第17話 禁じられた力

 エルを独占する妾に向けられる、エルフ達の敵意が肌で感じられる。

 なんで、エルフ全体がそこまでこの子に執着するのか知らんが、いつ飛びかかってこられてもおかしくないな。

 しかし、何だってこんな状況に……?

 「エルよ、簡単に事情の説明をしてくれぬか?」

「は、はい!」


 ……ふうん。

 自由になるため戦士十人抜きをしたら、極上の種馬的扱いで今にいたる……と。

「私達が馬車の客を護衛してた間にハーレムを形成してるとは、エルさんは伝説 サーガか何かの主人公みたいですなぁ!」

 嫉妬が混じった皮肉を言いながら、骨夫がエルのほっぺたをつつく。

 やめんか、大人げない。


 だが、おかしいな……確か、アマゾネス・エルフは男を外部から拐って来ていると聞いた。

 だったら、いかに極上とはいえエル以外にも男はいるだろうに、この執着はなんだ?

 群がるエルフ達の尋常ならざる様子に、なにやら違和感を感じた妾だったが、そんな事はお構いなしにエルフ達の包囲網は狭まってきていた。


 だが、一触即発の雰囲気を打ち破るように獣の咆哮が響き、全員の目がそちらの方に向けられる!


 そこにいたのは、玉座らしきものから立ち上がるゴリラと、秘書っぽい雰囲気のエルフが一人。

 なんだ、あやつらは……っていうか、ゴリラ?

「エル、あのゴリラはなんだ?」

「あ、あれが……ここの女王さま……らしいんですけど」

 何か知っているのかと聞いてみたら、意外すぎる回答が返ってきた。

 え……え?

 思わず二度見する。


「ゴリラじゃねぇかあぁぁぁっ!」


 骨夫が妾の分も絶叫してくれた!

 そして、バシバシ地面を叩いて「こんなん、詐欺じゃねぇかよぉ!」と嘆き悲しむ。

 まぁ、確かに騙された気分になっても仕方がないが。

 いやしかし、なんでゴリラがエルフの女王なんてやっておるのだ?


「なんでも、『禁じられた力』とかいうのを使っていた為に、あの姿になったとか……」

 うん? そんな馬鹿な!

 魔力の波動を見れば、女王あれがエルフな訳がな……。


「全員、戦闘配置!」

 妾の言葉を中断させるかのように、ゴリラの隣に控えている秘書エルフから気合いの入った指示が飛ぶ!

 それと同時に、色ボケゾンビと化していたエルフ達が、統率の取れた戦士へと切り替わった!

 間合いを取り、弓を構えてたちまち妾達を包囲する!


「射ちなさい!」

 命令一下、無数の矢が射ち放たれる! こいつら、同士討ちとか考えんのか!?

 ちっ、思い切りの良さは認めよう。だが!


 妾の風魔法が矢を弾く!

 エルが体術で矢を捌く!

 骨夫の頭部に矢が刺さる!


 ……ほ、骨夫ー!

「ああ、ご心配なく。私、アンデッドですから」

 事も無げに矢を抜く骨夫を見て、そう言えばそうだったと思い至る。

 あんまりにも俗っぽいから、忘れそうになってたわ。


「それにしても……あれだけの矢が一斉に放たれたのに、同士討ちは一人もいないなんて、さすがは弓に長けたエルフですね」

 エルが感心したように呟く。

 しかし、この結果は技量によるものばかりではないな。

「エルフは魔法とは別体系の『妖術』という特集技能を使う。恐らく、それによって最初から同士討ちを避けられるようになっておったのだろう」

 魔界にいたダーク・エルフや、人間界に住むハイ・エルフなんかも、そのスキルを使っていた。

 ならばこのアマゾネス・エルフが使ってもおかしくはないだろう。


「フフフ……よくぞ見破りました。あれぞエルフ妖術『同胞ノ矢ハ当タル事ナシ』。同士討ちを避けるための、妖術です」

 足の下から、自慢気にカートとやらが解説する。

 うん、妖術もだが踏まれながらドヤ顔できるお主も凄いな。


「妖術……もしかして、禁じられた力っていうのは、それですかね?」

「いや……違うだろうな。妖術を使ってゴリラに変わるなんて聞いたことがない」

 いくら『緑の帯』内で独自進化したエルフとはいえ、そこまでぶっ飛んだ変化はあり得ないだろう。

 しかし、のんびり考察している暇は無さそうだ。

 弓が効果薄しと見たアマゾネス・エルフ達は、全員が山刀を抜いて接近戦に切り換えてきた。

 さらに刀身を覗き込むように構えながら、またも妖術を発動させる。

「いま彼女達が発動させているのは『猛ル我ガ肉体』!身体能力を倍増させる効果があります。これで勝てる!」

 解説どうも。


 妖術の効果が現れ、アマゾネス・エルフ達の筋肉が膨張して肉体が一回り大きくなっていく!

