣向と種の保存は一致しないこともあります。とはいえ、私は個人的にも貴方の子を孕んでもいいですけど」

 ……自分の顔が熱くなるのを感じる。真正面から、なんて事を言うんだ、この人は。


「さて、子作り談義は後にしましょう。そろそろ、アマゾネス・エルフの威信に賭けて、貴方を倒させてもらいます」

 からかうような妖艶な笑みから一転、戦士の顔つきになってカートさんは僕と対峙する。


「私は貴方の戦い方から、決定的な攻略法を見つけました。勝敗は一瞬で決するでしょう」

 やたらと自信たっぷりにカートさんは言う。

「貴方の弱点……それは」

 ぐぐっと前傾姿勢になる彼女の足下に、砂を巻き上げて風が吹いた。と、同時に空気が爆発し、撃ち出されたようにカートさんが突っ込んでくる!

「低身長ゆえに、自分より低い位置からの攻撃に不慣れ! それが貴方の弱点です!」

 這うような姿勢からの、高速超低空タックル!

 確かに僕は、自分よりさらに低い位置からの攻撃はほとんど受けた事はない!

 事はないけど……背中ががら空きすぎる!


 もしかして、隙だらけな背中をあえて晒す罠なんだろうか?

 だけど、組み付かれて体格差で押しきられても面倒だし……ええい、ままよ!

 僕は右手を振り上げ、まっすぐ突っ込んで来たカートさんの背中を打ち据えた!

「ひゃん♥」

 叩き落とされた彼女は、妙な悲鳴を上げて地面に激突する。

 僕は即座に反撃に備え、一歩下がり…………あれ?

 床に突っ伏すカートさんはピクピクとひきつってはいるものの、全く反撃してくる様子はない。

 え?……もしかして、あれで終わり?

 あ、あんなにドヤ顔で自信満々に解説してたのに!?

 ……こういう例えは女性に失礼かもしれないけど、潰された『G』みたいに痙攣するカートさんを、僕は逆に申し訳ない気分いっぱいで見下ろすしかなかった。


 隊長職のカートさんまで成す術なく倒された事で、何とも居たたまれない空気がこの場を覆う。

 一応、約束では僕はもう自由な筈なんどけど、下手に切り出すとまずそうな雰囲気だな……。

 だけどその時、パチパチと拍手の音が鳴り響いた。

 その音の主は……女王の隣に控えていた秘書さん!?


「お見事です、エル君……でしたね。まさか、本当に十人抜きをするとは思いもよりませんでした」

 言葉では讃えつつ、その目には違う感情の光が宿っている。

 そんな彼女が、今度は仲間のアマゾネス・エルフ達に向かって語りかけた。

「いまほど、見事に戦士十人を倒した彼の名は、エル。少女のような格好をしていますが、れっきとした男性です」

 僕が男だとわかって、立ち尽くしていたエルフ達が色めき立つ!

 さっきとは別な意味で僕に注目が集まってきた所で、再び秘書さんが声を掛けてきた。


「どうでしょう、エル君。やはりこのまま、私達の集落で暮らしませんか?」

「!! っ、約束を反故にする気ですかっ!」

「そうではありません。まぁ、聞きなさい」

 眼鏡の位置を直しながら、秘書さんが淡々と説明してくる。

 要するに、『緑の帯』の奥深いこの集落から解き放たれても、土地勘の無い者には野垂れ死にの運命しか残されていない。

 だったらこのまま、ここで暮らした方が安全安心だと彼女は言うのだ。

 確かに、その言葉には一理あると思う。

 だけど、僕にはやらなければならない事や、待っている人がいるんだ!

 だから、ここでそんな風にのんびりしている訳にはいかない。


「そして、もう一つ。ここに残るなら特典をつけましょう」

 特典……?

 僕の決意が揺らがないと見抜いていたのか、秘書さんはすぐに次の手を打ってくる。

「貴方には『大戦士長』の役職を授けましょう」

 それを聞いたエルフ達の間にざわめきが沸き起こる。

「大戦士長は、この集落の戦士全てを統率する役職です。つまり、部下であるアマゾネス・エルフに何をしてもかまわない・・・・・・・・・という事ですよ」

 ニィ……っと淫靡な笑みを浮かべて、秘書さんはその意味は解りますね?と、あえてぼかして伝えてきた。


 美女揃いのアマゾネス・エルフを従え、好きに扱ってもいい……それは、本来ならとても魅力的なお誘いなんだろう。しかし……。

 僕の脳裏に、フッとアルトさんの顔が浮かぶ。

 うん、慎んで辞退しよう。

「断っ……」

 断りの言葉を口にしようとして、なんだか回りの様子がおかしい事に気付いた。


「あんなに可愛いのに……」

「男……」

「強者の種……」


 ギラギラした目付きで、アマゾネス・エルフ達が少しずつ闘技場の舞台下に集まってきている。

 包囲して絶対に逃がさないという意思と共に、あわよくば僕を押し倒そうとする欲望が彼女達からは感じられた。


 戦闘による物とは別種の圧力は、さらに数を増していく。

 なにこれ、すごく恐い……。

 親戚のお兄さんは「情熱的すぎる女は恐いもんだけど、俺はむしろ襲われたい……襲われたいよぉ……」って言ってたけど、僕にはそこまで達観できない。

 そんな時、突然足首を掴まれ動きを封じられた!

 思わず、うわぁ! っと声を上げながら足下を視ると、僕にすがるように足首を掴んでいたのは……カートさん!


「私が……一番乗り……」

 何が!? 何が一番乗りなの!?

 ウフフと笑うカートさんに、ジリジリと迫りくるエルフの群れ。ヤバいくらいに貞操の危機を感じる。

 だけど、どうしよう。

 手加減しては止められそうにないけど、全力でやれば殺してしまわない・・・・・・・・自信はない・・・・・


 そんな時だった!

『主様ぁ、来ますよ!』

 ハミィの声にハッとなる僕の目の前で、空間が歪む。

 そして、そこから飛び出す二つの人影!


「おらぁ!うちのエルを返さんかぁ!」

「女エルフのみの集落、天国ヘブンはここかっ!」


 激昂して吠えるアルトさんと、カッコイイポーズを決める骨夫さんが姿を現す!

「ぐえっ!」

 そしてそのまま、カートさんを踏みつけた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 転移魔法によるゲートを潜り抜けた先で、妾が目にしたのはゾンビの群れを思わせる、欲情したエルフに包囲されている状況のエルの姿。

 そしてその足下には、彼を拐っていったアマゾネス・エルフ!

 よし、とりあえず踏んでおこう!

 ぐえっ!っと潰れたカエルみたいな声をあげるエルフを無視して、エルと迫りくるゾンビじみたアマゾネス・エルフ達の間に妾は立ちふさがった!


「フッ……まるでゾンビの群れですな」

 骨夫が鼻で笑う。

 いや、敵ながらアンデッドのこいつには言われたくはないだろうな……。

 あと、全員がエル目当てみたいで気に入らねぇとか言う僻みは、胸中にしまっておけ。


 さて、突然現れた妾達に敵意を露にするエルフ達。だが、そんな事より……。

「アルトさん!」

 満面の笑顔で妾の名を呼ぶ、可愛いエルを抱き締めてやる事の方が先決に決まっておるよな!

 妾は見せつけてやるように、エルと情熱的なハグを交わしてやる。ハッハッハッ、ざまぁみよ!

 そんな妾の勝ち誇ったら顔に、エルフどもの嫉妬の炎が一段と燃え上がった気がした。

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