 成る程……カートが勝利宣言するくらいには、パワーもスピードも上がっていそうだな。

「さあ、やっておしまいなさい!」

 再び秘書エルフから飛ばされた命令に従い、ましらの如くエルフ達が飛びかかってきた!


「エルよ、少し下がっておれ」

 近接戦闘が主体の彼が敵陣に突っ込んでしまうと、妾の魔法が使いづらい。

「骨夫よ!」

「ハッ!」

 妾の意を汲み取った骨夫が、大量のスケルトンを自身の影から召喚した!

 それらが壁となり、迫りくるエルフ達を足止めする。

 そして、一瞬でも足を止められれば勝ったも同然!


「これでも食らえぃ!」

 大音量の轟音と同時に、眩い光が妾達を中心にほとばしる!

 全方位に向けて放たれた雷撃魔法が、骨夫のスケルトン共々アマゾネス・エルフ達を呑み込んで弾けとんだ!


 ──焦げ臭い匂いが周囲に漂い、もはや立っている者は妾達しかいない。

「ば、ばかな……」

 踏まれていた故に安全圏にいたカートから、信じられないといった様子の声が漏れる。

「安心せい、死んではおらんよ。身動きも取れんだろうがな」

 少し出力を抑えたのと、アマゾネス・エルフの強靭な肉体があればこそである。

 しかし、これでもう妾とエルの邪魔はできまい。

 よし。骨夫よ、さっさと転移こうか。


 この場から立ち去るべく、骨夫が転移魔法を使用しようとしたその時、再び獣の雄叫びが響いた!

「ごおぉぉぉぉあぉぅぅ!」

 ドコドコと両手で胸を叩き、女王と呼ばれたゴリラが叫び続ける!

「あ、あれは!」

 その様子を見たカートが、目を見開く!

「間違いない……禁じられた力を使うつもりだ!」

 僅かな怯えを含みながら、はっきりと彼女は言った。


 ほぅ……。

 やはり妾も魔術師として『禁じられた力それ』には少し興味がある。

 エルフがゴリラ・・・・・・・に変わる・・・・なんて与太話を信じさせるくらいに、それはとんでもない現象を引き起こす物なのだろうか?


 咆哮とドラミングを続ける女王ゴリラの隣で、秘書エルフがまるで指揮するように両手を振るい始める。

 すると、二つの音が溶け合うように雑ざり合い、やがて一つの旋律となっていった。


 ズン……ズン……と、ゴリラの旋律に導かれるようにして、森の奥から巨大な何かが近づいてくる足音が響く。

「グルルル……」

 低く唸りながら、出現したその人影・・は、五メートル以上は有ろうかという巨大なゴリラ!

 そいつは真っ赤に燃える野生の瞳で、妾達を見下ろしていた!


 あまりゴリラの人相には詳しくないが、女王にそっくりなんじゃなかろうか?

 そんな巨大ゴリラは姿を現してから開口一番、森の木々を揺らすような雄叫びを上げた!

 物理的な風圧を受けて、妾達は一歩下がり、倒れていたエルフ達は舞台の下まで吹き飛ばされる。


「ああ……あれこそ女王様の禁じられた力……最強の妖術『パワー・オブ・ゴリラ』!」

 妾達に引っ掛かるようにして舞台からの落下を免れたカートは、すっかり解説キャラが定着した様子で巨大ゴリラを見上げていた。

「どうでもいいけど、自分で立たんか!」

「ダメージが大きすぎて無理です」

 左様か……。

 とりあえずエルが、そんなカートを引きずって後方に移動させた。


「これが我らの最高戦力……これを発動させた以上、貴女方に勝ち目は有りません。速やかに降伏することをお勧めしますよ」

 切り札を晒した秘書エルフが、静かに勧告してきた。

 しかし、妾はフン……と小さく鼻を鳴らす。

 まったく……魔界に置いて巨人族とも戦った事がある妾から言わせれば、こんな巨大ゴリラの一匹なんぞ物の数では無いわ。

 どうせなら、竜族くらいに連れてこんかい!


 まったくビビった様子の無い、むしろでかいゴリラにエルがテンションを上げている姿に、秘書エルフは少し困惑したようだ。

「くっ……ならば、この守護神の力を見せ……て……」

 巨大ゴリラの方を向いた秘書エルフの声が、尻窄みに小さくなっていく。

 何かあったかと、妾達もそちらに目を向け……そして、それ・・を見た!


 巨大ゴリラの後方。

 森のなかにそびえる、さらに巨大な影!

 守護神の頭上、その身長の倍ほどもある位置で、大量の獲物を見据えた爛々と光る瞳が、嬉々とした様子で輝いていた。

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